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山田九郎と美少女5

 空はどんよりと曇っている。春の変わりやすい天気は、ここ数日は雨が続くらしい。会社にいる九郎は窓から外を眺める。外では傘をさす通行人が歩いている。憂鬱な天気に、どことなくつまらない気分になってしまう。以前まではそんなこと、考えもしなかったのに。それは、移動が大変だとか原稿が濡れてしまうだとか、他にも色々と問題はあったが、九郎の精神をここまで揺さぶるものではなかった。……雪花に会う時間がなくなってしまうと思うと、九郎はその日は最高の楽しみの種を摘み取られてしまったようなそういう気分になってしまうのだ。早く、雪花に会いたい。そして、願わくば雪花も同じ気持ちであることを願うのだった。

 数日後。太陽は雲に覆われ、昼間だというのにどこか薄暗い空の下、九郎は公園にいた。ビニール袋には雪花が好きなあんぱんを入れて、いつものベンチへと向かう。いるかどうか、期待の一瞬だ。ベンチに人影を見つけ、目を細める九郎。そこにはいつかのように薄い紫のカーディガンを着た雪花が座っていた。雪花はどこか思い詰めたような顔をして、組んだ自分の手を見つめていた。


「黒鈴さん」


 九郎が声をかけると雪花はぱっと顔を上げ、淡く微笑む。どこか元気がない様子に九郎は心配そうに声をかけた。雪花はなんでもないと誤魔化そうとするが、その青白い肌にうっすらと浮かんだクマで無理をしていることが見て取れた。弟の看病に毎日のアルバイト、それに学業に家事。雪花はこの年の少女にしては頑張りすぎなのだと九郎は思う。せめて、自分が力になり支えられたら……九郎はそこまで考えて、目を伏せる。九郎は雪花にとっては、ただ一週間に数回話をするだけの存在だ。そんな自分が、助けを求められたわけでもないのに雪花の私生活に介入しようなどおこがましいのではないか。九郎は思い悩んだ。雪花は懸命に家族を守ろうとしている。九郎はその気持ちを傷つけることだけはしたくなかった。

 そんなこんなぽつりぽつりと言葉のキャッチボールをしていた二人だったが、ふいに雪花が真剣な表情になると、話し出す。


「今日はくろっちゃんに相談があって来たんだ」


 九郎は腰を据えて雪花の話に耳を傾ける。その口から出たのは驚きとどこか納得が含まれた言葉だった。


「あたし……高校辞めようと思うんだ」


 その時、がさりと草むらが鳴った。怪訝な表情で振り返る二人。……なにも出てこない。猫かなにかだろうと見当をつけると、九郎は雪花に向きなおった。雪花がそこまでの決断をするということは事情があるのだろうと。雪花はしばらく黙っていたが、意を決したように話し出した。


「あたしとくろっちゃんが出会った日のこと覚えてる?実はあの日に、主治医の先生に言われたんだ。ふゆは……弟は、手術をしなきゃ余命一年だって」


 九郎は目を見開いた。そんな重大な病状だったなんて。かけるべき言葉はなんだろうか、九郎の愚鈍な頭ではなにも紡げずにただオウム返しをするだけだった。雪花は長い睫毛を震わせながら、続ける。


「冬の病気は……かなり複雑な病気でね。手術費も結構かかるんだぁ。あたしのバイト代じゃ、とてもじゃないけど一年じゃ手術費、払えっこないし。ほんと、もうどーしようって感じだよね。かーさんも、別れた父さんにかけあったりしたみたいだけど……お金、払えないって」


 雪花の瞳から涙がこぼれ落ちる。雪花は困ったように笑うと次々にあふれる涙をぬぐう。


「あはは、恥ずかしいや。泣くつもりなんてなかったのに」


 大変な苦難の中でも、雪花は心配をかけまいと笑おうとする。それでも、人生という荒波の中、なんとか立っていることが分かる。いつもより小さくみえる雪花。そんな姿を見た途端、九郎は雪花を抱きしめたいという衝動に駆られた。しかし、そんな訳にはいかないとなんとか理性で押さえつける。

 雪花に聞いた手術費は、五百万円であった。一年という期間で貯めるには、雪花のような少女ならば手段を選んではいられないだろう。九郎はそのことを想像して目を鋭くする。……雪花には、そういったことに関わらないでいて欲しい。九郎は強くそう思った。

 細い肩に少しやつれた顔。再び目の前の雪花を見ると、彼女は必死に笑おうとしている。それでも、こぼれる涙を止められない姿を見た瞬間、九郎の迷いはふっきれた。


(放っておけるわけがない。助けを求められてなくても、俺は黒鈴さんの力になりたい)


 九郎は高校を辞めようとする雪花を思いとどまらせようと言葉を紡ぐ。その胸に強い覚悟を持って。


「……お前は高校を辞める必要はないと思うぞ」

「なんで?もう、お金を集める手段なんて、あたしがなんとかするしかないのに」

「……俺、貯金があるんだ。こういう時に使うための金じゃないけど……いや、違うな……お前が困ってるのに、知らん顔なんてできないだろ。借りてくれないか?」

「くろっちゃん……そんなの……受け取れないよ……」

「……馬鹿。弟を助けたいんだろ?だったら、素直に借りとけよ」


 雪花は言葉をなくすと、涙をぽろりとこぼす。

 そんな時だった。鼻先に触れるしずく。それを皮切りに空からぽつりぽつりと雨が振ってきた。

 雪花は持ってきていた折りたたみ傘を出し、九郎を中に入れた。雪花はしおらしくうつむくと、九郎に向かって謝る。


「ごめんね、くろっちゃん。お金、借ります。時間はかかるだろうけど、ちゃんと返すから……」


 九郎が大事に貯めてきた貯金だ。それが妥当だろうなと九郎も思う。だが、気付いた時には口から言葉が滑り落ちていた。


「返さなくて良い」


 雪花は驚きに目を丸くすると、ぽかんと口を開けて九郎を見上げる。九郎は、そんな雪花の顔は初めて見るなと少しおかしくなった。


「くろっちゃん、なんで笑ってるの?もしかして、冗談だった?」

「……冗談じゃないぞ。俺は本気だ」


 九郎の申し出に、雪花の顔に浮かんだのは困惑だった。戸惑ったように、九郎に問いかける。


「えっと……それはありがたいけど、くろっちゃん。そこまでお金持ちじゃないよね?そんな気軽にほいってあげちゃっていいの?」

「俺がずっと貯めてきた金だ。でもーーお前やお前の弟のために使うなら、それが一番だって思う」

「くろっちゃん……ふふ、本当にくろっちゃんって、お人好し過ぎるよ……」


 涙を拭いながら笑う雪花。

 そんな、雪花の言葉に気づけば、九郎は口走っていた。


「俺はお人好しじゃない。俺が優しいのは、お前が好きだからだ」


 その言葉を聞いた雪花はじっと九郎の目を見つめた。そんな雪花を見つめ返す九郎。ざーざーと雨の音だけが響く。


「くろっちゃん、あたしのこと、好きなの?」


 九郎は雪花にそう問われて、顔を赤らめた。どさくさにまぎれて、告白をしてしまった自分に今更ながら気づき、後悔していた。

 言われた雪花は少しぼんやりとした後、考え込むと言った。


「んー。返事は今度にしていいかな?」


 雪花はそういうと、日にちと時間を指定する。九郎も、その日ならばなんとか都合がつきそうだった。


 通り雨だったようで雨は止み、雪花は折りたたみ傘をしまう。そして、二人は別れたのだった。九郎は会社への道のりを歩きながら、何故自分はあんなことを言ってしまったのだろうかと後悔していた。あれでは、雪花に金をやるから付き合えと言っているようなものではないか。だが、言ってしまったものは仕方ない。九郎はため息をつく。


 こんな軽率に告白などして、振られてしまっては雪花と今までどおり居られなくなる可能性が高い。それどころか、彼女に気まずい思いをさせる。そもそも、彼女にとって自分はどう映っているのか。信頼できる大人?それともただの面倒くさい年上?年齢差や社会的な立場を考えれば、彼女がこちらに恋愛感情を抱く確率なんて、ほとんどゼロに近いのではないかーーそんな悲観的な考えが頭をよぎる。


 だが、九郎は手術費を出すと言ったのだ。振られたとしても、雪花は九郎を無碍に扱うことは出来ないはずだ。相手の弱みに付け込んだ、下衆な考えかもしれないが、それは九郎に安堵を与えた。


 それどころか、もしも雪花が彼女になったならば。それは夢のような現実だった。もしかしたら、雪花に手術費をやると言った時に無意識にそのことを計算していたのかも知れないなと九郎は考えた。自分は案外したたかな人間だったのだと驚くも、それを責める気持ちにはなれない。雪花と共にいれるということが、どうしようもなく嬉しいからだ。雪花に手術費という貸しを作れることに、雪花の弟が病気であったことにすら感謝がしたくなるくらいだった。九郎は自分がとんでもなく最低な考えをしていることを自覚しながらも、思考は止まらなかった。


(俺は最低な人間かも知れない)


 それでも、それでも九郎は自分の手で雪花を幸せにしたいのだ。その気持ちは本物だった。


(俺なんかじゃ、力不足かもしれないけど……それでも、黒鈴さんを幸せにしたいんだ)


 九郎は空を見上げる。雲間から一筋の光が射し込んだ。それはどこか九郎の迷いを取り払ってくれるような、温かな光だった。


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