景品は飴
「むっ……むむむっ!」
二枚のトランプを持ち、雪花の前に差し出す炉々子。手が二枚のカードを行き来する度に、炉々子の顔は嬉しそうになったり落胆したり忙しい。ハーレム部員たちは現在、ババ抜きに興じている最中だった。ババ抜きに関しては部内最弱を誇る炉々子は毎度のように最後まで残る。雪花はわざと悩むようなそぶりを見せて、炉々子をからかっている。炉々子はそれに気付かず、真剣に勝利を願っている様子だった。そして、雪花がジョーカーを取ろうとしたため、炉々子の表情は喜びに輝く。だが、手はサッと方向転換して隣のカードを引いた。
「こっちだね」
無慈悲に雪花が笑顔を浮かべて、揃ったカードを山札に捨てる。炉々子は呆然と口を開けて、ショックを受けていた。そして、みるみる瞳に涙をためるとテーブルに突っ伏す。
「うわーん!また負けちゃったー!どうして勝てないの!?」
そう嘆く炉々子に港は苦笑すると呟く。「顔にすべて出ていますから……」雪花はトランプを回収するとぱらぱらとくる。「んじゃ、次、なにするー?」
炉々子はテーブルから顔を上げると手を上げて激しく主張した。
「はいはい!わたし、大富豪がいいと思う!」
「あ、いいですね」
「んじゃ、次は大富豪に決定……」
「待った」
「ん?なに?しそっちゃん」
シソジロウは飴玉を口に入れたまま、言った。
「それだけじゃ芸がないな。勝ったヤツには景品を与えることにしよう」
「けーひんって、なに?」
シソジロウはにやりと笑うと舌を出す。
「飴玉だ」
「しょぼい!」
新鮮な春風が窓から入り込む中、美少女たちは呆れたように笑う。天は小馬鹿にしたようにシソジロウを見やる。
「……どうせ提案するなら、もっと人心を掴むものをかかげて欲しいわね。支持率0%の部長さん」
シソジロウはやれやれと首を振ると、物わかりの悪い生徒に指導するように言った。
「フッ、お前らは欲しくないのか?俺が今舐めている飴が」
その言葉を聞いた途端、部屋はシンと静かになる。風ではためくカーテンの音すら聞こえてきそうだ。
「シソジロウくんの舐めている飴……」
ゆらぎは目を細めると唇を指で撫でた。ゆらぎがすると非常に扇情的に映る動きだ。港は顔を赤くし、目を丸くすると口をぱくぱくとしてなんとか言葉を紡ぎ出す。
「ほっ、本当に貰って良いんですか?」
シソジロウはニッと笑うと言った。
「ああ、口移しでやる。男に二言はない」
その言葉が、戦いのゴングとなった。美少女たちは真剣に、知恵や運など己の持つすべてを使い、勝負に挑んだ。まずしょっぱなから炉々子が考え無しに革命を起こし、その結果、ある者は嘆きある者は喜んだ。そして、戦いも中盤に差しかかった頃だった。
「ゆらっちゃん、気合い入ってるね~」
「ええ、負けられない戦いですから」
カードを手に持ち、笑顔でけん制しあう美少女たち。そんな中、天が動いた。10を四枚出すと目を細めて言い放つ。
「革命」
「えっ!嘘!」
「そんな切り札を持っていたなんて……やられました」
これに美少女たちは驚き、出す手がないことを悔やんだ。周囲の反応に、天はどや顔をしていたのだが……。「あ、革命返しです」天は白けた表情になるとそちらを向く。そこにいたのは港だった。11を四枚出すと、ふぅと胸に手をやり息をつく。そんなこんな、天の革命は失敗に終わり、最終的に勝ったのは港だった。
港は心臓の高鳴りをおさえるように上目遣いにシソジロウを見上げると、向かい合う。そんな港にシソジロウはニヤリと笑った。
「薄荷味だが、お前、舐められるか?」
「は、はい!薄荷大好きです!」
本当は港はミント味の歯磨き粉もつけられないほどの舌の持ち主なのだが、そう叫んでいた。シソジロウはフッと笑うと港に顔を近づけていく。うっとりしたように目を閉じる港。美少女たちは悲鳴を上げると、シソジロウにしがみついた。
「駄目です。シソジロウくん。キスはいけません」
「そうよ。学校でなにをしようとしているのかしら。この猿は」
「シソジロウ、するんなら全員にしなきゃふこーへーだよ!」
「しそっちゃん、腹くくんなよ?ふふっ」
必死の表情のゆらぎに、不機嫌そうな天。涙目で抱きつく炉々子。愉快そうに笑う雪花。四人がシソジロウの港一人へのキスを咎め、全員にキスをするようせがむ。シソジロウはふっと笑うと呟いた。
「ふー、やれやれだぜ」