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シソジロウとゆらぎ


 秋の始まりの、まだ暑さの抜けきっていない時期。

 甘い香りの漂う人気のない家庭科室で、夏服の制服に白いエプロンをしたゆらぎはオーブンレンジを覗き込んでいた。中では、鉄板の上に規則正しく並んだスイートポテトが甘い匂いを発していた。オレンジ色の編み込みハーフアップをしたロングヘアがさらりと揺れる。その肩ごしには椅子に座り、調理実習台によりかかり、幸せそうな寝顔を晒している炉々子の姿が見える。ゆらぎはそれを振り返り眺めると、にっこりと微笑むのだった。

 ……それはそうと。


 ゆらぎが何故、学校でお菓子を作っているか。その理由は文化祭にあった。


 文化祭とは、生徒達で作り上げる一種のお祭りのようなモノだ。一般的には、クラスや部活ごとにその準備や活動を通じて親交を深めたりもするのだが……。

 ハーレム部員たちは皆、文化祭では部の活動しかしない。――例によってシソジロウの指示で、強制的にクラスの準備活動などはほっぽり出させられるのだ。それによりクラスメイトたちには数少ない、美少女との思い出作りの機会を潰す――そんなことをすれば、不満のひとつやふたつや数十個は出そうなものだが、シソジロウに逆らえばどうなるかを把握している全校生徒たちはこの暴挙を暗黙の了解でスルーしていた。なので、美少女たちは半ば学園公認という中、文化祭の準備はハーレム部の出し物の準備のみをすることになるのだ。そのことに不満を抱くハーレム部員もいたが、結局はシソジロウ一人で出す他の生徒を圧倒する潤沢な活動費と、彼のその口車に乗せられ、ハーレム部の出し物にだけしぶしぶ参加するのだった。

 そして、例によって、この時期には混雑することが多いはずの家庭科室だが、シソジロウの差し金により、ハーレム部の貸し切りとなっているのだった。

 そして部員たちはというと――。

 雪花はこの秋、長らく入院していた弟が手術に成功し、退院することに決まったためその世話を焼きに嬉々として病院へ通っていた。港は、文化祭で着る衣装の最終調整がしたいとハーレム部へ行っているし、炉々子はすやすやと夢の中にいる。天はいつもながらに消息不明の状態だ。

 そんなこんなで、ゆらぎは家庭科室でお菓子を作っているのだった。再び、オーブンレンジをのぞき込んだゆらぎの隣に、誰かが立つ。シソジロウだった。


「ゆらぎ、出来たか?」

「もう少しですよ、ふふふ……」


 甲高い機械音が響く。ゆらぎは濡れタオルをそれぞれ両手に持ち、オーブンレンジから鉄板を取り出すと調理実習台に置いた。辺りには、お菓子特有の甘い香りが充満する。つやつやときつね色に輝くスイートポテトを見て、ゆらぎは満足げに笑った。シソジロウも目を細めると、スイートポテトに手を伸ばす。


「さて、味はどうかな」


 そんなシソジロウの手をそっと制するゆらぎ。不思議そうになるシソジロウにゆらぎはにっこりと微笑む。 


「火傷するといけません。私が食べさせてさしあげます」


 ゆらぎはそういうとスイートポテトを手に取り、ふーふーと息で冷ます。そして、一口大にちぎるとシソジロウの口もとに運ぶのだった。からかうような声をあげるシソジロウ。


「おいおい、俺は赤ん坊じゃねぇぞ?」

「嫌ですか?」


 不安げに眉をひそめるゆらぎ。

 シソジロウは返事の代わりにゆらぎの手首を掴むと、ぱくりと自身の口にスイートポテトをゆらぎの指ごと入れる。


「あっ」

「ふっ、良い味だったぜ。ゆらぎ」

「ふふ、イケない子ですね……シソジロウくんは」


 ゆらぎは恍惚としながら、シソジロウの唾液のついた指を自身の唇に当てるのだった。……と、そんな時だった。


「うーっ!シソジロウの独り占め禁止~!……むにゃ」


 炉々子が寝言を叫んだのだった。ゆらぎとシソジロウは顔を見合わせて微笑む。

 そして、ハーレム部員に渡す分とは別に、ゆらぎはスイートポテトのラッピングの準備を始めるのだった。配る相手は、冴えない男子学生から、家庭環境の複雑な小学生女児。身寄りのいない老人男性など、それは多岐におよんだ。だが、無作為に見えるその人間たちに共通する特徴は『孤独』なことだった。


「ゆらぎは相変わらず優しいな」


 首を横に振るゆらぎ。

 ゆらぎは孤独な人間を見ると、手を伸ばさずにいられない性格だった。暮らしている中で、なにかに困っている人間を目にするとゆらぎは必ず声をかけるのだ。それは、ゆらぎの生来の母性本能、もしくは慈悲深さが行わせるのだった。

 ゆらぎはむにゃむにゃと寝息をたてる炉々子の前にラッピングのされたスイートポテトを置くと目を細めた。


「私、シソジロウくんには感謝しています。こんな素敵な部活に誘ってくださって」


 去年の春までゆらぎはボランティア部に入っていた。

 だが、部内での人間関係に悩んでいたのだった。ボランティア部を語っておきながらまるでやる気のない部員たち。ゆらぎがささやかに働きかけることで、多少は改善されたのだが、それをよく思わなかった女子部員たちはぐちぐちと陰口を言い、ゆらぎを救世主のように崇めていた男子部員たちはそれに反対し過剰にゆらぎを庇ったのだ。それが部内に新たな亀裂を生んだ。その結果、部内はゆらぎを中心に真っ二つに対立し、ボランティア部はバラバラになってしまったのだ。

 ゆらぎは入部して以来、女子部員に嫌がらせをされ、疲弊していたが、顔に出してはまた男子部員たちとの対立を深めてしまうため、何も感じないふりをして我慢をした。

 ……そんな時だった。シソジロウに声をかけられたのは。


『お前がボランティア部の姫か』


 入部したての一年生にしては、ずいぶんと横柄な言葉使いと態度でシソジロウはゆらぎをハーレム部に誘った。シソジロウは、どこからかゆらぎのボランティア部内での状況を把握しており、ゆらぎに辞めるべきだとすすめたのだ。

 しかし、様々なことに対する優しさと責任感からボランティア部を辞めたくないというゆらぎにシソジロウは言った。


『他人なんて、知るか。まずは俺を幸せにしてみろ』


 そういうなり、シソジロウはボランティア部に乗り込み、部員を脅し、無理矢理ゆらぎを事実上退部させたのだった。


 ゆらぎは小さく笑うと、シソジロウを見やる。


「あの時はなんて無茶な方なんだろうって、思ったのですけれど……」

「そこまで無茶じゃないだろ?ちゃんと、話し合いで解決した」


 ボランティア部員たちの弱みを握って脅すことが話し合いというのであればシソジロウの言葉も正しい。

 とはいえ、シソジロウの使う手口を考えれば、これは穏便な方である。

 ゆらぎはくすくすと笑うと、シソジロウにこう言ったのだった。


「私は、シソジロウくんに救われました……そして、こんな優しい居場所も作ってくださった」


 ゆらぎはハーレム部員たち全員が好きでたまらないそうだ。

 シソジロウを見つめるとゆらぎは穏やかな声色で聞いた。


「シソジロウくんは……幸せですか?」

「ああ、気の合う美少女に囲まれて、俺は幸せ者だな」


 ゆらぎはぱっと花の咲いたような笑みをうかべると頷く。

 シソジロウも同じように良い笑顔で笑い返したのだった。


 外では、まだ緑色のイチョウの葉が優しく揺れていた。



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