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#1-8 氷結の知略

志文と張勇ちょう ゆうは、龍牙関を後にし、衛国最北端の玄岳国境を目指した。

その旅は、血の海よりも冷たい試練だった。

玄岳国は、雪と氷に隔てられた山岳国家である。

国境は、樹木さえも凍てつき、岩肌が鉛色に光る不毛の荒野だった。

袁興の左遷の目的は、志文を密偵の刃にかけるか、極寒の飢餓に凍え死にさせることだった。

魯国の正面戦闘よりも、非情で冷酷な暗殺の場。それが、凍てつく荒野の本質だった。

志文は、粗末な毛皮を纏い、馬を駆った。彼の心臓は、凍てつく外気とは無関係に、冷たい炎を燃やしていた。彼の隣を進む張勇は、密偵としての本能で、常に周囲を警戒していた。

旅路は、飢餓の戦場だった。

王都からの補給は期待できない。

志文と張勇は、狩りと採集で僅かな糧を得るしかなかった。

志文の知略は、兵士の飢餓を士気に変えたが、己の飢餓は、肉体を容赦なく蝕んだ。

「極寒の飢餓」。それは、論理では計算しきれない、原始的な敵だった。

「張勇。 玄岳国境 は、 魯国軍の戦場 と 何が違う?」志文は、乾いた声で聞いた。

「魯国は質量で圧殺します。公孫穆の論理は巨大な鉄の塊です。玄岳国境には、質量はありません。あるのは、一対一の暗闘。密偵と刺客の冷たい刃です」 張勇は、冷徹に答えた。

「暗闘か、論理は、表に出ると隙を生む。表に出すために、裏に潜む論理を見抜かねばならない」

志文の知力は、周囲の環境を解析し続けた。

雪の深さ、風の方向、僅かな動物の足跡。全てが、生還のためのデータとなった。

玄岳国境の最も北に位置する「氷の尖塔」と呼ばれる岩山の麓。

志文と張勇は、そこに夜営を張った。焚き火は最小限。煙は密偵を呼ぶ。

夜半。張勇が、微かな、雪を噛む音を察知した。

「志文殿。四名。玄岳国の密偵です。彼らの足音は冷たい。まるで人間性を排除した、機械のような動きです」

玄岳国の密偵は、衛国の混乱に乗じて国境を越え、情報収集と要人の暗殺を任務としていた。

彼らは、極寒に耐えるための特殊な装備と、雪に溶け込むための白い衣を纏っていた。

「袁興の情報は正確だったか。俺を密偵に殺させるための餌にする気であろう」

志文は、冷たい笑みを浮かべた。

志文と張勇は、焚き火を消し、岩陰に潜んだ。

玄岳密偵団は、静かに、志文たちの寝床へと近づいてくる。彼らの武器は、音を立てない細く鋭利な氷の刃だった。

密偵が最も接近した瞬間、志文ではなく張勇が動いた。

張勇は、事前に用意していた乾燥した木炭の粉を、微かな風に乗せて、密偵団の顔めがけて吹き付けた。

「風上 の 煙 (偽装) と 木炭 (真実) 」。

密偵団は、顔に黒い粉を浴びせられ、一瞬、視界を奪われた。彼らは、極度の訓練により動揺はしなかったが、論理的な判断が一瞬、停止した。

その一瞬を、志文は見逃さなかった。

志文は、粗末な剣を抜き、岩陰から飛び出した。彼の動きは、極度の飢餓にもかかわらず、風の皮を被った鉄塊だった。

一閃。志文の剣が、先頭の密偵の喉元を切り裂いた。血は、極寒で噴き出すこともなく、瞬時に凝固した。

志文の剣は、続く密偵の氷の刃を受け止め、剣の質量を利用して体勢を崩した。志文は、二人の密偵の間合いに深く踏み込み、近距離での殺戮を淡々と実行した。

ドスッ! ドスッ! 乾いた鈍音が、凍てつく荒野に響く。

張勇は、後ろに残り、最後の密偵の動きを観察していた。最後の密偵は、仲間の死を無視し、静かに、志文の背中めがけて氷の刃を投擲した。

チリン。 氷の刃は、志文の甲冑を掠め、微かな音を立てて雪に落ちた。

志文は、即座に、最後の密偵へと剣を投げつけた。彼の剣は、正確に、密偵の心臓を貫いた。

四人の玄岳密偵団は、冷たい雪の上に血の塊となって倒れた。

一瞬の暗闘。志文の論理と武力が、極寒の死地での最初の試練を乗り越えた。

志文は、剣を引き抜き、密偵団の遺体を冷たい目で検分した。彼らの装備と情報は、志文の命を繋ぐための新たな物資となった。

その時、冷たいシステム音が、志文の頭の中に響いた。

―――【デイリーミッション】 達成―――

目標:玄岳国境での密偵掃討戦(刺客の排除) 報酬:全能力値基礎上昇(0.1pt)

―――【特殊ミッション】 発生―――

目標:1.玄岳国境の「氷の尖塔」に潜む「玄岳密偵団の頭目 (鬼の顎) 」を殲滅せよ。

目標:2. 頭目が持つ「古文書(玄岳国の軍事機密)」を奪取せよ。

報酬:ユニークスキル 【氷結の論理】 獲得。 期限:三日

(鬼の顎…そして軍事機密か。袁興の左遷は、俺に新たな力を獲得するための道を開いた)志文は、冷たい笑みを浮かべた。

志文は、張勇に、密偵団の遺体から必要な物資を全て回収するよう命じた。

「玄岳密偵団の頭目は、氷の尖塔に潜む。軍事機密を持つということは、魯国や景国と何らかの連携を取っている可能性がある」 志文は、論理を働かせた。

「志文殿。「鬼の顎」は、玄岳国の武人の中でも最も冷酷な暗殺者です。一騎討ちでは、李芳蘭にも匹敵する武力を持つと言われています」 張勇は、警戒心を強めた。

「武力だけでは、俺には勝てない。」志文は言った。「論理で、鬼の顎を狩る。奴が持つ 軍事機密 は、 魯国侵攻防衛戦 の 次の局面 を 大きく左右 する 血の楔 となるかもしれん」

志文は、氷の尖塔を見上げた。

鉛色の空の下、雪に覆われた岩山は、死と試練の象徴だった。

極寒の飢餓と、玄岳密偵団の暗闘。そして、袁興の憎悪。

志文の論理と武力は、凍てつく荒野で、更なる進化を遂げようとしていた。鬼の顎を狩り、氷結の論理を獲得すること。それが、龍牙関を守りきった 一兵卒 の 新たな使命 だった。

志文と張勇は、氷の尖塔めがけて、馬を進めた。雪が静かに降り続ける中、彼らの背中は、凍てつく荒野に消えていった。


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