9 六大精霊
エリオットの秘密が明らかに~
ハンナではない。自分にそんな能力などないことは知っている。
ハンナの視線が花瓶の横に立っているエリオットをとらえた。
「エリオット殿下……」
彼の肩に小さなコウモリが乗っている。闇をつかさどると言われている生きものだ。
ヒュゥゥと、どこからともなく冷たい風が流れ込んでくる。
エリオットの肩の上のコウモリはシュルシュルと煙状になったかと思うと、今度は人間の男性の形をとった。
黒い長髪、褐色の肌、金色に輝く瞳、口元には人間とは違う牙のようなもの。背には大きなコウモリの翼が生えている。
「ハンナ! 大丈夫か?」
エリオットの顔は心配で青ざめている。
「は、はい。私は大丈夫です。殿下、そこにいるお方は?」
ハンナは目の前の光景を信じられないような思いで見つめていた。
自分の想像が正しければ、そこにいる黒ずくめの男性は六大精霊のひとり、ハーディーラのはず……。
(魔法書で見たとおりの、姿形だわ)
「あぁ、これはクロといって」
「ク、クロ?」
エリオットは偉大なる六大精霊のひとりを、犬猫につけるような名で呼ぶ。
(これはいったい、どういうことなのでしょうか?)
この世界には魔力を持ち、魔法を使える人間が多数存在する。
魔法は戦闘でも経済活動でも有利に働くので、強い魔力の持ち主ほど大きな権力を手にできる。オスワルト王国も例外ではなく、王侯貴族は優秀な魔法使いである場合がほとんどだ。
だが、その魔法使いのなかには明確な序列が存在している。
ハンナの使う生活魔法などはピラミッドの下のほう。反対に頂点に君臨しているのが……精霊使いと呼ばれる人々だ。
高い魔力を持つ精霊を使役できるのは特別な人間のみ。彼らは自身の精霊の力でありとあらゆる魔法を使いこなす。精霊使いは非常に希少で、歴史あるオスワルト王国にも確認できているだけで十数名ほどと言われている。
(その、神にも等しい精霊使いのなかでも、さらに特別とされるのが六大精霊を使役する人々で……現在のオスワルト王国には存在すらしていなかったはず)
地・水・風・火、そして光と闇。すべての魔法の源となる元素をつかさどる六大精霊。
彼らは人間に使役されることをものすごく厭う。だから、六大精霊の使役主は広大な大陸中を探しても、ひとりかふたり。生きている間にその力を見せてもらえたら僥倖というレベルの、伝説的な存在だった。
(伝説級の六大精霊のひとりが……今、私の目の前に……?)
エリオットは魔力がなかったはずでは?
けれど、彼を守るように背後に立っているのは魔法書に描かれた闇の精霊ハーディーラ、そのものだ。
(誰かがハーディーラの仮装をしている、とかでしょうか? いや、でもコウモリの姿から一瞬で変身していましたよね?)
唐突に与えられた情報が処理しきれずハンナの脳みそはパンクしてしまいそうだった。
だが、エリオットはハンナの混乱には気づいていない。なんでもない様子でハーディーラ……と思しき存在と会話をしている。
「クロがハンナを助けてくれたんだよな? 礼を言う」
「いや、お前が勝手に俺を使役したんじゃないか」
ハーディーラは鋭い金の瞳でハンナを一瞥し、ケケッと闇の精霊らしい小悪魔めいた笑みを浮かべた。
「もうちょっと、こう……豊満な肉体の美女なら助けただろうが。この程度の、ちんちくりんな人間の女を助ける義理は俺さまにはないな」
その言葉にエリオットはいぶかしげに首をかしげた。
「知らなかった。クロはすごく目が悪いんだな。ハンナより美しい女性など、大陸中を探したって見つからないのに……かわいそうだから、俺がハンナのかわいさを言葉で説明してあげよう。まず――」
「目と趣味が微妙なのはお前のほうだ! どこからどう、誰が見たって、ちんちくりんだろうが」
心底、同情めいた眼差しを注ぐエリオットにハーディーラが怒鳴り返す。が、エリオットも負けてはいない。
「六大精霊だと偉そうにしているくせに、自分の視力の悪さにも気づかないのか」
「ぐわぁ~。この俺さまがこんなに芸術センスのない人間に使役されているなど……許しがたい」
仲がいいのか、悪いのか、よくわからないふたりだ。が、今のハンナの思考はそれどころではなかった。
(やっぱり六大精霊……エリオット殿下を使役主だと言ったわよね?)
「あの~」
ハンナはおそるおそる片手をあげた。
「なんだ、女」
エリオットより先にハーディーラがこちらを向く。
「あなたは六大精霊のひとり、闇をつかさどるハーディーラさま、で間違いないのですよね?」
彼は自信満々に腕を組み、鼻先を上に向けた。
「おう。お目にかかれて光栄に思えよ」
「はい、光栄でございます。ちなみに、エリオット殿下とのご関係は?」
ハーディーラはエリオットを見て、フンと心外そうに吐き捨てる。
「使役主……とは認めたくないな。俺はこんなチビに使われるのはまっぴらだ」
「別に俺も、クロを使役したいと望んではいない。勝手にどこへでも行っていいのに」
ハーディーラの額に青筋が浮かぶ。
「そうしたくても、お前がいつも呼び戻すんだろうが!」
「そっちが勝手に帰ってくるんだろう」
精霊使いは使役する精霊を自由に選べるわけではない、と聞いたことがある。
見えない糸のようなもので繋がっていて、互いに呼び合うらしいのだ。専門的には魔力の共鳴と言われている。
繋がっている精霊はひとりだったり、複数だったり、糸が切れて途中で関係が終わることもあるそうだ。
ふたりの話を聞くかぎり、互いに望んではいないが呼び合っているという状態なのだろう。
(つまり、エリオット殿下は六大精霊使いってことになるわよね)
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