第二十一章
変わらぬ学校、変わらぬ日常――ただ、その日常から彼女の影だけが消えてしまっていた。
クラスメイトたちの笑い声が、やけに遠く聞こえた。同じ教室にいるはずなのに、俺だけ別の場所に取り残されたみたいだ。
千姫のいない教室って、どうしてこんなに見知らない場所みたいに感じるんだろう……。
みんなは千姫のいなくなったことを当たり前のように受け入れてしまっているようで――その輪から外れているのは、俺ひとりだけだった。
月ともろくに話さないし、月も俺に声をかけてこない。お互いどこかで察しているみたいで、無理に踏み込もうともしなかった。
授業中はノートに板書を写すことだけに集中する。そうでもしないと、すぐに千姫のことを考えてしまうから。
休み時間は机に突っ伏して寝たふりをし、昼はパンをかじるだけ。そんな機械みたいな毎日を繰り返して、心を麻痺していくしかなかった。
「大丈夫?」なんて声をかけられても、「平気」って笑ってごまかしていた。
一日、二日、三日……気づけば、そんな味気ない日々も、だんだんなれてきてしまっていた。
その日も机に突っ伏していると、ざわめきが耳に飛び込んできた。
「ね、あの子めっちゃ可愛くない?」
「あのリボン、二年生だね!」
「やば、超かわいい!家に連れて帰りたい!」
「教室の前で誰か探してるっぽい!」
クラスの中が一気にざわついた。俺は眠い目をこすりながら、ぼんやりと顔を上げる。
「うわ、入ってきた!しかも浅川くんの方に行ってない?」
「は? 千姫ちゃんがいたのに、今度は二年の可愛い子まで狙ってんのかよ!」
誰かがこっちにくるーーそう感じて顔をあげようとした瞬間、腹にドスッと衝撃が走り、椅子ごとひっくり返った。
「ぐっ……誰よ……いきなりなにすんだよ......」
うずくまりながら顔を上げると、真っ先に目に飛び込んできたのは上履き。
視線を少し上げれば、制服のスカートから伸びる足。
そして――頬をふくらませて怒っている彩花が立っていた。
「彩花......」
「先輩、全然会ってくれないし!メールも返さないし!だから心配してきてあげたのに!......でも先輩全然気づいてくれないし、蹴りたくもなるでしょう!」
強気な言葉を吐きながらも、彩花の瞳はうるんで揺れていた。
怒ってるはずなのに、今にも泣き出しそうな顔で俺を睨んでくる。
その必死な表情に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「なになに?ちわ喧嘩か?」
一気に集まる視線、ざわつく教室。このままじゃ耐えられない――そう思って、俺は彩花の手を引っ張って逃げ出していた。
階段を駆け上がって、気づけばいつもの屋上まで走っていた。二人して肩で息をつき、壁にもたれかかる
「……っははは」
お互い息を切らしたまま、その様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。
「な、何笑ってんのよ! このバカ先輩!」
「いや……なんか、二人してアホなことをしているんだなって」
「アホって何よ!そういうことをする先輩の方がアホでしょう!アホアホアホ!」
彩花はムッとした顔で俺の腕をぎゅっとつねった。
「痛っ……」と言いかけたけど、いまは不思議と心が少し落ち着いていた。
「ほんと……俺って、アホでバカかもな」
俺がぽつりと呟くと、てっきり彩花が何か言い返してくると思った。
けれど――彼女はただ、じっと俺を見つめていた。
「先輩……泣いてるの?」
「え……俺、泣いてる?」
頬に触れると、指先が濡れていた。自分でも気づかないうちに、涙が溢れていたらしい。
彩花は何も言わず、そっと俺を抱き寄せる。
まだ不慣れな手つきで頭を撫でてくれるけれど、その優しさは真っすぐに伝わってきた。
その温もりに触れた瞬間、この一週間、ずっと張りつめていたものが一気に切れて、俺は子どもみたいに彩花の胸に顔を埋め、声をあげて泣いた。




