シソジロウと雪花
春とはいえ、空気が澄み切って肌寒さを感じる朝。早朝ということもあって教室には、人影はひとつしかない。その人影、シソジロウが机に突っ伏して眠りについていた。そこに、がらりと扉を開けて、入ってくる人物――雪花だった。雪花は机に寝ているシソジロウを認めると、仕方がないなと言った風に首をかしげる。そして、イタズラっぽく笑うとシソジロウのもとへ歩いて行き、その耳もとに小さく声をかける。
「しそっちゃん、朝だよ?」
「うーん……」
「ふふ、気持ちよさそうに寝てるね。夜に何してたんだか」
そういうとシソジロウの頬を指でつつく雪花。そして、周囲を見回す。
「よし、誰も来ないよね」
そう呟くとシソジロウが寝ている机に肘をつき、シソジロウを見下ろす雪花。シソジロウはすうすうと規則正しい寝息をたてている。雪花はひどく楽しそうにその様子をあきることなく眺めていたのだが、ふと目を細めるとシソジロウの顔に顔をゆっくりと近づけていく。息がかかりそうな距離。雪花は静かになにかを見つめていた。雪花の凝視する先、シソジロウの耳の裏には小さな黒子があった。
「こんな所に黒子があったんだ。ふふ、たぶんシソっちゃんも気付いてないだろーな。なんか得した気分」
「……はぁ、キスするんじゃなかったのか」
「あ、しそっちゃん。おはよ」
シソジロウと目を合わせて、にっこりと笑う雪花。シソジロウは心なしかガッカリとした表情をしている。雪花はくすくすと笑うと、シソジロウから顔を離す。
「不意打ちって、堂々としてなくてイマイチかなって思ったからさ」
「俺は美少女からのキスなら、いつでも歓迎だぞ」
「ふーん、じゃあ、考えとく」
「つれないな、はは」
シソジロウの向かいの席に座る雪花。少し笑うとシソジロウを上目遣いに見上げる。
「しそっちゃんは変わらないなぁ」
「なんだ。突然」
「うーん、なんとなくさ、去年のこと思い出して」
「ふっ、思い出話か。若いのに年寄りくさいぞ」
「うん、そーかも。あたしって、チョコパフェよかところてんに酢醤油派だし。パンツよりふんどしが好きだし」
「ふんどしを履いてるのか?お前」
「あはは、あたしじゃなくて男の人が履いてるの見るのが好きなんだよね。お祭りとかでさ」
伸びをする雪花。ゆるんだ表情をシソジロウに向ける。
「去年の春、違うクラスで面識がなかったあたしに、しそっちゃんがいきなり声かけてきたんだよね『ハーレム部に入らないか?』ってさ。いやぁ、あの時は驚いたね。ハーレム部なんてものがあるなんて、知らなかったし」
「その頃はまだハーレム部じゃなくて『俺を崇拝する美少女を育むための同好会』だったな。とはいえ、すぐに部員は揃ったが」
「ゆらっちゃんに、ろろっちゃん、それにてっちゃん。皆、なんだかんだ言いながら、ハーレム部に入っちゃったからねぇ。それに今年はみなっちゃん」
「ふっ、ここまでの逸材を揃えられて、俺は満足だぞ」
「満足なんだぁ。ま、しそっちゃんがそれで良いなら別に言うことないけどね。あたし、皆といるの結構好きだし」
「お前が皆をまとめてくれるから助かっているぞ。これからもその調子で、ハーレム部に貢献してくれ」
「はいはい、まかせといてよ。しそっちゃん」
けらりと笑う雪花。シソジロウの寝癖を指摘すると、手で撫でつけて直す。
「お前に焼かれる世話は悪くないな」
「うん、あたしもしそっちゃんにお世話焼くのは嫌いじゃないよ」
顔を見合わせて笑い合う二人。そうして、朝の二人きりの時間はゆっくりと過ぎていくのだった。