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#1-6 毒と城門の血戦

龍牙関は、三日目の夜を迎えていた。

魯国軍の第二波は、四十八時間にわたる間断ない攻撃だった。

人の疲労と城壁の損耗が、極限に達している。

衛国軍の兵士たちは、飢えと渇き、そして睡眠不足によって、理性の鎖が弛緩し始めていた。

彼らの目には、絶望的な死よりも、志文の命令を破る恐怖と、生への渇望だけが鉄の意志として残っていた。

志文は、城壁の最も損傷の激しい場所に立っていた。

彼の甲冑は、血と泥で硬く覆われ、まるで生きた岩のようだった。

李芳蘭は、槍の血を払いながら、静かに隣に立っている。

「志文、兵士たちは限界だわ。彼らは、血ではなく、水を欲しているわ」

芳蘭は、乾いた声で言った。

志文は、無言で頷いた。

志文は、兵士たちの体温と心臓の鼓動を計算していた。兵糧は、今夜中には完全に尽きる。

(公孫穆、奴は、兵糧の尽きる時を正確に予測し、この三日目の夜を総攻撃の刻限に選ぶだろう)

公孫穆は、人間性を排除した論理で、志文の飢餓戦術を受け止め、消耗戦へと引きずり込んだ。

魯国軍は、人の命を物資として扱い、衛国軍の士気がゼロになるまで質量で圧殺する。

遠方の高台。公孫穆は、静かに戦況を観察していた。

魏鉄山は、興奮を隠さずに勝利を確信していた。

「公孫穆!我々の勝利だ!衛国軍は、三日目の夜に必ず崩壊する!絶望と飢餓には、狂気の知略も無力ということだ!」 魏鉄山は、高らかに笑った。

公孫穆は、冷たい目で龍牙関を見つめていた。

「魏将軍。まだだ。伯志文という男は、論理の限界を常識で判断しない。彼は、この三日目の夜に、最後の知略を仕掛けてくるはずだ。南方の隘路からの陽動か、あるいは内側からの放火かもしれない」

公孫穆は、志文の行動を徹底的に予測していた。

志文が生き残るための論理的な行動は、二つしかない。

隘路を通って脱出し、援軍を求める。

城内の混乱を利用し、自滅を装い逃亡する。

公孫穆は、隘路に精鋭の別働隊を配置し、城門にも警戒を強めていた。

(伯志文よ、貴様の論理は、私の計算を超えられない。三日間を過ぎた今、飢餓は、貴様の知略の命綱を断ち切った)

城壁が崩壊を始める直前、司令部から異変が起こった。

捕縛されていた袁興の刺客たちが、極度の渇きに狂乱し、兵糧庫の監視役を襲撃したのだ。韓忠は、抵抗する術もなく、刺客たちに兵糧庫の鍵を奪われた。

「兵糧だ!水だ!我々は生きる!」

狂乱した刺客たちの叫びが、疲弊した兵士たちの理性の鎖を完全に打ち破った。

「兵糧庫が破られた!水だ!」

衛国兵士たちは、戦闘を放棄し、兵糧庫めがけて一斉に殺到し始めた。

投降ではなく、内側からの崩壊。公孫穆が最も望んだ結末だった。

志文は、冷たい目で、狂乱する兵士たちを見つめた。

(狂気が、論理を打ち破ったか。これで、公孫穆の勝利は確実だ)

その時、志文は静かに、李芳蘭に命じた。

「李百人将。兵糧庫を開放させろ。そして、兵士たちに配給させろ。」

芳蘭は、驚愕の表情を浮かべた。

「志文!兵糧は尽きたはずよ!それに、彼らは狂乱しているのよ!今配給すれば、魯国軍の総攻撃に耐えられないわ!」

「配給しろ」 志文は、冷徹な確信を込めて言った。

「三日分の兵糧は、もう存在しない。だが、俺の知略は、まだ尽きていない。」

李芳蘭は、残りの精鋭百人隊を率い、兵糧庫へ向かった。彼女の圧倒的な武力により、狂乱した兵士たちは一時的に鎮圧された。

兵糧庫の中は、空だった。三日分の兵糧は、志文の飢餓戦術のために、一握りの乾パンとして既に消費されていた。

しかし、志文は事前に、韓忠に命じて兵糧庫の隅に一つの樽を隠させていた。

樽の中には、大量の清水と、粉末状の魯国軍の毒が極限まで薄められた液体が入っていた。

「水だ!水がある!」

兵士たちは、狂乱しながら樽に群がり、冷たい水を一気に飲み干した。

極度の渇きが癒される。兵士たちの顔に、一瞬の安堵が浮かんだ。

しかし、その安堵も束の間、すぐに恐怖へと変わった。

水を飲んだ兵士たちが、口から微量の血を流し始め、痙攣を起こし始めたのだ。

毒は、命を奪う量ではない。

しかし、極度の疲労と飢餓の中で、彼らの肉体を極限まで蝕んだ。

「毒だ!伯志文に裏切られた!」

絶叫と混乱が、龍牙関全体を覆った。

志文は、混乱が最高潮に達したその時、城壁の最も高い場所に立った。

「聞け!衛国の兵士たちよ!貴様らが飲んだ水には、魯国軍の毒が混入されている!」

兵士たちは、憎悪と絶望の目で志文を見つめた。

「だが、死ぬな!」 志文は咆哮した。

「貴様らが生きる道は、一つしかない!魯国軍を打ち砕くことだ!今、魯国軍は、我々が内から崩壊し、投降を始めることを確信している!さすれば、彼らは、城門から入場するだろう!」

志文は、確信を持って断言した。

(公孫穆は、内側からの崩壊を確認すれば、無駄な血を避けるため、城門からの投降兵を受け入れるに違いない)

「最後の反撃だ!狂乱し、城門を開けろ!投降を偽装し、城門をくぐった魯国兵どもに、 貴様らの全ての憎悪 と血の渇きを叩き込め!」

志文の最後の策は、公孫穆の論理を逆手に取った「狂気の特攻」だった。

毒で肉体が限界まで追い込まれた兵士たちは、死を恐れるよりも、生への渇望を爆発させる。

彼らは、毒で苦しむ 極限の状態で、魯国兵を殺すという唯一の行為に生還の道を見出した。

「魯国兵をこの地に沈めろ!それが、貴様らが生きる 唯一の道 だ!」

——システム通知—

—士気値が50%上昇。現在士気値:50%—

兵士たちの目に、狂気と殺意が純粋に混ざり合った光が宿っていた。

遠方の高台。

公孫穆は、城内の混乱を観察し、静かに頷いた。

「魏将軍。勝利だ。兵糧は尽き、内部分裂による自壊が始まった。城門を開けさせろ。無駄な血は流すな。捕縛し、龍牙関を無傷で手に入れる。」

公孫穆は、完璧な勝利を確信していた。

龍牙関の城門が、ゆっくりと開放された。

魯国軍の精鋭部隊が、投降兵を捕縛するために静かに城内へと進入し始めた。

その瞬間だった。

毒と飢餓で極限に達した衛国兵士たちが、狂乱の叫びと共に、魯国兵へと一斉に突撃した。

「殺せえええええ!」

彼らの粗末な剣と槍は、生への渇望を乗せて、魯国兵の鉄の鎧を突き破った。

ガアアアア! ドシュッ! ドオオオオン!

城門は、一瞬で血の渦となった。

李芳蘭の猛槍が、先頭で血路を開く。

彼女の狂気の舞いは、衛国兵士の狂乱と共鳴し、魯国軍の精鋭部隊を血の塊へと変えていった。

志文は、静かに、冷たい目で、城門の血戦を見つめていた。

彼の知略は、兵士の命を極限まで燃料として使い、公孫穆の論理を完全に打ち破った。

「公孫穆よ。貴様の論理は、 人の命の渇望 という 狂気 を計算に入れていなかったことだ」

志文の剣が、最後の刺客の首筋を切り裂いた。

龍牙関の城門は、血の海となった。

伯志文という一兵卒の狂気の知略が、魯国侵攻防衛戦の最初の激戦を、血の渦で塗り替えたのであった。


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