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俺と物木勇と美少女

 太陽が沈んでしまった頃合い。

 勇がゆらぎに告白してから二週間が経っただろうか。勇は告白の返事があるなら今日だろうなと予感していた。

 喫茶店『月』今日もかなりの客が入っていて、ゆらぎは勇と話す暇もない様子だった。だが、この日のゆらぎはメニューを渡す時に勇に向かって真面目な顔でこう言ったのだった。「会って欲しい人がいます」と。

 会って欲しい人間とはなんなのか。勇はそれを考えながら、その会って欲しい人間とやらを待っていたのだが、それらしき人間は一向に現れなかった。勇が二杯目のコーヒーを頼んだ時だった。


 からんからんと客の来店を知らせるベルが鳴る。


 そこに立っていたのは、紫蘇高校の制服を着た男子生徒だった。勇はその男を見た瞬間、直感を感じた。なにか、嫌な雰囲気を持っている。おそらくろくな人間ではないだろう。見た目は普通であるが、客の中でも異質に感じるような何かを確実に抱いている。勇は、その男を睨み付けた。この半端な時間にやってきた上に、ゆらぎと同じ学校の制服を着ているのだ。おそらく、ゆらぎの会わせたい人間というのはこの男に間違いないだろう。


 男は、ゆらぎに声をかける。ゆらぎはほんの少しうつむくと勇のいる席へと男を案内したのだった。


 やっぱりか。勇は男を睨み付け続ける。

 席に着いた男は、勇を睨み付け返したのだった。

 両者、険悪な雰囲気の中、時間だけが過ぎ去っていく。

 客たちは、この雰囲気を察して、静かになった。

 勇は男を睨み付けながら言う。


「テメェ、ゆらぎのなんなんだよ?ああ?」


 男は口だけ笑うと言った。


「俺は、ハーレム部の部長だ。ゆらぎの所属する……な」


 言葉の意味が理解できなかった勇。ハーレムってなんだ。勇はゆらぎに問う。


「……ハーレム部って、なんだよ」


 ゆらぎは非常に悲しげに言った。


「……複数人の女性たちで、一人の男性を……シソジロウくんをお慕いする、という活動をする部活のことです」


 それを聞いた瞬間、勇は、がんっと後頭部を殴られたような感覚におちいった。つまり、ゆらぎは文化祭の時に聞いた『美少女を囲っているヤツ』の一員だったというわけか。勇の中の、柔らかな部分が一気に警告を発する。ゆらぎは出て行った母親と同じだったのだと、近づいてはいけないと叫んでいた。勇は疑いの眼差しでゆらぎを見る。ゆらぎは、ひどく寂しげな表情になると、勇に言った。


「……今まで黙っていて申し訳ありません……私……勇くんには嫌われたくなくて……」


 瞳を潤ませながら言うゆらぎに、勇は騙されたという気持ちでいっぱいだった。席を立つと、そのまま店から出て行こうとする。……だが、勇のその行動は止まった。ゆらぎに学ランを掴まれたからだ。


「勇くん、行かないでください……」


 その弱々しい手をふりほどくのは簡単だっただろう。勇は実際、ひどく腹が立った。ゆらぎは母親と同じだったのだと、怒りで支配されていた。

 けれど。ゆらぎは今、勇を引き止めている。つまり、ゆらぎはこのシソジロウよりも勇を選んだということではないか?シソジロウから逃れたいと、そう思っているのではないか?勇はそう思ったのだった。その事実は、ほんの少しだけ勇の心を優しく包み込む。そして、勇の心を強く動かすのだった。

 ゆらぎは、変わりたいのだろうか。勇が不良から足を洗ったように。

 俺にしか、このろくでもなさそうな男から、ゆらぎを救えないのかも知れない。

 たとえ、ゆらぎと付き合うことがなくても、ゆらぎを自由にさえできればかまわないと思ったのだ。

 勇は後ろを振り返る。そこには涙ぐんだゆらぎが立っていた。


「勇くん……」

「……泣くなよ」


 勇は軽く笑うと、席についたのだった。

 シソジロウはじっとゆらぎをながめていた。

 勇はシソジロウに言い放った。


「ゆらぎをそのなんとか部から抜けさせろ」

「断る」


 即答だった。

 勇は凄んだが、シソジロウにはまるで効かないことにやや驚いていた。

 そうして、押し問答のようなやりとりは続けられる。

 ふと、来店のベルが鳴る。勇とシソジロウの側に立っていたゆらぎは、客に向かって行った。

 そして、ゆらぎがいない間に最終的に、話は決闘でつけようということになったのだった。勇もそれに異存はなかった。ほぼ反則級の強さを持つ勇に喧嘩を売るとは、敵ながら運のないヤツだと思っていた。


 そんな時だった。

 客を案内していたゆらぎが、突然、激しく転倒したのだった。


「きゃっ!?」

「ゆらぎ!?……ッ!?」


 悲鳴に心配して、振り返った勇は息を飲む。

 転んだゆらぎは、青いパンツが丸見えになっていたのだ。喫茶店中の視線がゆらぎのパンツに釘付けになる。

 ゆらぎは恥ずかしそうに制服を直し、怪訝な表情で後ろにある席を眺めた後、接客に向かったのだった。勇は、今見たものを反芻しながらコーヒーを飲む。

 シソジロウは目を細めるとパチンと指を鳴らした。


「ゆらぎ、会計だ」


◆◆◆

◆◆◆


 そうして、勇とシソジロウは二人で喫茶店を出たのだが、二人の後を追いかけてゆらぎが店から出てきたのだ。ゆらぎは、早退させてもらったのだと言う。ゆらぎには何も言わずに出てきたが、勇とシソジロウの間に漂う不穏な空気を察したのだろう。

 ゆらぎは勇とシソジロウについていきたいと言ったのだった。

 勇は、喧嘩が嫌いなゆらぎが決闘の場についてきたら面倒なことになると顔をしかめたが、シソジロウは「そうか、来い」と二つ返事で承諾してしまったのだ。

 勇はシソジロウを睨みつけたが、シソジロウはどこ吹く風だった。

 ゆらぎの問題ではあるとはいえ、あまりゆらぎに心労をかけたくないというのが勇の気持ちだった。

 シソジロウは車で来たというので、駐車場に向かって歩いていく。

 三人はそこに止まってあったシソジロウの家の車に乗る。それは、お高い高級車だった。運転席にはビール腹をした中年男が座っていた。

 三人を乗せて、重苦しい空気の中、車は進んでいく。

 景色は流れていき、郊外のとある場所の前にたどりついた。

 シソジロウの指示によって着いたそこは、勇にとっては行き慣れた場所であった。

 廃工場である。


 電気が通っていないはずの廃工場の中は、何故か明かりが灯っていた。

 訝しげになる勇。工場のいたるところに投光機が設置されているのだ。発電機もある。

 そして、工場の中にいたのは……見慣れた顔だった。


「よぉ、物木サン」


 十数名の不良を率いて、笑うのは真亜図だった。

 勇はその不良たちの顔ぶれが……不良から足を洗う直前に襲ってきていた不良たちだと気付いて、ようやく黒幕の正体が分かったのだった。

 勇はシソジロウを睨み付けながら言う。


「てめぇが、裏でずっと動いてやがったのか」


 シソジロウはニヤリと笑うと、不良側へと歩いて行く。

 なるほど、やはりシソジロウはゲスだったらしい。勇は自分の直感の正しさを感じたのだった。

 この決闘のことを、なにも知らなかったゆらぎはきわめて冷静に、真剣な顔をして、勇を庇うように立つと言う。


「勇くん、逃げてください。私が囮になりますから、その隙に……」


 勇はそんなゆらぎを押すと笑った。


「黙ってろよ」

「ですが」


 勇は思った。ゆらぎはやはり変わらずゆらぎなのだと。


「……終わったら、なんか奢れよ」

「ッ……!勇くん!」


 ゆらぎはまだ何か言っていたが、隣にいた中年の運転手に捕まえられたらしかった。

 勇は十数人の武装した不良の前に、たった一人で出る。

 真亜図が振り返ると、シソジロウはうなずいた。


 それが合図だった。


 不良たちが勇目がけていっせいに襲いかかってくる。

 勇はそれを各個撃破していくのだった……『いつもならば』

 今日の勇は身体が異常にダルかったのだ。

 何名かの不良は倒したものの、視界がゆらゆらと揺れて喧嘩どころではなかった。


 そんな勇の目の前に現れたのは真亜図だった。

 勇と真亜図は相対しながら、拳を交える。


「ハハッ、ハエが止まりそうなパンチだな!」

「……ッ!!」


 あり得ないことにチート級の強さを誇る勇が押されていたのだった。勇は荒く息を吐きながら、内心舌打ちをしていた。ちっ、睡眠薬でも盛られたか?覚えといえば、ゆらぎのパンツに喫茶店内が注目していたあの時か。勇はつくづく、シソジロウという人間が卑怯な手を厭わないのだと言うことを理解した。だが、そのことを自覚すれば、なおさら勇の身体に力がこもる。負けるわけにはいかない。変わりたいと願ったゆらぎをあんな卑怯な人間のもとに置いておくわけにはいかないのだ。


「ぐあぁああ!」


 真亜図は気付けば、床にひれ伏していた。

 勇は肩で息をしながら、不良たちを睨み付ける。


「次はどいつだ」


 すっと手が上げられ、シソジロウが前に出てくる。

 勇は肩をごきりと鳴らす。

 シソジロウは静かに言った。


「主力の不良たちがやられた俺らにもう勝ち目はない。俺はゆらぎを諦める……」


 その発言に興ざめした表情をする勇。この執念深い男がその程度で諦めるわけがないと感じていたのだった。数の力で勝てないと見たら、他の手段をとるに違いない。なにか来るな。刃物かもしくはもっとヤバいものか……。そんなことを思いながらシソジロウに注目していたのだが……。

 ぶすっ!何かが勇の太ももに刺さる。驚きそれを見やる勇、そこに刺さっていたのは……吹き矢だった。

 飛んできた方向を見てみれば、この場に似つかわしくない、よぼよぼの作業着姿の老人が吹き矢を構えていたのだった。


「吹き矢……?」


 勇はめまいがしそうだった。というより実際していたかも知れない。

 勇は身体が重たくなるのを感じた。

 気力で立っていようとしたのだが、身体中を支配する脱力感には抗えなかった。

 膝をつくと、バタリと倒れたのだった。

 不良たちのどよめきが聞こえる。勇を倒したことは、それほどまでの驚きだったのだ。


 床に倒れた勇のもとにシソジロウがやってきて、顔を踏みつける。


「わけないだろ」


 勇は、その顔をめちゃくちゃに殴りつけてやりたかったが、いかんせん、吹き矢に含まれた鎮静剤のせいで身体が言うことをきかなかった。だんだんと頭がぼんやりとしてくる勇。と、ふと、聞き覚えのある声が聞こえてきたのだった。


『どうして、その勇くんとやらがいいんだ?ゆらぎ』

『勇くんは可哀想な人なんです。私が守ってあげなくてはいけません……』


 目だけ動かして、音のありかを探る。それはシソジロウの持つ、カセットレコーダーから聞こえてきていたのだった。ゆらぎの声は、勇が喫茶店に通うようになってすぐ店の常連から勇の家の家庭環境を聞いたのだと言っていた。

 はっ、くだらねぇ。勇は心底、自分を馬鹿にしたくなった。勇はこの世でゆらぎだけは、自分のことを受け入れてくれると思っていた。だが、実際はゆらぎこそが、勇を哀れんでいたのだ。悲しげな顔をしたゆらぎが勇に駆け寄ってくる。そして、シソジロウを睨み付けたのだった。


「シソジロウくん、どうして、こんなことをするのですか!」

「お前が俺から離れようとするからだな」


 ゆらぎは瞳を揺らす。そして、叫んだ。


「一人の人間に大勢で挑んでいったり、こんな卑怯な手を使ったり、あなたは卑劣で最低な人間です!私は絶対にあなたの行いを肯定したりしない!……っ!!」


 しかし、その言葉はさえぎられる。シソジロウがゆらぎを抱きしめたのだ。

 そして、優しく微笑むとゆらぎにささやく。


「でも、そんな俺が好きなんだろ?」


 ゆらぎは顔を真っ赤にしていた。

 そして、ゆるゆるとうなずくのだった。

 そんな二人を眺めていた勇は、頭の中で呟いた。


 なんだ。馬鹿みてぇ。結局そのクズが好きだったのかよ。

 ゆっくりと目を閉じる勇。

 深い眠りの中へと落ちていくのだった。


◆◆◆

◆◆◆


「みなっちゃん。その衣装可愛いね」

「えへへ、ありがとうございます。オオカミ男の仮装なんです。雪花先輩は赤ずきんちゃんですか?」

「うん、これだと赤ずきんがあればいいからね~」


 晴れ渡った秋の空。電車内で、楽しげに会話を交わす美少女たち。

 今日はハロウィンということもあり、休日なので皆でゆらぎの家でハロウィンパーティをやることになったのだ。

 衣装はシソジロウのおごりで専門店に行き、買ってきたのだった。なので、全員、電車に揃っているというわけなのである。

 仮装したまま、電車に乗っているので美少女たちは非常に目立っているのだった。

 天は黒猫で、炉々子は天使の仮装をしている。

 そんな中、普段着に仮面を被っただけのシソジロウに質問がいく。


「これは、ハーレムの主の仮装だ」

「なにそれ、つまり普段着?」

「シソジロウ、ノリ悪いよ~!」


 ふと、シソジロウの視線が電車内に一緒に座っているある男女の方に行く。


「メイド喫茶に行く趣味なんてできたんだ」

「うるせーな、いいだろ。別に。クソチビ」


 一人は二つ結びの髪の少女で、もう一人は銀髪に染めた少年だった。

 シソジロウは小さく微笑むと見て見ぬふりをするのだった。


◆◆◆


 手入れの行き届いた一軒家。ここがゆらぎの家であった。

 さっそくインターホンを鳴らすと、小悪魔姿のるるが笑顔で五人を出迎えたのだった。


「ろろ~!」

「あはは、るっこ!わたしたちおそろいだね!」


 炉々子に抱きつくるる。

 五人が玄関に入り、扉を閉めたその時だった。


「おかえりなさい、あなた」


 驚愕するハーレム部員たち。

 居間の扉が開いたかと思うと、裸にエプロンをしたゆらぎがお玉を持って出てきたのだ。


「ゆらっちゃん、その格好……!?」

「ふふ、新婚さんの仮装です」


 ゆらぎはそう穏やかに微笑むと、シソジロウに近づいていく。


「あなた、ご飯にしますか?お風呂にしますか?それとも私?」


 お約束の台詞も、ゆらぎが言うとひどく魅力的に聞こえる。

 そんなゆらぎの様子を見て、ハーレム部員は全員燃え上がったのだった。


「ゆらぎちゃん!私にもエプロン貸して!」

「しそっちゃんはハーレム部の部長なんだから責任とって全員お嫁さんにしなきゃね」

「ボクもお嫁さんにしてくれますか……?」

「ご飯とお風呂が済んだら……分かってるでしょうね」


 ふっと笑うシソジロウ。

 騒がしい五人に囲まれながら、呟くのだった。


「ふー、やれやれだぜ」


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