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第一章

 人のつながりってなんだろう。何によって築かれるんだ?


 僕にはその答えがわからない。


 けど、もしそのつながりのすべてが記憶によって築かれるんだとしたら、記憶を失った僕はどうしたらいいだろう。


 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、ぼんやりとした意識を揺さぶった。目を開けた瞬間、知らない天井が広がっていて、思わず息を呑む。


「……ここは、どこだ?」


 頭の奥にズキリと鈍い痛みが走る。


 昨日までの記憶を辿ろうとするけれど、まるで砂のように指の隙間からこぼれ落ちていく。


 ベッドの脇に誰かが座っていた。


 黒髪をポニーテールにまとめた少女。制服姿で、目元にはかすかに疲れの色が滲んでいる。


 その子が僕に気づき、ぱっと顔を上げた。


「けいくん! 気が付いた?」


 透き通るような声。安堵の色が混じった笑み。


 知らないはずの人なのに、なぜか胸の奥がざわついた。


「えっと……君は……?」


 僕の問いかけに、少女の瞳がわずかに揺れた。


 次の瞬間、彼女は胸の奥に痛みを隠すように、切なげな微笑みを浮かべた


「私は千姫。……けいくんの、彼女だよ」


 彼女の口から出た言葉が、頭の中で何度も反響する。


 彼女……? 僕の……彼女……?


 心臓が跳ね上がり、言葉が出てこない。


 そんな僕の混乱を察したのか、千姫はすぐに続けた。


「今のけいくんには、記憶が混乱すると思うから、だから無理に思い出そうとしなくてもいいの。

 お医者さんも言ってたの。目を覚ましたら、記憶が欠けてしまっているかもしれないって。

 でも……安心して。私はここにいるから」


 そう言って、そっと僕の手に触れる。


 指先が温かくて、逆に頭の中はますます混乱していった。


 そこに突然、病室のドアが勢いよく開く。


「おーいけい! やっと起きたか!」


 ずかずかと入ってきたのは幼馴染の月だった。


 派手にセットした髪、悪友みたいな笑顔。


「お前、医者から聞いたぞ。目覚ましたら記憶が抜けてるかもしれないって。……で、俺のことはわかるか?」


「……月、だよな?」


 名前を口にした瞬間、頭の奥にかすかな既視感が走った。けれど、それ以上の記憶は浮かんでこない。


 月はわざとらしく肩をすくめ、いつもの悪友みたいな笑みを見せた。


「お、名前は出てくるのか。やっぱ幼馴染は忘れねーか……じゃあ、この千姫のことは?」


「……いや……ごめん、この子のことがちょっとわからなくて」


 そう呟くと、千姫が小さく息を呑む音が聞こえた。


 月はちらりと千姫に視線を送り、すぐ真面目な顔になる。


「マジか……俺のことは覚えてて、千姫のことは忘れてるのか?

 じゃあ、お前、ここ三年のことは覚えてるのか?

 お前らが付き合い始めたのはちょうど三年前だよな……」


  僕は必死に思い出そうとした。けれど、頭の奥に鋭い痛みが走り、何も浮かんでこない。


 かろうじて思い出せたのは 、自分が中学三年生だった頃の記憶だけだった。


「いや.......中三のことしか思い出せなくて」


「ってことは……お前、この三年間の記憶を丸ごと失くしたってことかよ。」


「おいおい……幼馴染の俺のことは覚えてて、恋人の千姫のことを忘れるかよ。

 せめて逆にしてくれ……」


「いいんです。月さん...」


 その千姫という少女は、どこか複雑で寂しいげな表情を浮かべた。


 月はどこか納得いかなさそうな顔をして、でもしばらく経って言葉を続けた。


「まあ、今は焦んな。けいの記憶が戻るかどうか、医者にもわからないって言ってたけど、俺も千姫もお前のことをよく知ってるから。だから、ひとりじゃないってことだけは忘れんなよ。」


 その言葉に、千姫が小さく頷き、まるでさっきの寂しげな表情が嘘だったかのように微笑んでくれた。


「そうだよ、けいくん。今は無理に思い出そうとしなくてもいい。焦らないで、少しずつでいいから。」


 その優しい声に、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 記憶がなくても、二人の存在が私にとって何か大切なものを思い出させてくれるような気がした。


「…ありがとう。月、千姫...さん」


 口に出してみると、不思議と少しだけ肩の力が抜けた。


 でも、自分が気づいていないだけで、その言葉の最後のさんが千姫の肩を震わせた。

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