6 『にんじゃ(笑)』のレギュレーション
カラン......。
あまりにも不自然なタイミングですっぽ抜けた黒蜜のクナイが、洞窟の地面に転がり乾いた音を鳴らした。
一体何が、起きたのか?
それは黒蜜にも、魔物である小鬼にもわからず......彼女たちはお互いの顔を見つめ合ったまま、困惑して動きを止めた。
しかし、いつまでも固まっているわけにはいかない。
これからこの場で行われるのは、命のやりとりだ。
黒蜜はいち早く我を取り戻し、慌てて転がったクナイに右手を伸ばした。
すると!
......スッ、と。
同極の磁石が反発し合うように。
クナイは黒蜜の右手から、まるで意志を持っているかの如く逃れた。
黒蜜は次に左手を伸ばすが、それもクナイは避ける。
もう一度右手を伸ばしても、ダメ。
そしてやっぱり、左手もダメ......。
もはや黒蜜は......先程まで握っていたクナイに、触れることすらできない!
これは一体、どういうことなのか!?
「ゲギャーッ!!ゲギャハハハーーーッ!!」
まるで田植えのような動きでクナイを追いかけ回す黒蜜の姿が滑稽であったらしく、小鬼はもともと赤いその顔をさらに真っ赤にして、大笑いしている。
一方の黒蜜であるが、覆面の下のその顔色は蒼白である。
ここに来て黒蜜は......この現象の正体に気づいたのだ。
これは、まさしく......“不適正武器を使用しようとした際の、拒絶反応”ではないか、と!
『戦士』、『斥候』、『魔法使い』に、『忍者』......。
この世界にはロール神が作りあげた様々なロールが存在しており、さらには神の思いつきで、その数は日夜増え続けている。
そしてこのロールであるが......実は“適正武器”が定められている場合がある。
例えば『戦士』であれば使用武器に縛りはないが、『剣士』であれば“適正武器”は剣であり、槍を使っても攻撃力に補正が乗らないのだ。
それどころか、ロールによっては極端な場合......“適正武器”以外の武器を、そもそも持つことすら不可能になってしまうのだ!
......ちょうど今の、黒蜜のように!
つまり『にんじゃ(笑)』は、『忍者』の武器であるクナイを使用することを、ロール神から禁じられているのだ!
故に、クナイを武器として使用しようとしたその瞬間に......クナイは黒蜜の手からすっぽ抜け、触れることすらできなくなった、というわけだ。
「ゲギャハッ!!ゲヒ、ゲヒ、ギヒヒハハーーーッ!!」
呆然と立ち竦む黒蜜を嘲り笑いながら、小鬼は大きく拳を振り上げて彼女に踊りかかる!
そして彼女の腹部を......思いきり乱暴に殴りつけた!
ドンッ!!
ゴッ、ゴロゴロ......!
それは、当然人間を害そうとする魔物の本能に従った何の遠慮もない一撃であり......黒蜜はその衝撃で吹き飛ばされ、砂利と石畳で構成された洞窟の地面を、無様に転がった。
「ギヒハ!ギヒハ!ギギギヒハーーーッ!!」
なんて、無様なんだろう!
なんて、滑稽なんだろう!
小鬼はそんな黒蜜の姿がおかしくておかしくて、そしてそんな黒蜜を苛めるのが楽しくて楽しくて......腹を抱えて大笑いした!
さて、その一方で。
黒蜜が今、覆面の下の瞳に揺らす感情。
それは。
怯え、ではない。
......怒りだ。
先程黒蜜が推測した通り、『にんじゃ(笑)』のステータス補正はレベル1の段階で既に、本当に優秀だ。
かなり強い力で殴られたにも関わらず、その実、黒蜜は大したダメージを受けていない。
それ程強い、肉体を得たのに。
何もできずに、今自分は、小鬼によって良いように転がされている。
そんな自分の不甲斐なさが......黒蜜は、たまらなく許せなかった!
自分は......自分の心は、『忍者』なのだ!
『忍者』は鋼の戦士だ!
こんな......無様を晒してばかりでは、いられない!
黒蜜は怒りの炎をその背に燃やし、素早く立ちあがって小鬼に突撃!
そしてその右拳を、小鬼の顔面目掛けて振り抜いた!
彼女は戦闘技能を高めるため、ボクシングも齧っている!
徒手空拳での戦いも、不得手ではない!
『ブブーーーーーーッ!!!』
しかし、黒蜜の拳が小鬼の顔面へと到達する、その直前!
あの忌々しい電子音が再び黒蜜の脳内に鳴り響き、そして......!
「ギギャッ!?」
小鬼の体が、彼の意志とは無関係に動き、黒蜜の拳を避ける!
先程のクナイと同じ、同極磁石の反発のような動きだ!
つまり、『にんじゃ(笑)』は!
素手すらも......攻撃に使用してはならない!
......どうすれと!?
黒蜜は、頭を抱えた!