第十一章
翌日のお昼、俺は少し緊張しながら屋上へ向かった。彩花に会ったら、自分はどんな顔をすればいいんだろう。
昨日のあれって、告白だったのか? それとも、ただ興奮して嬉しくてあんなことをしちゃっただけなのか? 会ったときに彼女に確かめたほうがいいのか……いや、そんなの気軽に聞けるわけがない。
俺は自分の頬を軽く叩き、頭を冷やした。よし、普段通りに会えばいいと思って、窓から身を乗り出して屋上に降り立ち、周囲を見回す。しかし彩花の姿はどこにもない。「彩花、いるか?」
返ってくるのは風の音ばかり。俺は屋上の塔屋を見上げた。まさかあの上にいるんじゃないだろうな。そう思い、はしごを上っていこうとする。
「上がって来ないでよ、このバカ先輩!」
俺の頭に上履きが一つ飛んできて直撃した。拾い上げてみると、内側に「彩花」と名前が書いてある。俺は靴を手に、納得がいかないまま叫んだ。「なんで靴なんか投げてくるんだよ!」
しばらく待っても返事はない。状況が飲み込めず、俺がもう一度上ろうとした――そのとき、とても小さな声が聞こえた。「だって……今先輩と顔を合わせたら、恥ずかしすぎて死んじゃうじゃない……」
そういうことか。きっと彩花は昨日のキスのあと、家に帰って自分がどれだけ大胆なことをしたか気付いたんだろう。
「じゃあ、もうこれからも会わないのか?」俺は冗談っぽく笑いながら塔屋の上に呼びかけた。
「そんなのいやだ!」彩花の声が突然大きくなった。声音には明らかに焦りと混乱が滲んでいる。
少し間を置いてから、彼女がぽつりと告げた。「じゃあ……上がってきて」
俺は彩花の上履きを手に、ゆっくりと塔屋の上に登った。彩花は両手で顔を覆ったまま、その場に膝をついている。傍らにはゲーム機がい適当に置かれていて、画面はロックされたままだ。
俺が隣に腰を下ろすと、彩花は突然両手を下ろし、勢いよく俺を指さした。
「昨日のことだけど、あれは興奮してああしちゃっただけなんだから!別に先輩に特別な感情があるとか……そういうのじゃないんだからね!」
彩花は少し息を切らし、頬を真っ赤に染めていた。
「はいはい、わかってますって。彩花お嬢様が俺なんか好きになるはずないよな」俺は苦笑しながら返した。
「……!」彩花は怒り出しそうに俺を睨んだが、それ以上言葉が出てこない。
俺は両手を後ろに突いて地面を支え、遠くの景色を見ている風に装う。彩花はうつむいたまま、何かを考えている。彼女は唇をきゅっと噛み締め、ついに口を開いた。
「昨日のことは確かに興奮してああしちゃったけど、私が先輩に抱いてる気持ちは……その……妹がお兄ちゃんに甘えて、お兄ちゃんのことを好きになるみたいな感じ! そう、だから恋愛的な感情じゃないんだから!」
彼女はどこか自信なさげにそう言い放った。
「違う……私、何言ってんだろ。バカ……」彩花は混乱したように呟いた。続けて「とにかく、先輩のことはお兄ちゃんみたいな感覚だけなんだから」とだけ言い残すと、ぱっと両手で顔を覆い、俺の手から靴をひったくった。それを履きもせずゲーム機を掴むと、そのまま逃げるように立ち去ってしまった。
俺はその場に残り、遠くの景色を見つめ続けていた。小さくため息をつき、ぽつりと呟く。「バカだな……そんな動揺ぶりじゃん誰だってわかるさ」




