ゆらぎの妹
ひらりと薄いミント色のワンピースの裾が揺れる。
顔を上げ、喜びの声を上げる小学校低学年ほどの幼い少女。柔らかそうなオレンジ色の髪と鳶色の瞳、それにだれかを彷彿とさせる顔の作りをした、幼いながらも美しい少女だった。
視線の先には、紫蘇高校の校舎があった。
「やった、ついたぁ!」
そうして元気よく学校内に駆けだしていく幼い少女を、帰宅の道を行く生徒たちは不思議そうに眺めていた。
◆◆◆
「きゃははは!」
「こらー!まてー!」
ぱたぱたと走り回る足音と子供の笑い声。
いつもよりほんのりと蒸し暑いハーレム部室内。天は苛立ったように予定表のリストを握りつぶした。
ゆらぎは困ったように眉を下げると、ぺこりとおじぎをした。
「申し訳ありません……」
放課後のハーレム部。文化祭前のこの時期、準備で忙しかったが皆それぞれに作業に励んでいたのだったが……突然、『台風』が訪れたのだった。
ガラリとノックもなしに開けられたハーレム部の部室の扉。そこに立っていたのは……ゆらぎの妹の聖谷るるだった。突然の出来事に対するハーレム部員たちの表情を気にすることなく、るるは元気いっぱいにゆらぎに駆け寄っていく。
「おねーちゃん!」
「るる!?」
満面の笑みで突進して来たるるに装飾を作っていたゆらぎはらしくなく驚いていたのだった。そんな困惑などお構いなしにるるはゆらぎに抱きついて甘える。
そして、突然の乱入者に歓迎するもの(主に炉々子)、あからさまに嫌な顔をするもの(天)、ハーレム部員たちは様々な反応を示したのだった。
ゆらぎはるるを前に困ったようにたずねる。
「るる、どうしてここに?」
「あたし、ぶんかさいのおてつだいするの!えらい?」
どうやら、ゆらぎに高校での話を聞いていたので手伝いをしようと思ったそうだ。
一人で来たという、るるだったが紫蘇高校からゆらぎの家までは、この年の子供の足ではバスか電車などの交通機関を使わなければ来れないような距離である。るるは一昨年、学校の行事で紫蘇高校を家族と訪れていたので、その際に行き方を覚えてしまったらしい。誰にも言わず家を抜け出してきたという、るるにゆらぎは嬉しそうな困ったような顔をすると、るるに語りかけるのだった。
「るる。気持ちはありがたいのですが……一人でこんな遠いところまで来てはいけませんよ」
「えー、どうして!あたし、ちゃんとこれたのに!」
「私は、るるが迷子になってしまったり、色々と危ない目にあうことが心配なんです。るるは良い子だから、わかってくれますね?」
「こどもあつかいしないで!るる、こどもじゃないもん!おねえちゃんといっしょにおてつだいできるんだから!」
「るる……」
悲しげな顔になるゆらぎ。
るるは頬を膨らませるとゆらぎに抱きつくのだった。天は苦虫を噛み潰したような顔で言い放つ。
「まるっきりクソガキじゃない」
るるは不満げな顔をして、天をムッと睨み付ける。文化祭の準備で忙しい最中にこの幼い少女の面倒を見ている暇はあまりないだろう。ゆらぎは申し訳なさそうな表情になると、るるの手を握って謝るのだった。
「皆さん、すみません。今日はこのまま、るるを連れて帰ってもよろしいでしょうか?家で出来る作業は持ち帰りさせて頂いて……」
「えーっ!るっこ帰っちゃうのぉ?みんなで遊ぼうよーっ!」
造花を作っていた炉々子がそれらを放り投げて、棚からボードゲームを出す。港は焦ったように炉々子を止める。
「炉々子先輩、ちゃんと働かないと……。文化祭までもう少しなんですから」
「一分でいいから!遊ぼう!ねっ!ねぇーっ!」
「ろ、炉々子先輩……ボクは、文化祭までに準備が終わるかどうかひやひやしてるんですけど……」
「大丈夫だよ!先に遊んで、準備なんてパパッと終わらせちゃえばいいんだよ!」
「ボ、ボク、嫌です!直前になって締め切りに追われながら作業するなんて!」
心配性の港と脳天気な炉々子。二人はボードゲームを挟んで言い争いをしていた。
甘い誘惑を真に受けたるるは目を輝かせて、ゆらぎを向く。
「おねえちゃん、あそんでいってもいいの?」
「……いけません」
「うわーん!おねえちゃんのいじわるー!!」
そうして、アリとキリギリスが戦っている内に、誘発されたるるまで泣きわめき始めるのだった。文化祭前とは思えない、なんともゆるゆるでカオスな現場であった。
そんな時だった。ぐずっている最中のるるの目の前に、シソジロウが立つ。
「よぉ、そんなに泣くなよ。美少女が台無しだぜ」
「おにいちゃんだれ?」
るるは目を丸くする。
二人は初対面であった。
シソジロウはるるを見下ろしながら言う。
「俺か?俺はシソジロウだ。このハーレムの主だな」
「はーれむ?あるじ?」
「ま、簡単に言えば、ここにいる美少女たちに愛される王様ってことだ」
そう、謎の威圧感を放ちながら語るシソジロウ。るるの涙も思わず止まった様子だった。シソジロウは、るるの頭を撫でると言った。
「そうそう、美少女はしとやかじゃなきゃな」
そして、ゆらぎを向くシソジロウ。今すぐにでも、るるを引っ張って帰りそうなゆらぎに声をかける。
「ゆらぎ、帰る必要はないぞ。るるも手伝うと言ってるんだし、ここにいさせればいい」
「本当?やったー!」
炉々子はるるに駆け寄るとぎゅっと抱きしめる。シソジロウは片眉を上げると釘を刺すのだった。
「その代わり、ちゃんと働くんだぞ」
「はーい!」
炉々子とるるがにっこりと微笑む。まるで花が咲いたような愛らしさだった。
「シソジロウくん、ありがとうございます……。みなさん、すみません。ご迷惑をかけるかと思いますが……」
ゆらぎは、シソジロウに感謝すると他の部員たちに謝るのだった。ハーレム部を妹のわがままに巻き込んでしまい、申し訳なさげな様子だった。シソジロウの決定ならば、誰も逆らうことはなかったが。
それが、ここまでの経緯だった。
◆◆◆
「捕まえた!えへへ!」
「ろろのちからもちぃ!ばかぢから~!」
そう約束はしたものの、作業は小学一年生には退屈なものであったし、なんだかんだ遊び相手の炉々子がいる状況なのでるるは遊んでしまうのだった。だいたい十五分働いて、また同じだけ遊ぶようなアンバイだろうか。
炉々子はるるのことを「るっこ」と呼んでおり、るるは、炉々子のことを「ろろ」と呼んでいる。十才年の差があるとは思えない楽しげな様子だった。
ソファーに座るシソジロウはやれやれと二人を眺めていた。
天は、こんな状況ながら精力的に準備を進めているようだ。テキパキと作業をこなしながら、全員の進行を確認し、指示を出している。
そんな天がこの状況を受け入れるわけがなく、遊んでいる二人に向かって、冷たい声を出すのだった。
「さっさと作業に戻りなさい。無駄に年をとってる方のおちびさん」
「ぶー!おちびさんじゃないもん」
そう言いながらも、炉々子は作業に戻るのだった。るるは少し寂しそうになるが、すぐに思い直したように歩いて行き……シソジロウの隣に座ったのだった。シソジロウはきょとんとなると、るるを見やる。
「ねぇ、シソジロウおにいちゃん」
「なんだ?」
「あたしもハーレムにはいりたいな。だって、すっごくたのしいんだもん」
その言葉に、ハーレム部の美少女全員が手を止め、反応した。
こんな見るからに幼い少女をハーレム部に入れるのか?
とどのつまり……シソジロウのストライクゾーンにるるは入るのかということだった。
そして、それはあり得ない話ではないだろう。るるは間違いなく美少女であるし、なんて言ったって、見た目は十才児にしか見えない炉々子や男の娘である港でさえ、ハーレム部に入ったのだから。
ハーレム部の美少女たちは固唾を飲んで、二人のやりとりを見守った。
すると、シソジロウはにっこりと笑うとるるの頭を撫でたのだった。
「嬉しいことを言ってくれるんだな。お前」
「じゃあ、なかまにいれてくれる?」
るるは楽しげにシソジロウにたずねる。
注意力散漫になった美少女たちが、手に持った物を落とす音やら破く音が聞こえる。
そんなことは気にもとめずシソジロウは苦笑して、るるに言うのだった。
「うーん、そうだな……大きくなったらな」
「おおきくなったらって、ろろくらい?じゃあ、あと、すこしだ!」
少しといっても、身長は頭一つ違うのだが。
シソジロウは、いいやと首を振った。
「見た目の問題じゃない。年齢の問題だ。お前がゆらぎと同じ年齢になったら、ハーレムに入れるか考えてやる」
「えーっ、ずーっとさきだよ!」
るるは、頬を膨らませる。美少女たちの安堵の吐息が部室のあちらこちらで起きる。ゆらぎは、るるをなだめると、言うのだった。
「るる、ハーレム部はただ遊ぶだけの場所ではなくって、ここにいる皆さんはシソジロウくんのことが一人の男性として好きでたまらないんですよ」
「ふぅーん、そうなんだ」
色恋の話は、るるにはまだ早かったらしい。るるはそれを聞くと納得したように、ソファーから降りた。
そして、和気藹々とハーレム部員たちとおしゃべりをはじめる。
「あたし、もっともっとおおきくなるんだぁ!おねえちゃんくらい!」
「ふふ、それじゃあ、好き嫌いはせずになんでも食べましょうね。……ピーマンも残さずに」
「うーっ、ピーマンきらい~!」
その場は、明るい雰囲気になる。
◆◆◆
◆◆◆
「そんな……嘘だよ……」
炉々子は床に手をつき、絶望にうちひしがれていた。
隣には不思議そうに炉々子の顔をのぞき込むるるがいる。
炉々子の悲しみのきっかけは、シソジロウの言葉にあった。
今し方、炉々子とるるは二人で並んでソファーに座っていたのだが、それを見たシソジロウが言ったのだった。
「炉々子。お前、るるより、胸の発育遅れてないか?」
目をまん丸に見開く炉々子。
焦ったように、るるの胸と自分の胸を見比べる。
その差はほとんどなく見えた。……炉々子の目には。
「そうだよね。わたしは十七才でるっこは七才なんだから、おっぱいの大きさで負けるわけないよね!」
炉々子はそう言ったのだが、るるが叫ぶ。
「ろろ、るるより、おっぱいちいさいんだ~!」
「るっこよりは大きいもん!勝負する!?」
「うん!する!」
雪花という審判をおいて、胸の大きさを計ったのだが……。
勝者は、るるだったのだ。
雪花によると、明確にるるの方がふくらんでいるとのことであった。
「そんな……嘘だよ……」
そうして、炉々子は落ち込んだのだった。
十七才の高校生が七才の小学生に胸の大きさで負ける。
負けた側には、結構なショックであった。
まだ七才のるるには、その落ち込みの理由がぴんと来ないらしい。
炉々子の隣に行くと、励ますのだった。
「ろろはちいさいから、いまからおおきくなるよ」
「るっこ……うん、そうだね」
七才児に励まされ、炉々子は寂しげな笑顔になると、立ち上がる。
炉々子は、両手を握りしめると気合いを込めるのだった。
「よーし!るっこに負けてられない!わたしもおっぱいを大きくするぞー!」
「おー!」
そんなわけで、ふたりは胸を大きくする秘訣を探ろうと、美少女たちにたずねて回ったのだが、はっきりとした解決法は見つけられずにいた。
困り果てた二人は、解決の糸口を目指して学年一番の秀才のもとにおとずれたのだった。
秀才……天はパイプ椅子に座ったまま、面倒くさそうにちらりと炉々子をながめた後に一言呟く。
「教える義理はないわ」
「えーっ、天ちゃんのいじわるー!」
炉々子は頬を膨らませると、怒りを露わにする。本人は、胸の大きさによほど困っているのだろう。それを無下に断る天にその鬱屈とした気持ちが向いたようだった。
炉々子は、天の二の腕を鷲掴みにすると、思いっきり揉んだのだった。
「や、止めなさい!!」
「嫌!教えてくれるまで揉むもん!!むににー!」
執拗な炉々子の攻撃。天に対するお願いの仕方としては、むしろ逆効果だったが、それを見ていたシソジロウが、笑いながら言ったのだ。
「天、教えてやれよ」
「絶対に嫌よ。こんな真似をされて誰が教えると思ってるのよ」
「ふっ……俺じきじきに『ご褒美』をやると言ってもか?」
天はご褒美という言葉に心動かされた様子だった。
炉々子の手をひねり上げると、言った。
「……マッサージするのよ」
「え?天ちゃんの二の腕をマッサージするとわたしのおっぱいが大きくなるの?」
「違うわよ!あなたのその平原をマッサージするのよ!」
炉々子の瞳が輝く。そして、興奮したように平らな胸を張るのだった。
「天ちゃん!マッサージして!」
「……どうしてそうなるのよ」
「だって、天ちゃんは物知りだもん!きっと、おっぱいを大きくするマッサージの仕方も知ってるはずでしょ?」
「知らないわよ、そんなの」
「いいからマッサージして!」
天はゴクリと唾を飲み込む。
炉々子はひとしきりマッサージされると満足げに礼を言ったのだった。
「ありがとう、天ちゃん。これできっとおっぱいも大きくなるよね」
「ろろ!よかったね!」
「うん!」
微笑む炉々子とるる。
平和なハーレム部の光景であった。




