第四章
一日目
朝、窓から差し込む陽光が部屋を照らし、今日は約束した初めてのデートのために準備を始めた。髪をセットし、ヘアスプレーで固定した後、お気に入りの茶色のジャケットを羽織って、自転車で駅に向かった。
駅に着くと、千姫がすでにいた。彼女は水色のワンピースを着ていて、スカートの裾に白い花柄が刺繍されていて、まるで海の泡のように清楚で優雅だった。頭にはよく見かける草帽をかぶり、リボンは淡いブルーで、彼女の高雅で活気のある雰囲気を引き立てていた。
髪を高くポニーテールにまとめ、僕を見ると嬉しそうに小走りで駆け寄ってきた。「今日は私たちの初めてのデートだから、遅れちゃダメよ!」
「まだ約束の時間の15分前だぞ!」
「女性を待たせるのは遅刻だよ~」
「ごめんごめん、今日のデートはどこに行く?」
千姫は三日間のデートプランを全部自分で決めたいと言うから、僕は何も知らない。
「どこだろうね~」千姫がわざとらしく手を引いて言った。「こっち、こっち!」
少し歩いたら、私たちは大型スーパーに入った。手押し車に突っ込まれて、少し困惑している。
「これ、お願いね」
手押し車を見て、千姫の言いたいことがすぐにわかった。そのまま千姫に続いて押しながら歩いた。
「……デートの場所って、スーパー?」
「うん、久しぶりにけいくんに料理を作ってあげたい気分なの」
「けいくんこっちこっち!このシャンプーいい匂いだね!嗅いでみて?」
「うん、悪くないと思う」
「新しいアイスクリーム出たんだよ、けいくんは食べてみたくない?」
「春なのにアイス食べたらお腹壊すよ。」
「じゃあ、1つだけ!一緒に食べよう。それならそんなに食べないでしょう~」
「ええ...別に食べたくないけど、こうやって聞いてきて、自分が食いたいだけじゃん」
「そんなことをいう人にはあげません」
「わかった、わかった、買ったらいいでしょう。もうー」
「わーい!」
買い物がおわって、家に戻ると、千姫はまるで自分の家のように素早くエプロンをつけて、料理を始めた。味はその腕の通り、もしかしたら、自分の母の作った料理より美味しかったかもしれない。
食後、私たちは一緒にテレビを見た。千姫は肩を寄せて、買ったアイスを楽しんで頬張った。
「本当にこれだけでいいの?もっと恋人らしいことをしたほうがよくない?」
「これが私たちのいつもの日常だよ。惠君と一緒にいられるだけで、十分嬉しいの。」
その言葉が心の中を温かくしたのを感じながら、この時間がずっと続けてほしいと願った。
二日目
夜の帳が下り、祭りの明かりが通りを鮮やかに照らし始めていた。千姫は淡い桃色の浴衣に身を包み、髪を高く結い上げて一本の精緻な簪を挿している。その姿はいつもにも増して可愛らしく見えた。
彼女は手にしたりんご飴を舐めながら、僕の手を引いて人混みの中を縫うように歩いていく。
少し進んだら、千姫が金魚すくいの屋台を指差した。
「惠君、見て!」その瞳は興奮でキラキラと輝いている。
思わず笑みを浮かべながら紙の網を手に取り、しゃがんで金魚すくいに挑んだ。あいにく腕前は大したことがなかったけれど、千姫は隣で嬉しそうに声を上げて応援してくれている。
そしてついに一匹の金魚をすくい上げた瞬間、喜びのあまり千姫がぱっと抱きついてきた。その衝撃でバランスを崩してしまい、せっかくすくった金魚はするりと水槽に戻ってしまった。
「ご、ごめんね!」千姫は顔を赤くして何度も謝ってくる。結局、見かねた店主さんが「これはサービスだ」と一匹の金魚を袋に入れて渡してくれた。
「これは私たちの最初の戦利品だね!」千姫は両手で小さな金魚の袋を大事そうに抱え、無邪気に笑った。
そんな千姫につられて、自分も思いきりはしゃいでしまった。千姫の話では、以前も僕たちは何度も一緒に祭りに来ていて、その度に財布が空になるまで遊び尽くしていたらしい。でも、それでも今日の祭りは僕にとって人生でいちばん楽しいお祭りだった。
祭りの終わりには、僕たちは神社の前で夜空に打ち上げられる花火を見上げていた。千姫はそっと僕の手を握り、静かな声で「毎日が今日みたいに過ごせたらいいのにな……」と呟く。僕は返事の代わりに、彼女の手をぎゅっと握り返した。
三日目
翌日の朝、千姫が「海を見に行こうよ」と提案してきた。
彼女は純白のワンピースを身に着けていて、風に揺れる髪がとても爽やかだ。
僕たちは海辺へ向かう電車に揺られ、千姫は僕の肩にもたれながら小さな声で鼻歌を口ずさんでいた。その優しい歌声に聞き惚れていると、世界が驚くほど静かで美しく感じられる。
海辺に着くと、潮風が心地よく吹き抜け、波が静かに砂浜へ打ち寄せていた。千姫はさっそく靴を脱ぎ、裸足で柔らかな砂の上に一歩踏み出す。そして振り返りざまにニッコリと笑って、「惠君、早くおいで!」と僕に呼びかけた。
僕も靴を脱いで彼女の後を追い、足裏に広がる砂の感触とひんやりした海水を味わう。
千姫はふと足を止め、遠くに見える大きな観覧車を指差した。「ねえ、あれに乗ってみようよ!」と瞳を輝かせて言う。
「うん」と頷き、千姫と一緒に観覧車へと向かった。
観覧車がゆっくりと昇り始め、少しずつ海辺の景色が遠くまで見渡せるようになってきた。千姫がふいに口を開いた。
「惠君、知ってる? 海辺の観覧車って、普通の観覧車とはちょっと違うの。ずっと遠くまで景色が見えるんだよ。」
「そうなんだ」僕は窓の外に目をやる。
「ここからの眺め、本当に綺麗だね。遠くの海までよく見える。」
だけど、千姫は窓の外を見つめたまま、いつものようなはしゃいだ様子もなく、ぽつりと零した。
「でも、ここからは海しか見えないね……。本当は、桜が見える観覧車に惠君を連れて行きたかったの。」
僕は少し戸惑って聞き返した。
「じゃあ、どうして今日ここに来たの?」
千姫はそこで初めて僕の方を向き、じっと目を合わせてくる。そして静かに問いかけた。
「惠君は桜の花言葉って知ってる?」
突然の質問に胸がドキリと高鳴る。千姫のその言葉には何か特別な意味が込められているような気がしたからだ。
でも、僕が返事に詰まっていると、千姫はふっと笑って話を逸らした。「だって今日のちーちゃんがどうしても海を見たかったんだもん。」
観覧車が頂上に達し、やがてゆっくりと降下を始めた。夕方が近づくにつれて海風が冷たくなってきたこともあり、僕たちは早めに切り上げて帰ることにした。
帰り道、千姫はずっと僕の手を握ったまま離そうとしなかった。その手のひらはひんやりと汗ばんでいる。さらに千姫は顔を僕の胸にうずめていたので、どんな表情を浮かべているのか窺うことはできなかった。
やがて僕たちは家に戻った途端、千姫は明るく振る舞おうとしていた。
まるで数時間前の物寂しげな様子などなかったかのように笑顔を見せる。
何かあったのと聞こうとしたが。聞けるような雰囲気もなかったので、結局のその日の後、僕たちは一緒にトランプをしたりゲームで遊んだりして、夜遅くまで楽しい時間を過ごした。
しかし――。
翌朝、千姫から「別れましょう」と一通のメッセージが届いた。




