30 会いたくて
エリオットは約束を守ろうと思った。ハンナが守れなくても、自分は守るのだ。
これから先の人生でどんな出会いがあろうとも、たとえハンナに二度と会えなくても、エリオットは彼女だけを愛し続ける。いや、守るという意識など必要ない。
それは必然で、確定事項なのだから。
最後に、一番大切な約束。ハンナ自身が願ってくれたもの。
「ナパエイラは寒い国で、あまり花が咲かないらしいのです。オスワルトのように、向こうでも美しい花々を愛でることができたら嬉しいなぁと思うのですが」
彼女に花を届ける。
この約束があったから、エリオットは生き続けることができた。
これまで、本心からは手懐けたいと思っていなかったハーディーラを、完全に使役できるようにもなった。
あれこれと策略を巡らせて、次期国王の座も手に入れた。
「できた。完璧だ」
氷魔法をかけた凍りつく寒さの部屋のなかで、虹色の花が見事に咲き誇っている。
ハンナがナパエイラに旅立って二年。ようやく約束の花を届ける準備ができた。
だが……エリオットは逡巡するように視線をさまよわせる。
どこらかともなく現れたハーディーラが、さげすみの笑みを浮かべた。
「いくじなし」
「……今のハンナの姿を見るのが怖いんだ。幸せに暮らしているのなら邪魔すべきでないとわかっているけど、実際に見たら俺はハンナの夫をこの手にかけてしまう気がする」
エリオットは自分の両手を顔の前にかかげる。
今の自分なら、堂々とハンナを娶ることもできるのだ。彼女の夫さえいなければ……そう考える自分の姿が容易に想像できてしまう。
かすかに震える両手が血に染まっていく幻覚を見た。
「幸せとはかぎらないだろ。貴族の結婚など、九割は不幸だと聞いたぞ」
「それなら、なおのこと殺してしまう!」
エリオットの女神を自分のものにしておきながら、幸せにしていないなど……許されるはずがない。万死に値する行為だ。
「いや、この場合は殺してもいいな。なんの問題もない。あぁ、けどハンナは人殺しとなった俺を許してはくれない気がするし……黙っておけばいいのかな?」
ハーディーラは「めんどくせぇなぁ」と舌打ちする。
「んじゃ、俺さまがひとりでサクッと行って、渡してきてやるよ。で、幸せか不幸かも聞いてきてやる。あ、あと人殺しを許せるかどうか、だっけ?」
空間移動をしそうになる彼を、エリオットは慌てて止める。
「それもダメだ」
「なんでだよ?」
「二十二歳になったハンナを、俺より先にクロが目にするなんて……絶対に許せない。間違いなく、ハンナはますます綺麗になっているだろうし」
「アホか。ちんちくりんが二年で美女になるはずないだろうが!」
そんな応酬を繰り広げたあとで、結局エリオットは彼とともにナパエイラへ飛んだ。
ナパエイラに着いてすぐ、エリオットはハンナに関するいくつかの情報をつかんだ。
まずひとつめは、闇の精霊ハーディーラの存在がナパエイラに広まっていたこと。
(ハンナは俺との約束を覚えていてくれたんだな……)
遠く離れてしまっても、彼女のなかに自分が存在していた。その事実だけで目頭が熱くなる。
そんなエリオットを横目に、ハーディーラは呆れたように天を仰ぐ。
「なんでそこまで……あの女に執着する? 権力を得た今のお前なら、いくらでも美女が寄ってくるのに。正直、女ひとりのことでお前の魔力がここまで増幅するとは予想外だった。この俺が完全に使役されるなど」
「聞かなくてもわかるだろう? クロはずっと、俺たちを見ていたんだから」
「……全然。さっぱりわからんな」
クロは嘘が下手だな、とエリオットは思った。
つかんだ情報のうち、残りのふたつは最低最悪だった。
「白い結婚? 愛人がいるってどういうことだ?」
「そのまんまの意味だろう。ちんちくりんの夫には、とんでもなく色っぽい身体をした愛人がいるらしい。ま、女の趣味はお前よりマシなんじゃ――」
エリオットに胸ぐらをつかまれ、ハーディーラは最後まで喋らせてもらえなかった。
「こっちの情報でそんな顔をされると……最後のひとつを言い出しにくくなるんだが」




