10 願望と絶望
さて......ここで物語のスポットライトを、一旦黒蜜から動かそう。
その理由は簡単......突然の“魔王”出現によって、黒蜜のみならず読者の皆さんもポカンとしているのではないか、と危惧したからだ。
しかしこの魔王、いきなりこの物語に現れた乱入者では、ない。
実は、未だ10話目に過ぎない本作であるが、彼は既に登場している。
「グオオ......世界、滅ボス......!!」
皆さんはこのセリフに、見覚えがないだろうか?
そう......第2話『ロール授与の儀』にて、授けられたロールに興奮する生徒たちに交じって描写されたセリフである!
このセリフの発言者こそが、ロール『疾速の魔王』を“押しつけられた”男子生徒、渡沼良助だったのだ!
この、渡沼良助の元の見た目について描写するならば、身長は高すぎず低すぎずで、優し気な目元をしているがどちらかと言えば地味で目立たない......そんな顔立ちをしていた。
決して身長が2メートルを超える偉丈夫ではなかったし、もちろん威圧的な鎧だって着こんでなんかいなかった。
とにかく、一言で言えば、彼はどこからどう見ても普通の高校一年生だったはずなのだ。
では、そんな彼が一体どうして、魔王になってしまったのか?
現在の彼がその全身と言動から発する邪悪な気配は、一体何なのか?
その事情説明に、しばしお付き合い願いたい。
◇ ◇ ◇
良助は、上述した見た目の如く、幼い頃からごく普通の少年であった。
テストを受ければどんな教科も平均点以上の点数をとれるが......目立つ程の高得点はとれない。
運動をすれば、決して運動音痴とは呼ばれないものの......やはりその能力は、周囲に埋没してしまう。
そんな、実に普通な少年であった。
しかし、彼の実家は......少し普通ではなかった。
渡沼家は代々、優秀な探索者を輩出することで有名な、名家なのだ。
その歴史は鎌倉時代にまで遡り、現当主である良助の父も、かつては超強力な剣士『大剣豪』として国内最有力パーティにてその剣を振るい、名の知られた数々の魔物たちを斬り捨ててきた。
良助の母は父のパーティメンバーの『大魔法使い』であった女性であり、彼女の操る強力な魔法の数々は、引退後の今でも探索者達の語り草となっている。
良助の兄は現在18歳であり、そのロールは『剣聖』。
渡沼家の道場ではロールを得る前から門下生の『剣士』たちを自力で打ち倒しており、父以上の大天才として国内外から注目を浴びている。
良助の妹も、小学2年生ながらその剣技の冴えは素晴らしく、既に良助よりも強い。
そんな、エリート一家に生まれながら。
良助は、どこまでも......普通だった。
世間一般的に言えば、良助の能力は悪くない。
性格も少し気弱だが穏やかだし、努力もできる真面目さもある。
しかし、良助は。
良助にとって良助は、“渡沼家の面汚し”であった。
◇ ◇ ◇
「はあ......」
私立どんぶり高校の入学式......つまりロール授与の儀の前日の晩。
良助は自室のベッドの上で寝転びながら、ため息をついた。
その目は真っ赤に充血し、目の下には隈もできている。
彼はここ数日、眠ることができていなかった。
プレッシャーが故に、だ。
(ついに、ボクにも、ロールが授けられる......)
エリート一家の落ちこぼれを自認している良助にとって、ロール授与の儀は最後の希望である。
ここで、素晴らしいロールを引けば、一発逆転。
でも、もし、ボクが......ハズレロールなんて、引いたら......。
無口な父や兄の、冷たく感情の読めない眼差しが脳裏を横切り、良助は身震いした。
(......せめて『戦士』とか、『剣士』であれば、良い。普通だけど......それならそれで、今まで通りでいられる)
良助は掛け布団を頭からかぶって横向きに転がり、小さくなって震えた。
「神様......お願いします......お願いします......」
良助は震えながら手を組み、ブツブツと神へ祈りを捧げた。
彼の枕はいつの間にか、訳の分からない涙でびっしょりと濡れていた。
......そうやって、結局また寝ずに迎えてしまった、ロール授与の儀。
良助は、ここで。
<<<お主がこれより演ずべきロールは......『凡人』だ!>>>
......絶望を、授けられた。
◇ ◇ ◇
どのようにステージを降りて、どのように自らの席に戻ったのか、良助には記憶がない。
呆然自失の、状態であった。
とにかく気づけば彼は新入生の座るパイプ椅子の列に戻って来ており、そこに座りながらぼんやりと、周りではしゃぐ同級生達を眺めていた。
わいわいと楽しそうなその声が、どこか遠く聞こえる。
そんな風になってしまうのも、しかたがないことかもしれない。
だって、あれだけ、神に祈ったのに。
結局授けられたのは......聞いたこともない、しかし明らかなハズレロール。
......どこまでも、良助という少年の本質を一言で表した......だからこそ、彼が決して認めたくない......『凡人』というロール。
良助は、悲しいだとか、悔しいだとか......その時、そんな感情は一切抱かなかった。
より正確に言うのならば......自らの感情もわからない程、とにかく、絶望していた。
胸にぽっかりと穴が開いたような......言いようのない虚しさ。
それが、その時の彼を満たしていた、全てであった。
「ボクみたいな落ちこぼれなんかの願い......神様が聞いてくれるわけ、ないよね......」
乾いた笑いと共に、ポツリと。
そんな独り言が、良助の口から零れ落ちた。
すると......その時だった!
<<<......いいえ、あなたの願い......確かに私が、聞き届けましょう>>>
良助の脳内に......突如としてそんな声が、響いたのだ!
それはロール神官の【念話】とは異なり、どこか澄んでいて超然とした響きの......美しい、女性の声だった。
良助は驚き、あたりをキョロキョロと見回すが、その声の主らしき人物は見当たらない。
そんな良助の様子がおかしかったのか、声の主はクスクスと笑いながら......自らの名を、彼に告げた。
<<<この私......“叶えの女神”ウィシマリャが、ね>>>
......と!