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第七章

 朝はいつもと変わらず明るかった。ただ、窓から教室に舞い込む桜の花びらは日に日に少なくなっていった。桜の見頃は一~二週間ほどと短く、すっかり散ってしまう頃には、それは春の訪れを告げる合図でもあった。


 教室は相変わらず騒がしく、隣では月が昨日の女の子とのデートについて興奮気味に語っていた。僕は話を聞きながらも、どこか上の空で窓の外に目をやっていた。


 突然、教室内の喧騒が一段と増した。まるで一陣の風が波を立てたかのように、そのざわめきが広がっていく。僕もその方へ目をやると、教室の入り口に千姫が立っているのが目に入った。彼女の姿はまるで柔らかな光のようで、現れた途端に教室中の視線を一身に集めた。


 彼女の顔色はまだ少し青白かった。朝露に濡れた桜の花びらのように、どこか儚げな美しさを湛えていた。陽の光の下でその肌はほとんど透き通るようで、そっと触れれば壊れてしまいそうだった。瞳が相変わらず明るく、まるで星を宿しているかのように輝いていた。


 その長い髪は、肩口にさらりとかかっていた。動くたびにそっと揺れる。制服の着こなしも乱れひとつなく、襟元のリボンは端正に結ばれていた。歩を進めるごとに、その一歩一歩が優雅なリズムを刻んでいるようだった。


 千姫が自分の席に着くと、柔らかな声で周囲のクラスメイトに挨拶をした。もともと千姫はクラスで莫大な人気がある。彼女が姿を見せた途端、みんなが一斉に周りに集まり、口々に体調を気遣う声をかけていた。千姫は相変わらず微笑みを浮かべながら、一人ひとりに丁寧に応じていた。


 月が肘で俺の脇腹を小突いてきた。「彼氏として、お前行かなくていいのか?」


 俺も肘で月の脇腹を突き返した。「おい、冷やかすなよ。」


 月はただニヤニヤと笑みを浮かべ、口笛を吹くだけだった。俺は、ただ人だかりの中にいる千姫をじっと見つめることとしかできなかった。


 周りの人が引き始めたのを見計らって、月がそっと俺の背中を押した。「ほら、そんなに悩んでないで、さっさと行ってこいよ」


 月に背中を押され、俺はそのまま無意識に千姫のほうへ歩き出してしまった。気づいたときには彼女のすぐ近くまで来ていて、そこでようやく覚めた。あれ、俺は何を言えばいいんだ? そもそも、なんでわざわざ千姫に話しかけようとしてるんだ俺……?


 ちょうど俺が歩み寄ったときには、千姫の周りにはもう誰もいなかった。千姫も俺に気づき、少し驚いたような表情を浮かべた。


「惠君...おはよう。」


「ああ..おはよう、千姫。」


 それから五秒ほど、沈黙が続いた。俺たちはお互いに視線を合わせては、気まずくなってすぐ逸らしてしまう。千姫が沈黙に耐えかねて何か言おうとしたそのとき、俺が先に口を開いた。


「風邪、もうすっかり治った?」


「うん、心配かけてごめんね。もう大丈夫だよ。」


「そっか……ならよかった。ちゃんと暖かくするんだぞ。」


「うんうん、そうするね。」千姫は優しく微笑んだ。


 結局、当たり障りのない言葉を交わしただけで、自分が本当に伝えたかったこと何一つも伝えられなかった。そのまま、自分の席に戻った。


 少し思ったのは、さっき千姫と向き合っていたとき、自分がどんな表情をしていたのかよくわからない。きっと笑顔を作っていたのだろうけど、その笑顔が不自然でなければいいな……。


 僕は何事もなかったように、再び窓の外へ視線をやる。さっきの一部始終は、結局ごく普通のクラスメイト同士の気遣いと挨拶に過ぎなかったかのようで、すべてはまた何事もなかったかのように静けさを取り戻した。そして、ほどなくして始業のチャイムが鳴った。

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