4 受付神官、目を覚ます
ストックを書き溜めようと思ったんですが、堪え性がないので、やっぱりちょこちょこと投稿します。
ロール神官とはロール神に仕える聖職者であり、“ロール授与の儀”の他にも、様々な活動を行っている。
例えばそれは、ダンジョンの封印管理業務だ。
“ダンジョンの封印管理業務”とは何かと問われれば......魔物をダンジョン内に封じ込めるための結界の維持管理である。
ダンジョン内で増えすぎた魔物が外部へと湧き出し、人間社会に被害を与えるのを防ぐ大切な仕事だ。
しかしこれは、いわば基盤インフラである。
その重要度に反して一般人からの注目は低く、評価されにくい。
むしろロール神官の仕事として目立つのは、ダンジョンを探索し“魔石”等の資源を持ち帰る、“探索者”の育成支援の方だろう。
新人向けの、各種研修事業の実施。
魔石や“遺物”等、ダンジョン探索成果物の評価買い取り。
探索者ランクを基準にした、高難易度ダンジョンへの無謀な潜入の防止......。
探索者を本業にせずとも小銭稼ぎ程度の感覚でダンジョンに潜る者が非常に多いこの現代日本社会において、ロール神官の探索者育成支援業務のお世話にならなかった人間は、本当に稀な存在である。
では、“ダンジョン”とは、何か。
これはロール神の悪神としての側面の発露であり、人類への試練である。
その存在は神話にも記されており、例えば『日本書紀』や『古事記』にも、スサノオがダンジョン探索の末、ステータス異常攻撃を駆使してボスであるヤマタノオロチを討伐したことが描かれており......。
......と、閑話休題。
とにかく、ここで言いたいのは、ロール神官はダンジョンや探索者の管理を行う存在でもあり......。
ダンジョン入り口の受付カウンターに座る者は皆、ロール神官であり......聖職者なのだ。
それがどんなにだらしなく、やる気なく、怠惰で......聖職者らしからぬ姿であろうとも。
◇ ◇ ◇
という訳で、どんぶり高校の所在地である湯呑市郊外に存在するダンジョン“小鬼洞窟”......山肌にぽっかりと口を開けたその洞窟に覆いかぶさるように建てられた掘っ立て小屋、もとい“探索者支援センター小鬼洞窟支所”の中で、ヒビの入った長机に突っ伏して昼寝する白装束の男性。
彼はつまりは、ロール神官なのだ。
その名は、高梨徹。
今年で35歳の独身である。
昔は、ね。
彼はもっと大きなダンジョンの支援センターで働く、エリート神官だったんだよ。
その時は、業務中に居眠りするなどけしからん!
そんな風に思って真面目に働いていたし、彼女だって、いたよ。
だけど、神官だって、人間だ。
特にロール神が神官に求める戒律は、『朝起きたら、神に感謝しようね!』だけなので......。
ロール神官達は“神官”と名乗りはするけど、かなり俗っぽい。
何を言いたいかと言えば、高梨は失敗したのだ。
端的に言えば、かつて働いていた支援センターを牛耳る悪徳神官派閥に歯向かい、そして敗れた。
で、左遷だ。
閑古鳥鳴く不人気ダンジョン、小鬼洞窟の支援センターへ。
一応、名目上は、栄転だ。
だって高梨は、この支援センターの所長なのだから。
......所属する職員は、高梨一人だけど。
何故このダンジョンが不人気なのかと言えば、まず交通の便が悪い。
そして、稼げない。
上層に出現する魔物が小鬼ばかりで、彼らを倒しても良質な魔石を得られないのだ。
稼ぐためには、かなり深くダンジョンを潜る必要があり......つまり、費用対効果が悪い。
さらには、なんか臭い。
だから、湯呑市在住の熟練探索者達は、市内東部に口を開ける駅近で薬草も採取できるダンジョン“樹精の森”に向かうし。
小遣い稼ぎ感覚の探索者達は、市役所の隣に存在する初心者向けダンジョン“そよ風吹く大草原”に向かうのだ。
つまり、だ。
高梨はとにかく、暇なのだ。
彼自慢の【結界術】により魔物の流出を防がなくてはならないため、出勤しない訳にはいかないが、術の維持管理には正直、それ程労力を必要としない。
朝にちょちょいと祝詞をあげて以降、やることがない。
だからと言って、有り余る時間を使って真面目に資格取得のための勉強等をしても、彼にはもはや、ほぼ出世の目がない。
それ程の相手に、睨まれてしまった。
自然と......彼は日頃の業務に真剣に向き合うだけの気力を、失っていった。
無精ひげは剃らず、寝ぐせがついたままの髪で出勤して。
雑に、ローブ状の神官装束を着崩して。
ぼーっとして、たまに昼寝する。
そんな感じだ。
給料だって、一般的なロール神官の初任給よりも安い。
彼女とも、とっくに別れた。
『堕落神官』。
いつの間にやら彼のロールは、そんな不名誉なものに変わっていた。
そんなことすら、高梨は別に気にしなかった。
再起する気力など、どこにも残っていない。
自分には明るい未来など、残されてはいない。
そう、思っていた。
ところが。
そんな彼にも、一つの転機が訪れる。
良く晴れた......春のある日のことだ。
◇ ◇ ◇
コンコンコン。
「んあ......?」
いつものようにダンジョン受付の長机に突っ伏して昼寝をしていた高梨は、不意に机を軽く叩かれ......その音で目覚めた。
「珍しい......客かぁ......?」
大きなあくびをして、腕を天に掲げ背中を反らし、伸びをして。
ぼやける目をこすり、最近視力が落ち始めた......どろりと濁った瞳で長机前に立つ客を睨みつけると。
そいつは。
真っ黒な覆面で顔を隠した......不審人物だった!
「ご、強盗かッ!?金なんか、ここにはねぇぞッ!?」
驚いた高梨はパイプ椅子から跳ねとんで、慌てて眼前に【結界】をはった!
しかし......その不審人物、無言のままふるふると首を横に振る。
「......え、もしかして、ダンジョンへの入場希望者か?」
そう問えば、今度は首を縦に振るではないか。
「............」
そして、不精髭をなでながら少し気持ちを落ち着けて良く見れば、そいつの服装は真新しい黒のセーラー服だ。
「あ......ああーーー、そうか、今日あたり、入学式か!?もしかして、えーっと......お嬢さん、だよね?君、初回利用?探索者登録もまだ?」
ようやく合点のいった高梨が、未だドキドキとうるさい胸をなでおろしながら問えば、やはりその人物は首を縦に振るのだった。
「あー、そっかそっか。じゃあ今日が、探索者デビューだねぇ!はっはははは、緊張してるぅ?いいか、ダンジョンってのは危ない場所だ。絶対に、無理すんじゃねぇぞー?あれ、でもなんで、わざわざこの小鬼洞窟に......ははは、ま、良いか!」
高梨は、仕事をさぼって昼寝していた。
それは、恥ずべき事だ。
恥......久しぶりにそんな感覚を思い出した高梨は、その後ろめたさを誤魔化そうと不自然に明るく振る舞い早口で喋りながら、背後に置かれたプラスチック棚の引き出しを開け、紫色の水晶を取り出した。
「はい、これ。中学校で習ったよね?“探索者水晶”だよ。手をかざしてね。ステータスに、探索者ランクが追加されるからね。最初は誰でもFランクだから」
そしてその水晶を、長机の上に置いた。
この探索者水晶は、ロール授与の儀にて使用される“ロール授与水晶”と同様に、ロール神が人類に授けた恩寵の一つであると言われている。
手をかざす......ただそれだけで個人のステータスに干渉し、ダンジョン内の行動によって上下する“ランク”が追記されるのだ。
高梨が言った通り、最初は誰でもFランク。
慣れてくれば、大体の人間がDランクにはなれる。
専業で探索者をするならば、CからBランクは必要で、Aランクに到達したなら、超一流である。
「あ、それとね、一度探索者登録をしてしまうと、君のステータス情報を我々ロール神官が閲覧できるようになります。ちょっと、嫌かもしれないけど......神様が定めたことだから、納得してね。お兄さん達には守秘義務があるので、その情報は外部には流出しないから」
続いて高梨が行ったステータス共有についての説明にも異議はないらしく、覆面女子高生は静かに頷いた。
そして、一度大きく息を吸うような動きをしてから......ついに、彼女は探索者水晶へと手をかざした!
すると......ピロン、という可愛らしい音と共に、覆面女子高生と高梨の目の前に......ランク情報が追記された長方形で半透明のウィンドウ......ステータス画面が出現した!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
氏 名:影山 黒蜜
レベル:1
ロール:にんじゃ(笑)
スキル:なし
ランク:F
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「えっ、いやっ、『にんじゃ(笑)』っ?『にんじゃ(笑)』って......!」
そしてその表示を見た瞬間、思わず高梨は笑ってしまったのだ。
だって、ロール名に(笑)なんて文字がついているのは、初めて見たし!
多分覆面をして忍びたいのに、その覆面のせいで全然忍べていない彼女の雰囲気が、そのロール名にぴったりだったし!
しかし、だ。
高梨は、その時。
ふと、気づいたのだ。
この......影山黒蜜という覆面女子高生の、影に隠れたその眼が。
ギラギラと......闘志の炎に燃えていることに!
比喩的な表現ではないぞ!
マジで、瞳の中で炎が揺らめいているのだ!
ここは、ローファンタジー世界だからね!
「......!!」
高梨はその炎を見て、息をのんだ。
そしてその眩しさに......思わず目を反らしたのだ。
だって、それは。
高梨自身は、既に失ってしまった......そう思っている、前へと進もうとする意志の力、そのものの発露であったから。
まさしく......希望の炎。
そう称したくなるほどの、激しく美しい輝きだったから。
「......すまない、失礼だったね。申し訳ない」
高梨はすぐに、自分の態度を詫びて頭を下げた。
しかし黒蜜は、笑われたことなど全然気にも留めていないようだ。
右手の平をひらひらと振って『気にしてないよ』とアピールする。
それよりも、彼女は......早くダンジョンに、入りたいらしい。
視線が、この部屋の奥の......洞窟入口へと、チラチラと動いている。
「そうか、君は......修行がしたいのか。ロール進化を......『忍者』を......目指しているのかな?」
この黒蜜は覆面をしているくせに、全くもって、感情がわかりやすい。
このままでは、『忍者』への道のりは、長そうだな......。
そんなことを思い、未熟な少女の姿に苦笑し......しかし眩しそうに、目を細めながら......高梨は黒蜜に問いかけた。
黒蜜は、力強く頷く。
「で、あれば......このダンジョンは、大いに君の助けとなるだろう。何せ、不人気だからね。他の探索者に邪魔されることなく、君は戦闘経験を積み、レベルをあげることができる!」
高梨はそう言いながら立ちあがり、洞窟入口へと向かった。
黒蜜も、その後に続く。
洞窟内部には光を放つ鉱石のような物が点在しており、仄かに明るい。
しかし、その奥までは見通せない。
壁面から霧のような何かが噴き出しており......視界が遮られているのだ。
高梨は、ゴクリという音を、確かに聞いた。
黒蜜が、唾を飲みこんだ音だ。
霧に満ちた、洞窟。
しかもその中には、魔物が潜んでいるのだ。
怖くない、訳がない。
「さあ、行け、若人よ!神の与えたもうた試練に挑み......己の望む未来を、掴み取ってみせよ!」
しかし黒蜜は己の恐怖に打ち勝ち、高梨に発破をかけられた次の瞬間には、洞窟に飛びこみ、走り始めた!
洞窟入口にかけていた高梨の透明な【結界】が波打つように揺らいで......そしてすぐに、静かになる。
その時にはもう既に、黒蜜は霧の中だ。
高梨の視界に......既に彼女の姿はなかった。
◇ ◇ ◇
「はーーー......」
黒蜜が、ダンジョン内に侵入した、その後。
高梨はしばらく霧で満ちた洞窟内部を眺めてから、ため息をついて、天を仰ぎ。
「......恰好悪いな、オレ」
そう、ポツリとつぶやいた。
そしておもむろに歩き出した高梨が向かうは、受付の長机の後ろに山積みにされた、プラスチック棚だ。
そこから、魔石・遺物の買取価格表、いくらかの現金を取り出し......口座開設をし忘れたことに気づき、顔をしかめる。
とりあえず、申込書の準備だけして、緊急時に備えた回復薬の点検をして。
「ふう」
一息つく。
そしてパイプ椅子に腰かけ、腕を組み、じっと考える。
あの、風変りな女子高生を支援するため、自分には何ができるのか。
ロール神官として、彼女が己のロールを満足してプレイするために、何をすべきなのか。
はたから見れば、彼の姿は......今も、日がな一日怠惰に過ごす、堕落神官と変わらない。
しかし、その瞳には、間違いなく。
小さな灯が、燃えていた。