第八章
昼休みになり、俺は購買部で買ったサンドイッチを持って一人で屋上へ向かった。いつも通り窓から身を乗り出して屋上に降り立ち、塔屋に寄りかかりながら、いい加減飽きてきたそのサンドイッチにかじりつく。
ここ数日、昼食はいつもこの場所で一人で取っている。どうしても一人になって頭を冷やしたかったからだ。三月の風はまだ少し肌寒く、吹くたびにひやりとする。
俺は果てしなく広がる空を見上げてみた。心の中からネガティブな感情が流れて、何だか自分の人生も暗く見える。
そのとき、不意に視界が真っ暗になった。
「なんだ?」俺は反射的に手を伸ばしてそれを掴んだ。柔らかくスベスベした手触りで、ほのかにラベンダーの香りがする。頭から引き剥がしてみると――それは黒いストッキングだった。
俺は混乱しつつも慌てて顔を上げた。すると塔屋の上に、一人の少女が生足を晒したまま腰に手を当て、ぷりぷりと頬を膨らませてこちらを睨み下ろしていた。
俺はどうしていいかわからず、とりあえず手に持ったストッキングを掲げ、気まずそうに笑ってみせた。
「これ……君の?」
「先輩が私のストッキングに何か変なことしないか、ずっと見張ってたんですから」少女は冷え冷えとした声で言い放った。
「なんでだよ?」
「そうなったら警察を呼んで、先輩を捕まえてもらえますから」彼女は可愛いシールが貼られた携帯電話を取り出し、氷のような目でじっと俺を見据えていた。
俺は背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。幸い、さっきストッキングを拾って匂いを嗅ぐようなことはしなくてよかった!ちょっとは安堵したが。それでも慌てて精一杯に弁解をした。
「ちょ、ちょっと待てって。何かの誤解じゃないか?」そう言いながら、必死に愛想笑いを浮かべてみせる。
しかし彼女はさらに顔をしかめ、露骨に嫌悪の色を浮かべた。「もしキモい笑顔が犯罪になるなら、今すぐ通報してやりますわ」そう言い放ち、こちらを振り返りもせず塔屋の中へ引っ込んでしまった。
俺の心の中では色々と炸裂していた。一体俺が何をしたっていうんだ?笑顔が犯罪だなんて、初めて聞いたし、てかそんなにキモイなの!マジで傷つくんだけど!
そのとき、ガタンガタンと金属の鳴る音がした。塔屋の裏を覗いてみると、あの少女が裸足のまま鉄製のはしごを降りているところだった。地上まであと一メートルほどの高さで彼女はひょいと飛び降りたが、すぐに両手で足の裏を抱え、「痛い、痛い、痛い……」と口をぱくぱくさせている。
俺は急いで首を引っ込め、何も見なかったことにした。頭の中で「この子、ちょっと頭悪いんじゃないか……?」という疑念が渦巻く。
やがて彼女は俺の目の前までやって来た。両腕を胸の前で組み、顔いっぱいに不満の色を浮かべている。このときになってようやく、俺は彼女の容姿をはっきりと見ることができた。
少女はショートヘアで、右側に一本だけ子供っぽさを感じさせる可愛い三つ編みを作っていた。その三つ編みは彼女の動きに合わせて軽やかに揺れている。
制服はややサイズ大きめで、袖が長いため細い指先しか見えない。上着の裾は太腿の真ん中あたりまで届き、スカートはその下に5センチくらいしか見えないので、一瞬スカートを履いていないのかと錯覚してしまいそうだ。
顔立ちは幼く、小さな顔には大きな瞳がきらきらと輝いていた。その瞳はまるで語りかけてくるかのように生き生きとしている。ただ今は頬をぷんと膨らませて怒っており、その様子はまるでフグみたいだった。
(か、可愛い……。つつきたい……。)そんな衝動を必死に抑え込み、俺は言った。「本当に誤解なんだって。風で吹き飛ばされて落ちてきただけだろ? 女の子のストッキングを盗む趣味なんて、俺にはないからな」
「そんなこと分かってるに決まってるでしょ。だって、ストッキングを投げ落としたのは私だもの」彼女は淡々と言った。
「おい!! じゃあ俺を捕まえる口実にしたかっただけなのか?」俺はカッとなって彼女の肩を掴み、声を荒らげた。
「ちょ、唾飛ばさないでよ、このバカ先輩!」彼女はすぐに俺の手を振り払うと、自分の肩に何かを振り払おうとしてた。それはまるで、掴まれた部分の雑菌でも払い落とすかのようだった。
「悪かったなぁ……。でもなんでそんなことするんだよ。俺たち、初対面だろ?」
「そうよ。初対面のくせに、人の縄張りに不法侵入してきたんですから」
「……縄張り?」
「当たり前でしょ! 先輩、もう三日連続でここに来て、すごく私の邪魔をしてきたの!ここの主は私なの、不法侵入以外にありえません!」少女は自分がここの城の主であると言わんばかりに誇らしげに腰に手を当てた。
俺は一瞬言葉を失った。なるほど、どうやらこの子は相当にイタい中二病らしい。
こういう世間知らずのガキには、現実を思い知らせてやるしかない。彼女の耳を掴むと、そのまま容赦なく引っぱった。
「ぎゃああああ……何すんのよ! 清純可憐な美少女に何する気よ、痛い痛い痛い……っ!」
少女の声は、さっきまでの生意気が嘘のように、瞬く間に取り乱した悲鳴へと変わった。その響きは小動物がいじめられているようで、今にも泣き出しそうだった。
「だいたいここは学校の施設だぞ。確かに俺が邪魔したのは悪かったけどな、だからって人を変態扱いしていいわけじゃねえだろうが!」俺は彼女の耳を引っぱりながら説教をかました。
「それにな、俺はお前の先輩なんだぞ。ネクタイの色からしてお前二年だろ? 先輩に向かってその態度は――」言い終わる前に左手に激痛が走った。彼女が俺の左手に思い切り噛みついていたのだ。
「いってえええ!!!」俺の悲鳴が屋上に響き渡った。




