13 『にんじゃ(笑)』、人知れず世界を救う(自分も気づいてない)
「グ、グオオ......!?」
『疾速の魔王』は困惑し、唸った。
そりゃあ、そうだろう。
魔法攻撃でもされるのかと思ったら、目の前にお布団を召喚されたのだ。
誰だって、困る。
魔王だって、困るさ。
<<<あ......あははははは!お腹、お腹痛い!何それ!?何そのスキル!?布団を召喚するスキル!?聞いたことないんですけど!?あははははは!>>>
一方のウィシマリャは大爆笑である。
『疾速の魔王』の低知能発言に続いて、今度は意味のわからない行動をする珍妙な覆面女子高生の謎スキルが、彼女のツボにはまったらしい。
(お、お布団......!)
しかし、良助は。
困惑や、嘲笑......そんな感情は、浮かばなかった。
かといって、先程までの悲哀......それすらも、どこかに吹き飛んでいた。
何故だか彼は、目の前に突然出現した布団から、目が離せなくなっていたのだ。
フカフカで、フワフワで、とても暖かそうな、お布団だ......。
白くて、清潔で......清浄に輝いてすら見えるその布団に良助は、危機的な局面におかれているというのに......魅了すらされ始めていた。
(あれ......?)
そして、ふと気づく。
良助は、布団から目が離せない。
......彼は今、体の操作権を奪われているにも関わらず。
つまり、それが意味するところとは。
「グオ......」
良助の体も......『疾速の魔王』も!
いつの間にか、その純白のお布団に......目が釘付けになっているということであった!
「グオオ......」
そして次の瞬間、良助の体は!
熱すらこもったうめき声をあげながら......ゆっくりと、布団に向かって歩き始めた!
<<<あ、あれ?ちょっと『疾速の魔王』!?何をしているの!?>>>
ここでウィシマリャはようやく異常事態に気づき、喚いた。
<<<そんな布団なんか、どうでも良いでしょう!?ほら、目の前にあなたの大好きな人間がいるのよ!?早く殺しなさいよ!?>>>
「グオオ......」
しかし、『疾速の魔王』に、ウィシマリャの言葉は届かない!
彼はおもむろに掛け布団を掴むと、それを勢いよく持ちあげた!
掛け布団は、ふわりと......穏やかな波のようにその形を変化させながら、空気をはらんで宙に浮かんだ。
露わになるのは、その下に隠されていた敷布団である。
掛け布団よりもしっかりとした硬さを主張するそれは、しかし硬すぎずさりとて柔らかすぎず......きっと程よい弾力。
見ただけで、わかる。
これは、寝っ転がったら、最高に気持ちの良いやつ。
『疾速の魔王』は。
ウィシマリャが、止める間もなく、掛け布団と敷布団の間に挟まれ仰向けに寝転がり。
「グオオーーー......グオオーーー......」
......大いびきをかいて、眠り始めた!
<<<ちょっとーーー!?何寝てるのよーーー!?>>>
もちろん、この想定外の事態に、ウィシマリャは焦った!
<<<『疾速の魔王』の活動時間は、残り30分を切っているのよ!?寝てる暇なんて、ないのに!ええい、そもそも何故寝ているの!?『疾速の魔王』は全ての属性攻撃に対して、完璧な耐性を持つはず!この布団は、一体何なのよ!?>>>
そして慌てて、黒蜜の召喚したフワフワお布団の詳細を鑑定する!
以下が、その鑑定結果だ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
名 称:布団
説 明:【フトンの術】により召喚された布団。フカフカでフワフワ。効果終了まであと『7:59:13』。
品 質:最高級
属 性:フトン属性
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
<<<“フトン属性”って、何よーーー!?>>>
ウィシマリャは、その見たこともない鑑定結果に、絶叫した!
<<<ってか、効果終了まで8時間近くかかるの!?大幅に『疾速の魔王』の活動時間を、過ぎてるじゃない!あ、抗いなさい、『疾速の魔王』!!>>>
そして大慌てのまま、良助の体を操作し......魔王たるに相応しいその膨大な魔力を放出して、お布団の魅力への抵抗を開始させた!
『7:32:58』、『7:11:36』、『6:50:29』と......その抵抗の効果はあったらしく、【フトンの術】の効果継続時間は、みるみる内に減っていく!
しかし......!
<<<あ......ダメ......もう、魔力が......>>>
効果時間が、残り『1:47:21』まで減少したその時......ついに。
良助の体の......『疾速の魔王』の有する魔力が、底をついた。
いかに魔王と言えども!
お布団の魅力には......敵わなかったのだ!
<<<く......また失敗......次こそ......わ......世界、つく......>>>
良助は心地よいまどろみの中......ウィシマリャの気配が、悔しそうに何かを喚き散らしながら、己から離れていくのをぼんやりと感じた。
それと同時に。
ウィシマリャよりも......なんだか大きくて、暖かな何かが。
自分の魂を包み込んでいくのを知覚した。
(あ......)
その“何か”が、“何”であるかなど。
この時の良助には、考える余力などなかった。
彼は、ただ。
ただ。
体を柔らかな布団に、そして魂を柔らかな何かに包まれ。
優しい眠りの世界へと、誘われていった。
(そう言えば......眠るのは、何日ぶりだろう......)
そんなことを、考えながら。
◇ ◇ ◇
さて、一方の主人公、影山黒蜜であるが。
彼女はしばらく、布団の中で爆睡する魔王を眺めながら、腕組みをしながら仁王立ちを続けていた。
これは、何か考えがあってのことではない。
初めてダンジョンに入って修行をしていたら、いきなり魔王が出現して......お布団に入って寝た。
彼女の目の前で起こった事実を端的に羅列するならばこういうことになるが、わかりやすくまとめているはずなのに意味がわからない。
黒蜜はキャパオーバーを起こし、困惑して固まっていたのだ。
しかし、魔王が寝始めてから概ね30分後......事態は動く。
布団にくるまれていた魔王の全身から、突然黒い靄が放出されはじめたのだ!
何事かと驚き、黒蜜はその両手に運動靴を構えたが......その変化こそ、この事件の終わりの合図であった。
黒い靄が白い霧と交じり合い消え去ったその後、布団の中に魔王はいなかった。
まだ少しあどけない寝顔を晒しながら、ムニャムニャと何やら寝言をつぶやく男子高生......渡沼良助の姿が、そこにはあった。
さて、魔王の正体が人間だとわかった今、黒蜜はより一層困惑した。
彼女がすべきことは、一体何だろう?
放置するのが、一番簡単だ。
でも寝込みを小鬼に襲われては大変だ。
布団ごと抱きかかえてダンジョン外まで連れて行き、救助することも容易い。
この、寝ている男子高生のことを考えるのならば、それが一番だ。
だけど相手は、先ほどまで魔王を名乗っていた存在。
簡単に助けちゃって......安全なんだろうか?
逆に、倒してしまう?
運動靴の臭いをかがせれば......この男子高生は黒蜜の乙女心を傷つけながら、小鬼のようにコロリと死ぬかもしれない。
そうすれば、黒蜜さえ黙っていれば......問題は発生しない。
黒蜜は事前にネットサーフィンをして、ダンジョンで死んだ人間の肉体は、ダンジョンに“食われる”ことを知っている。
黒蜜が手を下した証拠は、どこにも残らないのだ。
悩んで、悩んで、悩んだ後に。
黒蜜は、お布団ごと、良助の体を持ちあげた。
ステータスで強化された黒蜜には、実に容易い動作である。
黒蜜は良助を抱きかかえながら、素早く。
ダンジョンの入口に向かって、進み始めた。
彼女はこの、魔王を名乗っていた良助のことを、助けることに決めたのだ。
何故なら彼女は、鋼の戦士......『忍者』であるからだ。
『忍者』として恥ずべき行為を、してはならない。
その信念が、彼女の行動を後押しした。
目覚めたこの男子高生が、再び魔王として暴れ始めたら、どうしよう?
そう考えないことも、ない。
......ない、が!
そういうややこしいことは、大人に考えてもらおう!
何もかもを、自分が抱え込む必要はないでしょう?
黒蜜は、鋼の戦士『忍者』でありたいと願ってはいるけど......今はまだ、ただの女子高生なんだもん!