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にんじゃ(笑)  作者: むらべ むらさき
2 初めての、ダンジョン探索!全然思うように、いかないんですけど!?
14/14

14 『凡人』の帰宅

 ビュンビュンと、窓の外を景色が流れて行く。

 芽吹いたばかりの木々の若葉が街灯に照らされ、橙色に光っている......そんな景色が。

 ぼうっとしている内に、いつの間にか賑やかな程明るい街の風景に変わっていた。


 良助は今、車に乗っている。

 何の変哲もない、六人乗りの乗用車だ。

 運転するのは、良助の父。

 薄暗い車内に、他の同乗者はなし。

 平日夕刻ともなれば仕事や学業で皆忙しく、突発的に決まった良助の“迎え”に来れたのは比較的自由に時間をとれる父だけであった。


 信号の赤色が灯り、静かに車が止まる。


 この間、父と良助の間に、会話はない。

 もともと、彼の父親は寡黙な人間であるし......男親とその年頃の息子という間柄であれば、そうおかしなことではないだろう。




 しかし。




 ......良助はチラリと、バックミラーに映る父の表情を覗き見た。

 カーナビ画面の光に照らされた父はいつもどおり、眉間に皺を寄せ、その感情の読めない鋭い眼差しをフロントガラスの向こう側に向けていた。


 良助は、父のこの表情が、苦手だった。

 父は、何も言わない。

 でも。

 あの顔で見られると、不出来な自分を......責められている気持ちになるのだ。




「......ふう」


 良助は瞳を閉じて、小さく息を吐いた。

 気持ちを落ち着けるために。

 何故なら、家に帰れば、母も兄も、妹もそろっている。

 “優秀な”家族が、待っている。


 そこは良助にとって、ロール授与の儀よりも、何ならダンジョンよりも......そして父と二人きりのこの空間よりも、よっぽど試練の場なのだ。


 良助は、“けりをつける”のだと。


 そう、決意していたから。




◇ ◇ ◇




 “あの事件”の後。


 良助は見知らぬ医療施設で、複雑な機械に囲まれ腕に色々な管を挿された状態で目を覚ました。

 混乱する彼に対して、その場に居合わせた医師はすぐに、そこがロール神官が関わる医療施設であることを説明した。


 良助が眠り、押しつけられた魔王の力を失った後、どうやらあの覆面女子高生は彼をダンジョン外まで連れ出してくれたようだ。

 覆面女子高生から事情を聞いたダンジョン受付のロール神官が通報をして......良助はこの医療施設へと搬送されたらしい。

 そこで良助は、一週間眠り続けていたのだとか。


「い、一週間っ!?」


 それを聞いた良助は、大いに慌てた。

 “叶えの女神”を騙るあのウィシマリャとかいう何かは、良助の寿命を残り1日まで削ったのではなかったか?

 ふと思いつきペロリと手の甲をなめると、汗の味がする。

 味覚が蘇っている!

 生殖能力も......どうやら、同じく!


「あ、ああっ......!」


 良助はポロポロと涙を流しながら、人目も気にせず自らのステータス画面を呼び出した。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


氏 名:渡沼 良助


レベル:1


ロール:凡人


スキル:なし


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 『凡人』!!!


 ロールが、『凡人』に戻っている!!!


「あああーーーーーーッ......」


 授けられた当初はあれだけ絶望を感じたこのロール名に、良助は心底安堵し、嗚咽を漏らした!




「見てもらった通り、君の中に、もはや“邪悪”は存在しない......我々も良く調べたし、“大いなる方”のお墨付きだから間違いないよ」


 良助が落ち着くのを見計らって、静かにそばに控えていた医師は苦笑しながら、種々の事情を説明し始めた。


 良助がこの施設へと運ばれた経緯。

 彼の体と魂は、今や医学的あるいは魔術的に調べても全く問題ない健康体であること。

 そして......ウィシマリャを名乗る、あの存在についても。


 どうやらかの自称女神は、事情がありその存在を秘されてはいるが、過去にいくつもの事件を起こしているらしい。

 だからこそロール神官たちは、良助が意識を失いその事情を説明できない段階で既に、これはウィシマリャ案件であると確信し......良助に対して最善の処置を施すことができた、とのことだ。

 もちろん、過去の事件では対処が間に合わなかったことも、多いらしく......。

 詳細はぼかされ、詳しいことは聞けなかったが......良助が今こうして無事でいるのは、かなりの幸運であるのだということは、理解できた。




 医師による事情の説明のあとは簡単な問診等が続き、良助の退院は即日決定された。

 ダンジョンが身近にあるこのローファンタジー日本社会において、医療施設のベッド数不足問題は我々の日本社会以上にひっ迫している。

 元気になったら、とっとと出て行かなくてはならない。


 だからこそ、『家族に連絡する』と聞いて不審な挙動を見せた良助の個人的かつ心理的な事情など全く勘案されずに、良助の父はすぐさまこの医療施設へと呼び出されたのだ。




◇ ◇ ◇




 無言のままの父の後について帰宅し、居間の扉をくぐった途端良助が感じたのは、唐揚げの匂いだ。

 見ると、食卓テーブルの上の大皿に、山盛りの唐揚げが鎮座している。


「おかえりなさい、良助」


 唐揚げの山の奥に座っていた母が、穏やかに声をかける。


「おかえり!」


 その横の妹は、元気いっぱいに挨拶。


「............」


 兄はいつも通り寡黙。

 じっと、自分の取り皿の上のレタスを眺めている。


 先行した父も無言のまま、自らの席に座った。




「......ただいま」


 そんな家族のいつも通りな様子を一瞥してから、良助はぼそりとつぶやくように帰宅の挨拶を告げて、自分の席についた。


「事故にあったのでしょう?体は大丈夫?」


「うん」


「痛いところはない?」


「うん」


「えっと......魔力の流れとか、違和感ない?」


「うん」


「ねえお母さん、お腹すいたー」


「そうね、良助も、お腹が空いてるんじゃない?唐揚げ、大好物でしょ?好きなだけ、食べてね!」


「うん」


 ......良助の家族には、彼が経験した事件のことは、伝えられていない。

 ただ、交通事故にあったと。

 そのように、説明されていた。

 ロール神官たちはやはりウィシマリャの存在を秘したいらしく、良助に対してもその名をみだりに口にするなと念押ししていた。


 だから良助は母親の間違いを訂正せず......ただじっと、唐揚げの山を見つめながら、気のない返事を返し続けた。


 だけど。




「......ふーーー............」


 良助は小さく息を吸って、吐いた。

 病み上がりの体が唐揚げの匂いを拒み、少しだけ吐き気がこみ上げるが、それは何とか飲みこんで。


「あのさ」


 良助は意を決して顔をあげ、家族を見回しながら口を開いた。


 ......けりを、つけるのだ。


 何に?


 自分の、心に。




「ボクの、ロール、なんだけどさ......『凡人』、だったんだよね」




 その告白に、もともと静かではあった食卓の空気が凍った。


「はは......まあ、そうなるよね。明らかに、ハズレロールだもんね。がっかりしたよ、ボクも。死にたくなるくらい」


 母も、父も、兄も、妹も。

 まずは驚き、そして戸惑い、次いで哀れみ......しかし何を言って良いかわからず、口を半開きにしたまま無言。

 彼らは生まれついてのエリートであり、基本的に目に見える挫折を経験したことのない人種である。

 だからこんな時、相手にどう声をかけたら良いのか。

 どう対応したら良いのか。

 全くわからないのだ。


 そんな家族の様を見て、良助は小さく噴き出した。


「でもさ」


 そして、改めて大きく息を吸ってから。

 じっと自分を見つめてくる四対の瞳に、いつものように委縮してしまいそうになる臆病な自分の心に叱咤を繰り返しながら。

 ゆっくり。


「そう......悪くはないなって、今は、思ってる......ボクに、相応しい......ロールなんじゃ、ないかなって」


 素直に。

 今の自分の思いを、伝えた。


 愛想笑いをしたり。

 ごまかしたり、せず。

 真面目な顔で。




「諦めるのか、お前はッ!!」


 突然、兄が叫んだ。


「あれだけ、毎朝、稽古してッ!!お前はッ、誰よりもッ......!!」


 その顔は真っ赤で、眉間に皺が寄り、その口調は実に厳しい。

 良助のことを激しく叱責している......ように聞こえる。

 というか、今までの良助であれば、間違いなくそう感じていた。


 でも。


 兄は、無口だ。

 喋るのが、苦手だ。

 心の内にある思いを、言葉にしきれないのだ。

 今だって、良助のことに呆れ、見放しているわけではなく。


 ......心配している。


 ただ、それだけなのだと。

 けりをつけるのだと覚悟を決めた......何故だか妙に凪いだ心持ちでいる良助には。

 それがしっかりと、伝わった。


 だから。




「違うんだよ、兄さん」


 良助は。


「諦めるんじゃない!ボクは......ボクは、受け入れるんだ!『凡人』としての、自分を!」


 少し、どもりながらも。

 卑屈になって、兄に謝るのではなく。

 自分の気持ちを、伝えることができた。


「ボクは、『凡人』として!......のぼりつめて、みせるよ!皆とは、違う!高みに!!」


 ......自分の、決意を!




 ガタンッ!!


 その叫びを聞いた良助の父は、椅子を勢いよく倒しながら立ちあがった。

 そしてつかつかと良助に歩み寄り、良助のことを見下ろした。


 鋭い眼差し、不機嫌そうなへの字口、威圧的な分厚い体。


 良助はそんな父を、じっと見返した。




 すると、父は。

 ひょいと、太い腕で良助の体を軽々しく持ちあげ。

 そして。


「............恰好良いぞッ!!良助ッ!!!」


 精一杯の賛辞の言葉を投げつけながら、強く強く!

 良助の体を、抱きしめた!


「げほっ!?ちょっと、父さん!?」


「うん!お兄ちゃん、恰好良い!」


 むせる良助に、妹は笑いながら無邪気に拍手を送った。

 母は......唐揚げの山の向こうで、ハンカチで涙をぬぐいながら頷き、微笑んでいる。

 兄はというと、号泣している。

 号泣しながら、睨みつけるように良助をみつめながら、激しく頷いている。




「は......ははは」


 良助は。


「あはは、はははははは!」


 すっかり緊張の糸が切れ、気の抜けた笑い声をあげた。


 良助は、今、確かにけりをつけた。


 家族の才能を羨み、自らの非才を恥じ、卑屈に縮こまっていた少年は、もういない。


 良助は......他の誰でもない、渡沼良助として!




 自らの人生を、歩き始めたのだ!

 以上をもちまして、『にんじゃ(笑)』の第2章を終了します。


 第2章は、チュートリアルでした。

 黒蜜の戦い方や、ちょっとしたダンジョン描写、暗躍する謎の敵、そして作品の雰囲気......。

 そういうものに、なんとなく触れていただく、お試し章でした。


 後半、主人公であるはずの黒蜜よりも良助が主軸の物語になっていましたが、それはまあ『にんじゃ(笑)』の仕様です。

 物語のスポットライトを、浴び続けられない......それもまた、色んな意味で、『にんじゃ(笑)』らしいということで。


 それではまた、第3章でお会いしましょう!

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