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物木勇と美少女5


 夕方の喫茶店『月』

 今日は結構な人数の客が入っていて、席が埋まっている。

 勇も、もちろんその中にいたのだった。


 それはそうと、勇は毎週のように喫茶店に通っているが、金はどこから捻出しているのかと言うと、この間までの不良との喧嘩で巻き上げた金だった。だが、それもいつまでもつかは分からないので、最近の勇は新しくバイトを始めたのだった。場所はホームセンターのペットコーナーだ。仕事は平日ならばそこそこの忙しさだし、動物のニオイがしみつく以外は、不満は特にない。


 話は、戻って店内。

 客全員が、ゆらぎ目当てに来ているのは目に見えていた。皆がこぞって、注文に呼んでおりゆらぎはとても忙しそうにしていた。

 そんな中でもゆらぎは時折、勇と目が合うとにっこりと微笑むのだった。

 勇は赤くなりそっぽを向く。観察すれば、ゆらぎは勇にだけそうしたアイコンタクトを送るのだった。勇はこの大勢いる客の中でも、ゆらぎの特別になれたようではっきり言ってめちゃくちゃ嬉しかった。態度には出さなかったが。


 ゆらぎは、勇のことが好きなのかも知れない。勇はそれを思うと、喜びが身体を支配するのだった。


 勇はゆらぎのバイト終わりの時刻になるまで喫茶店で時間を潰す。

 アルバイト終わりのゆらぎを駅まで送っていくのは勇の特権だ(特に客同士で話し合ったわけではないが、勇がもぎとっている)一緒に電車に乗り、自宅のある付近の駅で別れるのだ。

 電車の中で、ゆらぎと他愛のない話を重ねる。勇はゆらぎの側にいると、どうしようもなくゆらぎに惹かれてしまうのだった。


 そうして自宅付近の駅に到着し、駅の出入り口に出る二人。

 ゆらぎは勇におじぎをし別れの言葉を告げると、家のある方向へと歩いて行こうとする。


「待てよ」


 勇は、ゆらぎを呼び止め声をかける。

 ゆらぎは不思議そうに振り返った。

 勇には、ずっと前から聞きたかったことがあったのだ。

 だが、勇は不良に喧嘩を売る度胸はあっても、ゆらぎに対しては及び腰になってしまうらしかった。

 気付けば、どこか不安げな声でゆらぎに聞いていた。


「彼氏はいる……のか?」


 そんなことをたずねるだけなのに自分でもかつてないほどの情けない顔になっていたと思う。

 だが、勇にとっては大事なことなのだ。

 勇の喉はほぼカラカラになっていた。

 ゆらぎはまばたきをしていた。そして――。


「彼氏は……いません」


 少し寂しそうな顔をしていうゆらぎ。彼氏がいないという事実が胸を踊らせたので、勇はそのことには気付かなかった。


「いない……のか、そうか……」


 勇は呟くと幸せを噛みしめる。そうとなれば、勇を阻むものはもうなかった。

 勇はほっとしたように微笑むとゆらぎに向かって言う。


「ゆらぎ、俺の女になれ」


 ゆらぎは目を見開く。


「勇くん……」


 何秒か、そうしてゆらぎは息を飲んでいたのだが。

 ふぅ、と息をつくゆらぎ。

 勇はまっすぐとゆらぎの目を見ていた。ゆらぎも勇の目を見返す。決意のにじんだ、いい目をしてゆらぎはぎこちなく小さく微笑むと、勇にたずねるのだった。


「少し、時間を頂いてもよろしいですか……?」


 良くあるフレーズではあるが、まさか遠回しに断られているのか?勘ぐった勇は食い下がるように聞く。


「それ、どういう意味だ?」

「……突然のことですので、受け入れるための時間が必要で……すみません」


 ゆらぎは勇に向かって頭を下げる。

 勇には、ゆらぎの考えが分からなかった。いつもなら白か黒かを即座に決めることを求める勇だったが、ゆらぎにはそんなことは口が裂けてもいえなかった。


「そ、そうかよ……じゃあ、返事はいつすんの」

「半月以内には必ず」


 半月か。妙に具体的で長い期限だなと勇は思ったが、せかしたところで、ゆらぎを悲しませるだけだろうと黙っていた。

 とはいえ自分が今、どれだけ不安げな顔をしているのかが分かる。

 そんな顔をゆらぎに見せたくなくてうつむく勇。


 その時だった。足音が響き、勇は顔を上げた。

 目の前にはゆらぎがいて、勇の手を悲しげな顔をして、握りしめていた。


「勇くん。私は勇くんのことを好ましく思っていますよ。一人の男性として」


 ゆらぎは勇の手を握った。

 それが告白の返事のような気がした。


◆◆◆

◆◆◆


 学校に行って授業を受けること。

 周りに喧嘩を売らずに、また買わずに過ごすこと。

 勇は、そういった普段なら面倒だと思うことを、誰に指図されるまでもなく我慢しようという気持ちになるのだった。

 それもこれも……ゆらぎがいたからだった。

 ゆらぎは勇にとって、特別な存在になっていったのだ。

 まだ出会って一ヶ月と少しだが、なぜか勇は確信していた。

 勇は、ゆらぎのためならば変われると。


 勇はピアスを外すと、鏡に向かう。そこには黒髪になった勇が写っていた。

 そんな風にしていると、とても不良高校と悪名高い宜敷高校に通う生徒には見えないのだった。以前までの勇の印象からは、大きく変わったと言えるだろう。

 ずいぶんと地味になっちまったな。勇は、そんなことを思いながらも顔は笑っていた。


◆◆◆


 朝。団地から出ると、道を歩いて行く勇。勇を見て、怯える人間はほとんどいなくなっていた。勇はそのことをなんとなく快適に思いながら歩いていた。ふと、自転車が急ブレーキをかけて止まる音がした。

 勇はそちらを向く。そこにはゆいかが自転車にまたがっていたのだった。


「えっ、ほんとに勇……?」


 ゆいかは目をまんまるにさせて驚いていた。

 勇はなんとなくバツが悪くなってゆいかから目をそらす。

 不良から足を洗うこと。結局、勇はゆいかが言い続けた通りになったのだった。

 今になれば、ゆいかの言うことも素直に受け取れる。

 勇も、今まであんな態度をとって少しは悪かったと思っていた。

 そんな勇の気持ちを知ってか知らずか、ゆいかは、ただいつも通りに勇に声をかけるのだった。

 ふと、ゆいかは勇にたずねるのだった。


「好きな子でも出来た?」


 勇は無言でそっぽを向く。なんでこいつは馬鹿のくせに鋭いのか。

 一瞬、沈黙が生まれた。いつもはうるさいくらいに喋るゆいかのだんまりが気になって、横目でゆいかをながめる勇。

 ゆいかは、ショックを受けたような顔をしていた。

 コイツ、俺に気があったのか?

 勇はその時、初めて気付いたのだった。ゆいかが、何故勇に関わってくるのかの本当の理由に。

 哀れみなどではなかったのだ。

 勇はそのことに気づき、胸の中が暖かくなった。


 ゆいかは、なんでもない顔を作ると理由をつけて慌てて自転車をこぎ出す。

 勇は、その後ろ姿を見ながら、小さくため息をついたのだった。


◆◆◆

◆◆◆


 からんからんとベルが鳴る。するとゆらぎが勇を見て、一瞬、言葉を詰まらせた後、勇に向かって言う。


「勇くん、黒髪にされたんですね。お似合いですよ」


 勇は、好きな女に褒められて悪い気はしなかった。

 ここ数日、学校でも、アルバイト先でも髪の話題をいじられてばかりだったが、ゆらぎに褒められるのが一番嬉しかった。

 ゆらぎは注文を聞いて、マスターへと伝えに行く。

 ふと、勇は常連の一人である年配の気のよさそうな男性に声をかけられたのだった。


「勇くん、更生できて良かったねぇ。お父さんもこれで安心だね」


 勇は驚いて、どうして自分のことを知っているのか男性にたずねる。

 男性は、少し前まで勇の家の近所に住んでいたのだと言った。勇は全く覚えていないので、一方的に知られていたのだろう。

 勇は家のことを知られていることに、少し気まずくなった。男性はそんなことにはおかまいなしに勇を応援してくる。勇はこれからのことを思って、ひねくれずに受け入れることにしたのだった。


 勇は今後のことを考える。


 返事はまだ分からないが、勇はあの日、ゆらぎに握られた手を思い出すと、不安は消えていくのだった。

 勇はゆらぎのためならば、不良から足を洗うことだって出来た。

 ゆらぎの微笑みを守るためなら……なんだって出来そうな気がしていた。



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