11 “特別”になる
(か、“叶えの女神”ウィシマリャ......?)
良助はその女神の名を聞いて、困惑した。
何故なら彼は、そんな神の名前なんて聞いたことがない。
この世界にも当然宗教は存在しているし、ロール神以外の神も、また然りである。
しかしいくら首を捻ってみても、ウィシマリャなる神の名前を、良助は聞いた覚えがなかった。
故に困惑し、その正体を訝しみ、怯え、警戒した。
ロール授与の儀の最中に、神の名を騙る。
そんなドッキリ、テレビ局どころか、どんなに質の悪い動画配信者だってやりはしない。
つまり、今、良助の頭に話しかけてきているのは。
本当に、人知の及ばぬ、存在で。
なおかつ......。
<<<はい、そこまで>>>
しかし、困惑から復活し徐々に回転し始めた脳内で良助が積み重ね始めた推測は、ウィシマリャのそんな一言で中断させられた。
<<<この状況で、神の登場に歓喜せず警戒心を強めるとは......『凡人』精神の表れと言われればつまらないですが、私を前にしてその冷静さを保つあなたの精神力、気に入りましたよ>>>
相変わらずクスクス笑いながら、ウィシマリャは良助のことを褒めた。
<<<ですが、無意味です。私は既に、あなたの願いを聞き届けました>>>
そして、柔らかに......しかしどこか冷たく、そう言い放った。
『願いを聞き届ける』。
神を名乗るウィシマリャがそう断言するのだ。
それは、きっと、人にとっては、望外の幸運を授けられたに等しい事態だろう。
そのはず、なのに。
良助はその瞬間に、何故だか猛烈に嫌な予感を覚え......総毛立った。
そしてその予感は、正しかったのだ。
<<<渡沼良助。あなたは、『凡人』でありたくないのでしょう?私、“叶えの女神”ウィシマリャが......あなたを世界で一番の“特別”に、作り替えて差し上げましょう!>>>
ウィシマリャが、次にそう発言した、その瞬間!
(ぐッ!?)
良助は、その全身に違和感を覚えた!
そしてその違和感の正体を、良助はすぐに掴んだ。
右手も、左手も、右足も、左足も......指一本すら、動かせない!
彼は、一切の行動の自由を、突然奪われてしまったのだ!
<<<あらあら、あらあら!これ程までの力を秘めた魂を、『凡人』とは......かの神の考えることは、やはり良くわかりませんね。ですが、予想以上にリソースが多いのは、好都合です>>>
身動きできず思考のみに自由を許された良助の脳内に、ウィシマリャの笑い声が響く。
新しい玩具を手にしたような、実に愉快そうな笑い声だ。
<<<それでは、これよりあなたのロールを“改造”いたします......まずは、自由に使えるリソースを増やしますよ>>>
クスクス、クスクスと笑いながら、ウィシマリャは良助には意味がわからない言葉をつぶやき、そして......。
<<<初めに、あなたの“寿命”を削ります>>>
ウィシマリャがそう発言した、次の瞬間!
(がッ!?)
良助は......己の中から、大切な何かが大量に抜き取られたのを感じた!
<<<......はい、これであなたの寿命は、残り1日です>>>
(!?)
そして続くウィシマリャの説明に驚愕する!
しかし良助は、驚きに目を見開くことも、冷や汗を流すことすらも許されない。
彼には、体の自由がない!
<<<驚いたかもしれませんが、許しなさい。他に回されているリソースを元手に新たなロールを構築することで、強力な力を得る......これは私が発見した、裏技のような手法です。大丈夫、あなたは間違いなく“特別”になれますよ......太く、短く!花火のように、華々しく生き切りましょうね!>>>
驚愕のあまり良助が思考を停止している間も、ウィシマリャはペラペラと勝手なことをしゃべり続ける。
そしてさらに、良助から大切な物を奪い続ける。
<<<寿命が1日しかないわけですから、食事は不要ですね?味覚を削除します。消化器官の活動も不要でしょう。さらに、生殖活動も不要でしょうから、このあたりの能力も諸々削除します>>>
(ぎ、が、ぐ!?う、あ、あああッ!?)
......その間良助は、痛みも何も、感じていない。
しかし、確実に“何かを失った”......そんな喪失感が、身動きの取れない彼に襲いかかる。
良助は心の中で、悲鳴をあげた。
しかしその声は、誰にも届かない......!
<<<リソースの確保は、こんなものでしょうか?それではこれより、あなたの改造は次なるフェイズに移行します。まずは増加させたリソースを使用して、肝心要のスキル【ダンジョン核操作】を取得します>>>
(あああ!?)
さて、良助の苦難は終わらない。
次にウィシマリャがそう告げた瞬間......良助は明確に、全身に激しい痛みと熱のようなものを感じた!
(ああああああッ!?)
体中が痛くて暑くて......燃え尽きて死んでしまいそうだ!
<<<あら、ごめんなさい、人間の脆弱さを忘れていたわ。スキルの強大さに、肉体が耐えられないのね、かわいそうに......とりあえず、あなたのステータスを強化します。マスクデータをいじって魔力の振り分けを調整して......全数値をちょうど10,000くらいにしておけば良いかしら?>>>
(あああ......)
さらにウィシマリャが何かをすると、良助の苦しみは和らいだ。
しかし......ただの男子高校生である彼に、先程の責め苦は過酷過ぎた。
良助の精神は傷つき思考はぼんやりと薄らぎ、彼はもはや心の中でも、あえぐことしかできない。
<<<次に、【転移魔法】を取得します。回数制限をつけることで、コストを下げて......あら、まだリソースが余るわ。各種耐性も盛りましょう。【火属性完全無効】、【水属性完全無効】、【風属性完全無効】、【地属性完全無効】、【光属性完全無効】、【闇属性完全無効】取得......完了!【毒攻撃無効】、【麻痺攻撃無効】、【睡眠攻撃無効】もとって......よしこれであなたはもはや、無敵です!妙な事故で敗北する心配は、万に一つもなくなりました!後は、攻撃スキルね......【地獄の黒炎】なんかが良いかしら!って、あら、ここでリソース不足!?>>>
(あう......)
<<<仕方がありませんね。ではさらに、活動時間に制限をつけましょう。リスクをつければ、リソースが増えますからね。あなたが私の授けた力を存分に振るえるのは、残り......6時間です!大丈夫、大丈夫ですよ、それだけの時間があれば、あなたは“特別”になれます!そう......>>>
ここで。
それまで上機嫌に喋り続けていたウィシマリャは、一度息を吸った。
そして、十分にもったいつけてから......良助に、告げたのだ。
<<<特別な......つまり、史上最速で、この世界を崩壊させる......“世界の破壊者”に、なれるんですよ!>>>
良助の改造の......終着点を!
ウィシマリャの......望む結末を!
(せ、世界、破壊......!?い、いや、だ......!)
<<<『いやだ』?何故?これは、あなたが望んだことなのですよ?あ、そうだ、【地獄の黒炎】を取得後に、少し余ったリソースを使って......破壊者らしく、パッシブスキル【破壊への渇望】もセットしましょう>>>
「グオオ......世界、滅ボス......!!」
ウィシマリャの“改造”を受け、途端に良助の口から、邪悪な言葉が零れる!
周囲を滅茶苦茶にしたい衝動に駆られる!
(だ、誰か......!)
<<<あ、ですが本格的な活動は、学校が終わってからにしましょうね。いきなり動きだしては、さすがにかの神に感づかれますから>>>
「グオオ......人間、殺ス......!!」
......勝手に植えつけられた真っ黒な破壊衝動は、良助が元来持っていた自我を凄まじい勢いで押し流そうとする。
しかし。
(誰か......助けて......!!)
良助は、耐えていた。
彼がこれまで築きあげてきた凡人的な善性という、何とも頼りない葦の茎へ必死に縋りつき。
殺意の濁流へ抗い、戦い続けていたのだ。
<<<そして、最後の仕上げとして、世界の破壊者たるあなたにふさわしいロールを授けます。あなたは、そうですね......『疾速の魔王』!そう名乗りなさい!>>>
ウィシマリャは......“叶えの女神”を名乗る、この謎の存在は、良助の必死の抵抗など気にも留めなかった。
<<<この世界で紡がれる新たな物語など、私には必要ありません!『疾速の魔王』......期待していますからね!>>>
「グオオーーーーーーッ!!!」
ロール授与の儀の最後の最後に現れた、『にんじゃ(笑)』というハズレロール。
その存在への驚愕と困惑、そして嘲笑でざわつく会場の片隅で。
良助は、咆哮した。