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1 白い結婚

 ハンナ・サラヴァンは歴史ある大国オスワルトの中級貴族サラヴァン子爵家の次女として、この世に生を受けた。


 ブルネットの緩い巻き毛はあまり好きではないけれど、赤みの強い瞳はルビーのようだと褒められるのでお気に入り。絶世の美女ではないものの、大国の貴族らしいたおやかな気品はある。歴史に名を残す才女ってほどではないけれど、語学と音楽は得意。


 まぁ、ようするに可もなく不可もない、平凡な貴族女性のひとりだった。


 とある日、父であるサラヴァン子爵が言った。


「お前の結婚が決まったよ」


 顔も知らない相手との政略結婚。だが、それは貴族女性としては当たり前のこと。


 ちょっと変わった点といえば、嫁ぎ先がえらく遠方の異国だった点だ。


 この国の貴族女性のほとんどが、自国内の身分が釣り合う貴族と結婚する。他国との縁談もないわけではないけれど、王族女性と比べれば稀なこと。あった場合も、嫁ぎ先はオスワルトの属国であるディーン公国辺りになるケースが多い。


 そんななかで、ハンナの嫁ぎ先ははるか北に位置する新興国家のナパエイラだというのだ。


「ナパエイラ……聞いたことはありますけど、どうしてまたそんなに遠くへ?」


 両親の決めた縁談に異を唱えるなど、貴族令嬢としてはあるまじき行為だけれどつい口をついて出てしまった。ハンナの父は穏やかな性格なので、激高したりせず丁寧に事情を打ち明けてくれる。


「お前も言わずとも察していたと思うが……自国内にハンナの嫁ぎ先を見つけるのに少し苦労していてな」

「はい、やや行き遅れ気味の自覚はありますわ」


 貴族ならば十八歳前後で婚約者が決まっているのが普通で、二十歳での縁談は遅いくらいなのだ。


 自身の名誉のために言い訳させてもらうと、決してハンナに大きな欠点があるわけではない。かぎりなく下級に近い中級貴族の結婚は難しいのだ。できれば上方婚をしたいところだが、あまり需要はない。かといって、準貴族であるナイトやジェントリとの結婚は少しばかりプライドが傷つく。そんなわけで、ハンナの婿探しは難航していた。


「私が頭を悩ませていたのを気遣ってか、フューリー殿下が縁談を持ちかけてくださったんだよ」

「まぁ。第一王子殿下が?」


 フューリーは、オスワルトの第一王子。この国の王族は長子相続ではなく、最も優秀な王子を国王が指名する決まりではあるが……四人の王子のなかでもっとも玉座に近いと目されているのが彼だった。


 王子殿下が子爵家の結婚ごときに口を出すのは珍しいが、フューリーはたいそうな人格者として知られている。困っている父を放っておけなかったのか、あるいは……ハンナにはわからない深い事情があるのかもしれない。


 ハンナの嫁ぎ先は、ナパエイラ国でもとくに裕福だというシュミット伯爵家。


「ハンナは語学力が高いので、ナパエイラの言葉にもすぐになじめるだろう。両国の架け橋になってくれることを期待すると、フューリー殿下がおっしゃってね」


 新興とはいえナパエイラは勢いのある国、しかも相手は格上の伯爵位。おまけに大金持ちで、年齢もハンナとはバランスのいい二十九歳とのことだった。


「なるほど。こちらからすれば、破格に条件のいい縁談なのですね」


 言葉も文化もまったく異なる遠い国、嫁いでしまったら二度と祖国の地を踏むことはない……という点をハンナがのみ込みさえすれば済む話。


 ふいに脳裏に浮かんだ、とある人物の面影をハンナは必死に振り払う。


 そもそも、王子殿下からのすすめを子爵家ごときが断れるはずもないのだ。


(すべてが完璧な結婚なんてありえないこと。みんな、多かれ少なかれ、なにかをのみ込むのでしょう)



 ハンナは子どもの頃から大人びていて聡い娘だった。故国を離れる寂しさなど、みじんも見せずににっこりとほほ笑んだ。


「素晴らしいお話ですわ。ありがたく、ナパエイラ国に嫁がせていただきます」


 ところが、この結婚はハンナにとって非常にむなしいものだった。


 夫であるジョアン・シュミット伯爵にはリリアナという名の愛人がいて、二年も夫婦だったのに彼はハンナに指一本触れようとしなかった。つまり、貴族女性としては最大の不名誉である『白い結婚』を強いられたのだ。


 そうして最後は、愛人に呪い殺される。


(あぁ、来世こそは人並みの、幸せな結婚がしたいわ)


 死の呪詛を聞きながら、ハンナはたしかにそう願った。


 だが、永遠の眠りが思っていたよりずっと短いのは……想定外だった。


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