第十章
千姫との関係には、どうやら終止符が打たれたようだった。その後、俺たちは一切連絡を取っていない。学校で顔を合わせて仕方なく挨拶を交わすときでさえ、ぎこちないものになってしまった。
そんな状況が俺にはつらくて、機会さえあれば教室から抜け出すようになった。そうすれば千姫と顔を合わす可能性が減るからだ。まるで失ってしまった三年間の記憶との繋がりを、完全に断ち切るかのように。
一方で、彩花との関係は日に日に良くなっていった。いつの間にか携帯の受信ボックスには千姫からのメールは一通もなくなり、代わりに彩花とのゲームの話ばかりになっていた。
そんなある日のこと。週末に彩花から「買い物に付き合ってほしい」ってメールが届いた。深く考えず、普段着のまま自転車を飛ばして待ち合わせ場所へ向かう。
ところが彩花の姿が見当たらない。辺りを見回していると、白いキャップを被った小柄な人影がふいに目の前に現れ、いきなり肘で俺の腹をグイッと突いてきた。そこでようやく、それが彩花だと気づいた。
白いフード付きパーカーに黒いTシャツという出立ちで、髪はきゅっとひとつにまとめて帽子の中に収めてある。ぱっと見、美少年と見間違えそうだった。
今、彩花はわずかに眉を寄せ、頬をふくらませている。俺がなかなか彼女に気づかなかったことに、相当怒っているようだ。
「ごめん、ごめん。いつもと違う格好だったからさ、ちょっとわからなかったんだ。それに、今日の彩花は本当にかっこいいよ。」
彩花はぷいっと顔を背け、まだ頬を膨らませたまま言い放った。「ふーんだ、これが私の普段の格好なんだから! 今日は戦だよ。遊びに行くんじゃないんだから!」
俺は苦笑しながら「はいはい」と適当に相槌を打ち、先に歩き出した彩花を慌てて追いかけた。
そして、その後――本当に戦だった...
「先輩、向こうの列に並んできて!今回のクジ、一人三回までって決まってるんだから。私と先輩で合計六回引けるでしょ。運が良ければ、主役の五人全員引き当てられるかも!」
「くそっ! なんでジョルノが当たらないのよ!」
「何ボサッとしてんのよ。次の店行くわよ!」
俺はさっき引き当てた景品を握りしめ、親分である彩花の後を必死で追いかけた。
「うぅ……それでも出なかった……。」
いくつもの店を回ったけれど、結局お目当てのキャラを全部は引き当てられなかった。彩花の財布もすっかり空になってしまい、彼女は道端にがっくりとしゃがみ込んだ。俺たち二人の手には、ダブった景品がいくつも残っている。
「このダブりの景品、売っちゃえば少しくらいは元が取れるかな……。でも、一番欲しかったジョルノは限定なのに……」
彩花は今にも泣き出しそうだった。
彩花がしょんぼりする姿を見て、俺も胸が締めつけられた。ふと横を見ると、近くにクレーンゲームの専門店があり、ポスターには彩花が欲しがっていたフィギュアの写真が載っているのが目に入った。
俺は手に持っていた景品を、しょんぼりしている彩花の隣にそっと置き、一人でそのクレーンゲーム専門店に入っていった。そして、彩花のお目当てのフィギュアが入ったクレーン機を見つけ出した。
なぜだかわからないが、こういったクレーンゲーム機に強烈な馴染みを感じる。小中学生の頃は一度も遊んだことがないはずなのに。
「このタイプのクレーンは、ここで爪の力が強くなる……。それで角度をこう調整して……爪のパワーを最大限に生かして、少しずつ景品をずらせば……」
俺はそんなふうにブツブツと独り言を言いながら、次々とコインを投入していった。そして、五枚目のコインを入れたところで――。
店からでると、彩花は相変わらずしょんぼりしたままで、俺が離れていたことにも気づいていなかった。俺はクレーンゲームで取った景品をそっと彩花の頭の上に乗せる。
彩花はハッとして頭上のそれを手に取った。それが自分が切望していたジョルノのフィギュアだとわかると、彼女はいきなり俺に飛びついてきた。「ありがとう、先輩!」彩花が興奮した声で叫び、ぎゅっと俺に抱きつく。俺はとっさに彼女の体を支え、そのまま受け止めた。
その後、彩花が連れて行ってくれたのは、俺の知らないアニメテーマのカフェだった。彩花は俺に「早苗のぱん」と「観鈴のイチゴジュース」とかいう謎メニューを注文してくれたのだが、言葉にできないほどの不味さだった。彩花は俺が渋い顔でそれらを味わう様子を見て、ずっと楽しそうに笑っている。そして最後には、慰めるように自分の苺ケーキを一口食べさせてくれた。
駅で別れるとき、彩花は不意に俺の手を引き、ぐっと体を寄せてきた。はっとした次の瞬間、彼女の柔らかな唇が俺の頬に触れていた。
「先輩、大好き! 本当に今日はありがとうね。」
キスが終わると、彩花はさっと俺から離れて数歩後ろに下がった。そして振り返り、いたずらっぽく笑って手を高く振りながら「また明日ね!」と言った。
何が起こったのか頭が追いつかないまま、俺は呆然と手を振り返すことしかできなかった。そして、彩花の背中が見えなくなるまで見送った。気づけば頬は真っ赤に火照っていた。




