12 希望との邂逅
「グオオ......」
さて、入学式や学校施設案内等、登校初日に行われる諸々のオリエンテーションが全て終わり、時刻は既に帰宅時間である。
良助は小声で唸りながら、目を真っ赤に光らせ......人目につかない場所を探してゆっくりと校舎裏を歩いていた。
“探して”とは言ったが、そこに良助の意志は一切介在してはいない。
相変わらず良助には、自身の体の操作権がない。
良助はただただ、【破壊への渇望】によりもたらされる殺戮衝動に、必死で抗っていた。
自由には動かせない良助の体だが、彼の抵抗は全くの無意味であるわけではないらしく、抗えば抗う程、彼の肉体の動きは鈍り、遅くなる。
故にこそ彼は、下校時間がとっくに過ぎた今もなお、学校の敷地内をのそのそと歩き続けていた。
<<<さて、この辺りで良いでしょうか?>>>
しかし、誰に見られるでもない良助の必死の抵抗、遅延行為を受けても、ウィシマリャの言葉に焦りは見えない。
ちょうど校舎裏の日陰に入った時聞いたウィシマリャのそんな言葉は、実に気楽で愉快気なものだった。
そして、良助は。
ウィシマリャの気楽な独り言を聞いた、次の瞬間には。
......薄暗い、洞窟の中にいたのだ。
(!?)
ぼんやりと赤く照らされた壁面は実に不気味で、空気は凍えそうな程に冷たいそこは、良助の全く知らない場所だった。
【転移魔法】が、行使されたのだ。
【転移魔法】は伝説的にレアなスキルであるが、通常は本人の知らない場所への転移など不可能である。
今回は良助の体がウィシマリャに支配されているからこそ......おそらく彼女の知識をベースとして、転移が行使されたらしい。
<<<さて、ここはダンジョン“小鬼洞窟”。不人気ダンジョンであり、ほとんど探索が進んでいない......しかしその実、世界有数の巨大ダンジョン。少し臭気を我慢して探索を進めれば、そこにはたくさんの資源が眠っているというのに......人間は本当に愚かですね>>>
ウィシマリャは楽しそうに独り言を言いながら、良助の体を操り、この狭い円形の部屋の中央へと向けた。
そこにあったのは......自ら発光する、大型バス程に巨大な赤い宝石である。
<<<この宝石こそが、“ダンジョン核”です!生きてこの核を見ることができた人間はこれまでほとんどいませんし、これからは一人もいません!あなたが最後ですよ......さあ『疾速の魔王』、世界を滅ぼしましょう!>>>
「グオオーーーーーーッ!!!」
良助の体は、ウィシマリャの誘いに応じて嬉しそうに咆哮した。
そして、自らの肉体に押しつけられた超期間限定の力を開放し始める。
まず、良助の肉体は、2メートルを超える筋骨隆々とした巨体へと、突然成長した。
さらに周囲に黒い靄が広がったかと思うと、それが禍々しい鎧や兜、マントに変ずる。
<<<実に魔王たるに相応しい威容ですね。恰好良いですよ、『疾速の魔王』......さあ!ダンジョン核へと、手を触れなさい!>>>
「グオオーーーーーーッ!!!」
良助は、ウィシマリャの言葉にもはや抗えない!
肉体が魔王のそれと変じたことで、もはや彼には動作を遅延させるという抵抗すら不可能になってしまったようだ。
故に良助はゆっくりと、大きくなったその手の平でダンジョン核に触れた。
ウィシマリャはクスクス笑いながら、そんな良助の体に次なる指示を与える。
<<<スキル【ダンジョン核操作】を使用して、このダンジョン核を、疑似魔導爆弾へと変化させますよ!かの神が、これ程までにその力を注ぎこんだダンジョン核です......さぞや、この世界を、美しく吹き飛ばしてくれることでしょう!>>>
(嫌だ、嫌だ、嫌だーーーッ!!)
良助の、自由にならない肉体に囚われた魂は、必死になって泣き叫んだ。
自分は、確かに特別になりたかった!
父や、母や、兄や、妹のように!
自分も、特別になりたかった!
でも!
こんなこと、望んでいない!
世界の破滅なんで、まっぴらごめんだ!
助けて!
誰か!!
......助けて!!!
「グオ......?」
と、その時だ。
良助の体が、その動きを止めた。
「グオオ......!」
そしてダンジョン核から手を離し......寿命等と引き換えに手に入れたその膨大な魔力を薄く放出し......ダンジョン内の様子を探り始めたのだ。
<<<あら?どうしたのかしら?......あ!>>>
ウィシマリャは、そんな良助の体の想定外の動きの理由を、すぐに突き止めた。
<<<あちゃー、人間の気配、感知しちゃったのね?なんとなく付けた【破壊への渇望】が、悪さをしましたか。『疾速の魔王』として完全な姿に変じた今、あなたは人間を見つけたら殺戮せずにはいられないのね!>>>
「グオオーーーーーーッ!!」
そして、ウィシマリャのその推測は、正しかった。
次の瞬間、【転移魔法】を使って良助の体が移動したのは、このダンジョン小鬼洞窟の第1階層。
霧に包まれたその階層を少し進み、巡り合ったのは......覆面で顔を隠した、謎の女子高生。
影山黒蜜である。
「グオオ......我ハ、『疾速の魔王』......!世界、滅ボス......!!」
良助の体は、その珍妙な覆面女子高生に向かって、名乗りをあげた。
<<<うーん、ま、良いですかね。活動終了時間まで、後30分近くはありますし。『疾速の魔王』、こんな人間は、小突けば簡単に弾けますから。さくっと殺して、さくっとダンジョン核のもとへと戻るのですよ。【転移魔法】も、まだ使えますからね>>>
「マズハ、貴様ヲ......血祭ニ、アゲル......!!理由ハ、楽シソウ、ダカラダ......!!」
<<<あ、あはは!何ですかその知能の低そうなセリフは!【破壊への渇望】って、知能へのデバフ効果があるんですね!うける!あははははは!>>>
それまではクスクスと上品に笑っていたウィシマリャだが、ここに来て良助の体の発言がツボに入ったらしい。
これから、人が殺されようとしているのに。
大爆笑を始めた。
(嫌だ!ボクは人なんか、殺したくないよ!逃げて!お願いだから、逃げてーーーッ!!)
そんなウィシマリャの大爆笑の裏で、良助は悲鳴をあげていた。
早く、逃げて、と。
決して声にはならない悲痛な叫びを、あげ続けた。
しかし、それなのに!
目の前の、覆面女子高生は!
............いや、女子高生がなんで覆面をしているんだ......?
決して逃げようとは、しないのだ!
............ってか、なんで運動靴を握りしめているんだ......?
その覆面の下の瞳に......煌々と炎を燃やしながら、良助の体に闘志を向け続けるのだ!
「グオオーーーーーーッ!!!」
そして、次の瞬間である。
ついに、良助の体が動いた。
眼前の人間の柔らかい肉を引き裂くため、無造作に。
その大きな右手を、振りあげた。
しかし、それと同時に!
覆面女子高生も、動いた!
彼女はその両手に持っていた運動靴を放り投げると、素早く何らかの印を結んだのだ!
<<<あら、スキルで対抗するつもりかしら?でも残念、『疾速の魔王』は各種攻撃に対して完全なる耐性を誇るの!どんな抵抗も、無意味よ!炎も、水も、風も!どんな攻撃だって、効かないわ!>>>
ウィシマリャはそう言って、そんな覆面女子高生の行動を、嘲笑った。
きっとこの人間は、取るに足らない魔法スキルのような何かで攻撃をして、無駄な抵抗をするのだろうと。
そう、思ったからだ。
しかし!
<<<......え?>>>
「......エ?」
(......え?)
次の瞬間、ウィシマリャと、良助の体と、良助の声が、そろった。
何故なら、謎の覆面女子高生が印を結び、生み出したのは。
魔法の炎でも、魔法の水でも、魔法の風でもなく。
......フカフカの、お布団であったからだ。