3 女子高生は、ダンジョンへと駆ける
「ねー......あの覆面ちゃんって」
「あっ、あの、“ハズレロール”?」
「『にんじゃ(笑)』」
さて、入学式も終わり、新入生は早めの下校時間である。
忍者らしく忍ぶため、廊下の隅をコソコソと歩いていた黒蜜の耳に、同級生たちの無邪気な陰口が届く。
“ハズレロール”......それは読んで字の如く、“概ねの人が『ハズレだ』と認識するロール”である。
基本的にロール神は、人類に“ロール”という魔物に対抗しうる強力な力を授ける善神である。
しかし、困ったことに......イタズラ好きの悪神という側面も持つのだ。
イタズラというと可愛く聞こえるが、神が行うイタズラである。
そのイタズラが人間の人生一つを容易く崩壊させてしまうことなど、ざらなのだ。
ハズレロールの授与は、そのイタズラの内の代表的な一つとされている。
そして黒蜜の授かった『にんじゃ(笑)』というロールも......十中八九ハズレロールであると、周囲からは認識されていた。
だってまず、その字面がふざけているもん。
さらには、あれだけ仰々しく演出しておいて......出て来た文字が『にんじゃ(笑)』って。
未だ無邪気な子どもとしての側面を捨てきれない現代日本の高校生たちが黒蜜のことを嘲笑うのも、残酷ながら無理からぬことなのだ。
だが、しかし。
影山黒蜜が、そんなロールを授けられ、絶望しているかと問われれば。
断じて、否である!
見よ、廊下の隅をコソコソと歩く、その姿を!
彼女のそのコソコソは、決して卑屈なコソコソではない。
......己を恥じての態度ではないのだ!
彼女は......『忍者』としてあるべき姿勢を、貫いている(つもり)に過ぎない。
堂々とした、コソコソなのだ!
黒蜜は『忍者』になるため、これまで精神の修行も怠らなかった。
何故なら、どんな任務も顔色一つ変えずに成し遂げる『忍者』の精神は、鋼でできているはずだから。
だからこの程度では......ちょっと思ってたのと違うロールを与えられたくらいでは、彼女の頑健な心には傷一つつかないのだ!
それに、簡単にハズレロールと人は笑うが......その不利をはねのけ歴史に名を残した偉人は、枚挙にいとまがない。
例えば、ある男は『大うつけ』という明らかなハズレロールを授けられたが、修行を重ね試練を乗り越え......最終的には『第六天魔王』という最上級戦闘系ロールへと至った。
その男の名こそ、皆様ご存じ織田信長である。
そう......ロールは、“進化”するのだ!
だからこそ、黒蜜は急いでいた。
その足取りは、いつの間にか早歩きから駆け足に変わり......全力疾走へと変化していた。
すぐにでも、修行したい!
死ぬ程修行したい!
戦って、戦って、戦って......!
『にんじゃ(笑)』を『忍者』に、ロール進化させるのだ!
高校生になったことで入場資格を得たばかりの......“ダンジョン”で!
「ちょっと待てぃ、そこの新入生ぃーーーッ!!」
しかしその時、廊下に絶叫が響きわたる!
その声の主は......黒蜜の進路上に仁王立ちして立ちふさがる、筋骨隆々強面の大男!
ジャージを着こみ首から魔導ホイッスルを下げ......血みどろ竹刀を威圧的に構えた生徒指導の体育教師、吉沢先生だ!
彼はその強靭な肉体と大きめの鼻の穴を由来として、生徒たちからは“ゴリ先生”というよくあるあだ名を付けられ親しまれている......コテコテのパワー型ビルド教職員!
「廊下をぉ、走るなぁーーーッ!!」
そんなゴリ先生はさらにもう一度、そう吠えた。
すると、突如として廊下には突風が発生!
「「「うわあーーーーーー」」」
廊下を歩いていたその辺の生徒達は、耐えきれず吹き飛ばされていく......しかし!
黒蜜は、吹き飛ばない!
姿勢を低くして風の抵抗を抑え、ゴリ先生の左脇を走り抜けるべくさらに速度をあげる!
「むぅ、なめるなぁ!【マックスパワー】ッ!」
しかしゴリ先生にも、生徒指導の先生としての意地がある!
廊下を走るやんちゃな生徒には、お説教をかまさねば気が済まない!
故にゴリ先生はスキルを発動させ、ムキムキの肉体を身体強化......さらにパンプアップさせた!
上半身のジャージとシャツが肉体の膨張に耐えきれず、弾け飛ぶ!
今のゴリ先生は、まさしく、筋肉の壁だ!
対する黒蜜は、しかし怯まない!
まっすぐにゴリ先生の左脇目がけ、駆け寄って行く!
「我が筋肉のぉ、瞬発力をぉ、甘く見るなよぉ!」
しかし、悲しいかな、黒蜜は今まで『忍者』になるため修行を重ねてきたが......ロール『にんじゃ(笑)』を授けられたのは、つい先程。
つまり彼女の“レベル”は、未だ1!
『体育教師』としてレベル85の位階にあるゴリ先生と比べると、そのステータスは雲泥の差なのだ!
だからゴリ先生は。
単純な、ステータスの暴力で、黒蜜を押さえつけようとした。
力任せに腕を振り下ろし、彼女を叩き潰そうとしたのだ!
しかし!
「な、なにぃッ!?」
その瞬間!
黒蜜はキュキュと上靴を鳴らしながら、急に方向転換!
ゴリ先生の丸太のような太い腕をかわし、向かう先は......彼の股の下!
スライディングをしながら、その両足の隙間を......潜り抜けたではないか!
え、スカートがめくれちゃう?
大丈夫だよ、もう下にジャージをはいているもん!
「あ......あ......あぁ!」
ゴリ先生は、もはや。
廊下を走り去って行く、黒蜜の背中を、呆然と見送ることしかできなかった。
彼女の背中では。
テープではりつけられたお手製ダンボール忍者刀が。
楽し気に、揺れていた。
◇ ◇ ◇
「まさか、かつて国内有数の『タンク』として名をはせていた、あなたが......抜かれるとはねぇ、吉沢先生?」
呆けて立ち竦んでいたゴリ先生を我に返したのは、そんな一声だった。
「あ、校長ぉ......」
ゴリ先生はばつが悪そうに頭をかきながら、声の主......イケオジ校長先生に振り返った。
「どうです、彼女は?」
校長先生は、廊下の窓からグラウンドを見下ろしながら、ゴリ先生に問いかけた。
そこには、既に外靴に履き替えて爆走する影山黒蜜の姿があった。
「......既に“ハズレロール”だと周囲には知れわたっちまってましてねぇ、色々、言われちまってますなぁ」
ゴリ先生も校長先生の隣に立ち、一緒になって黒蜜の爆走を眺めた。
その眉は、心配そうにハの字を描いている。
「でも」
しかし。
ゴリ先生は苦笑しながら......しかし力強い声で、断言した。
「間違いない。あれは......化けますよぉ」
「そう、願いたいものですね」
校長もそう言って......不自然に白い歯をキラリと輝かせながら、くつくつと笑った。
◇ ◇ ◇
桜舞う、春のこの日。
未だ日は高く、空は青い。
冷たい風と、暖かい日差しを存分に感じながら、黒蜜は駆けていった。
己の望む、在り方を目指して!
かくしてプロローグは終わり、黒蜜の戦いが始まる!
でも、今書いている途中なので、更新はしばらくお待ちください。