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8 ハンナの魔法

 ハンナは彼を振り返る。答えを聞くより先に、彼が言葉を続けた。


「もしかして、俺に気を使っている?」


 魔法の使えない彼に遠慮してハンナも使わないようにしているのか? そう聞きたいのだろう。


「私は、簡単な生活魔法が使えますよ」


 ハンナは正直に答えた。


 エリオットの目がみるみるうちに険しくなり、唇がかすかにわなないた。


 彼はくるりとハンナに背を向ける。初めて会った日より、ずいぶんと姿勢のよくなったその背中が静かな怒りの炎に包まれていた。


「エリオット殿下。なにか、怒っていますでしょうか」

「俺はっ。君の魔法に嫉妬したりしない。魔法を使えない自分を不甲斐なく思ってはいるが、だからといって他人を妬むほど弱い人間ではない」


 怒りと悲しみが昂ったのだろう、エリオットは声を詰まらせた。


「君に……そんな人間だと思われていたのが、悲しい」


 エリオットは素直でまっすぐで、たった五歳の年の差だけれど、ハンナにはそのきらめく若さがまぶしかった。


「エリオット殿下。どうかこちらを向いてくださいませ」


 ゆっくりと振り返る彼の瞳は、かすかに潤んでいる。


「誓って、そんなふうには思っていません。今からその証拠をお見せしますね」


 エリオットの視線をひしひしと感じながら、ハンナは人さし指を動かして魔法を使う。


 ふわ~んと一冊の本が浮き、ゆっくりとハンナのところにやってくる。


 エリオットは眉間のシワを深めた。


「立派に使えているじゃないか。これがなんの証拠になるんだ?」

「では、次はこれを見ていてください」


 ハンナは先ほどの本があった場所まで歩いていき、別の本を取ってもとの場所に戻ってきた。


 それからエリオットを見てにっこりと笑う。


「ご覧のとおり、私の魔法レベルですと自身の手足を使ったほうが断然に早いんですよ。一度に大量の本を浮かすことも、ハイスピードで運ぶこともできませんから」

「あ……」


 エリオットはようやくハンナの言いたいことを理解してくれたようだ。


「私の魔力が低レベルと言われればそれまでですが、私はそうは考えません。私たちの身体は魔力に頼らずとも結構有能だと思うんです。ふたりで一日がんばったら、きっとこの書庫をピカピカにすることができますよ!」


 くしゃりと、エリオットは弱ったような笑みを浮かべる。


「――ハンナらしいな。おかしな誤解をして悪かった」

「エリオット殿下は私より力持ちですから、とても頼もしいです」


 エリオットの身長はハンナとそう変わらないし、痩せていて二の腕などハンナより細いくらい。

 けれど、先ほど彼の手が意外にも大きいことを知った。彼はこれから、どんどん逞しくなっていくのだろう。


「――うん。重い本は俺が持つから……その……頼ってほしい」


 ものすごく照れくさそうに、彼は言った。


「はい、ありがとうございます」


 ふたりで黙々と作業を続ける。


「あとはあの背の高い本棚を整理するだけですね」

「俺もハンナもきっと一番上には手が届かないな。なにか台になるものを持ってくるよ」


 エリオットは書庫を出ていく。


 待っている間にハンナは棚の下段の整理を終えてしまおうとその本棚に近づいた。


 かがみ込み、バラバラになっている本を並べ直していく。


「それにしても、この本棚自体がだいぶ……木が腐りかけていて危ないかもしれないわ」


 よほど古いものなのだろう。湿気を吸って、もろくなっている。ハンナは顔をあげて上を見た。


 最上段には本ではなく、大きな花瓶のようなものがのっている。


(どうして重いものを上に置いたりしたのかしら? 殿下が戻ってきたら、あれは下の段に移動させましょう)


 次の瞬間、本棚がミシミシと不穏な音を立てた。


「え?」


 ベキッという音がしてどこかの板が割れた。そして、あの大きな花瓶がハンナの頭上を目がけて落ちてくる。


 ハンナのゆったりとした生活魔法では到底間に合わない。


 とっさに両手で頭を抱えて被害を最小限にしようと務めた。ところが、想定していた衝撃は落ちてこない。


「あら?」


 視線をあげれば、重い花瓶がぷかぷかと宙に浮いている。それからシュンとその姿が消えた。


「え、え?」


 ハンナは花瓶を捜してキョロキョロする。それは、まるで最初からそこにあったような顔で書庫の入口横に佇んでいた。


(物を瞬間移動させた? 結構な上級魔法……いったい誰が?)

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