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温水プール

 中間テストが終わって数日。平日のレジャー施設内の温水プールに彼らはいた。鉄骨の張りめぐらされたガラス張りの天井からは日差しが降り注ぐ。


「いっくよ~!えいっ!」

「うふふ、はい。天さん」


 プールの中、水しぶきをあげながら炉々子がビーチボールをトスすると、ゆらぎがそれを天へとパスする。天は面倒くさそうな顔をしながら、ボールを炉々子へと返す。楽しげな声をあげるハーレム部員たち。ボールも揺れていたが、他のものも揺れていた。

 炉々子はピンク色の胸の前でフリル状の布があるフレア・ビキニを着て、はしゃいでいる。胸弾むかわいらしさだ。

 天は胸元が大きく開いた黒いクロス・ホルター・ビキニを着ている。どこか危ない妖艶さがただよう。

 白色の紐ビキニを着るゆらぎ。すさまじい存在感がそこにある。

 今日は平日ということもあり、この素晴らしく広い温水プールがほぼ貸し切り状態であった。

 サーフパンツの上にチャック付きのパーカーを着た港はボール遊びを楽しむ先輩たちをプールサイドに座り、足をプールにつけながら眺めていた。ちなみに港はカナヅチで、水に顔をつけることすら怖がるレベルだ。

 シソジロウはビーチチェアに座り、楽しそうにするハーレム部員たちを見て口の端をあげる。そんなシソジロウの頬に、ジュースの入ったプラスチックカップが当てられる。少し驚くとそちらを向くシソジロウ。そこにはいたずらっぽい笑顔を浮かべた雪花が立っていた。


「どーぞ、しそっちゃん」

「ふっ、気が利くな」


 ジュースを受け取ると笑うシソジロウ。雪花は後ろ手を組むと小さく微笑む。

 淡い紫色のスタンダードなビキニを着る雪花は、正統派のまぶしさだ。

 ……ちなみにこれまでに登場したハーレム部員たちの水着やレジャー施設への入場料はすべて、シソジロウが予算会議でぶんどってきた学校からの予算で買っている。いくら理事長の孫だろうと、どこぞやの悪徳権力者並みの酷い横暴だというのが天の言い放った感想だ。だいたいのハーレム部員たちもそう思っていることだろう。雪花がシソジロウに贈ったジュースはその労力へのお礼ということかも知れない。

 シソジロウは雪花の顔を眺めると気づかうように言う。


「雪花、お前の弟は大丈夫か?」

「んー。そうだなぁ……ここ数日はまずまずって感じ」


 雪花はどこか掴めない表情をしていた。ここ一週間ほど、雪花はほぼハーレム部の活動に参加することなく、放課後はすぐに帰宅していたのだった。今日はその中でなんとか得た活動だった。とはいえ、雪花はそんな状況なので浮かない顔をしている。その目の下にはうっすらとクマが見え、無理をしているのが分かる。悩み事があるのなら話して欲しいとゆらぎは心配そうにするのだが、誰にも心配をかけたくないという雪花のプライドが分かったので、シソジロウはそっとしておいた。

 連日の看病で疲れがたまっているのかも知れない。とはいえ、レジャー施設に遊びに来たもののろくに遊んでいない雪花にも、息抜きは必要だろうとシソジロウは判断した。


「勝負でもするか?」


 苦笑する雪花。小首をかしげると長い黒髪がさらりと肩にかかった。


「でもしそっちゃん。どうせ、なにかをかけろって言うんでしょ?この前の賭けで負けたときは一日中、様付けで呼ばされたし」

「ああ、楽しいゲームだ。いいだろう?」

「んー」

「俺が負けたら、お前を今日一日嫁として扱ってやるよ」


 挑発的に雪花を見上げるシソジロウ。それはその日一日は公然とシソジロウと夫婦関係となることが出来るというハーレム部員にとって魅惑の言葉だった。ハーレム部員たち全員の前でいえば、骨肉の争いが繰り広げられるであろう恐ろしいワード。この台詞を言えばシソジロウを囲むハーレム部員なら目の色を変えて、勝負に乗り出す……はずだった。


「やめとく」


 その返答に目を小さく細めるシソジロウ。雪花は天井を向くと、ふーっと息をついた。


「なんかそう言う気分じゃないっていうか。あたしも大人になったのかな」


 どこか大人びた口ぶりでそういう雪花の瞳にこれまでの熱意がないのをシソジロウは見抜いていた。雪花は同好会から続くハーレム部員第一号で、一年に渡る付き合いがあった。同好会にシソジロウと雪花の二人きりの状態も経験した、いわば、シソジロウの一番の理解者である。そんな雪花が、シソジロウの甘い誘惑に興味を示さない……それは大変な異変であった。それだけ弟の看病に気を揉んでいるのか……それとも。シソジロウはちらりと頭の中で考えるのだった。


「シソジロ~ウ、雪花ちゃ~ん!」


 プールサイドを歩いてやってくるハーレム部員たち。美少女五人が集まる様はこの世の楽園のようだった。ビーチチェアから立ち上がったシソジロウに、炉々子は抱きつくと上目遣いに見た。


「二人とも、ぜんぜん来ないんだもん!ねぇ、なにかしようよ!」


 ゆらぎは少し眉を下げると、優しく炉々子をたしなめる。炉々子は頬を膨らませるとシソジロウにねだった。


「ああ、いいぞ。じゃあ、息止め選手権でもするか?」

「えーっ、それだけ?」


 炉々子の目には期待が膨らんでいる。シソジロウはやれやれと笑うと言った。


「勝ったヤツには俺がマッサージしてやる」


 マッサージ。その言葉を聞いたハーレム部員たちはごくりと喉を鳴らす。ハーレム部員たちの胸に熱い闘志が揺らめいた瞬間だった。そんな中、雪花はなんでもなさげに言った。


「あたし、ちょっと病院に連絡してくるから。パスね」


 そうして、去って行く雪花の背中を横目で見ながらもシソジロウは炉々子に引っ張られていく。振り返らない雪花。シソジロウは雪花との間に生まれた距離感を感じていた。


◆◆◆

◆◆◆


 プールサイドに四つん這いになる港。首をプールの中へと伸ばして顔を水につけている。これは、水が苦手な港への救済処置だった。


「ぷはぁっ!」


 顔を上げる港。必死な表情で計っていたシソジロウにタイムを聞くが……。


「五秒だ」


 がっくりとうなだれる港。炉々子は勝ち誇ったように胸を張っている。ちなみに炉々子のタイムは十五秒。平均が三十秒~一分なので、どちらもどんぐりの背比べだ。

 そんな中、プールに潜った天は二分半も潜ったのだった。これには他のハーレム部員たちは絶望した。


「勝負は決まったわね」


 ゆらぎを見やると見下すように笑う天。ゆらぎは真剣な表情で水の中へ潜っていった。一分をこし、一分半になり……ゆらぎは水から顔を出した。天は勝ち誇った風に目を細めた。……のだが。


「はぁ……はぁ……」


 水から出てきたゆらぎの呼吸は荒く、酷く具合が悪そうだった。その異変に気付いたシソジロウはプールに飛び込むと、ゆらぎを抱きかかえてプールサイドへと降ろす。炉々子と港も心配そうにゆらぎを囲む。シソジロウはもうろうとしているゆらぎの頬を軽く叩く。


「ゆらぎ、ゆらぎ。大丈夫か?」

「あ……シソジロウくん。すみません、無理をしすぎたようです……」


 荒い息をしたゆらぎは潤んだ瞳をシソジロウに向けると、その胸によりかかる。


「シソジロウくんの鼓動が聞こえます……ふふっ、ドキドキしてます……」

「……ゆらぎ」


 傍から見ると、二人は酷く良い雰囲気に見える。目を閉じると、シソジロウの顔に顔を近づけていくゆらぎの唇にシソジロウは指をたてた。


「嘘は駄目だぞ」

「あら……ばれちゃいましたか?」

「ふっ……女優顔負けだったぞ」

「ふふ……じゃあ、キスシーンの続きをしましょうね。シソジロウくん」


 そういうゆらぎだったが、それを他のハーレム部員たちが許すわけもなく。おぼれた演技がバレたゆらぎは美少女たちからの咎めの声にさらされる。


「ず、ずるいですよ!お姫様抱っこされたあげく、キスしようとするなんて!」

「頭に向かうはずの栄養もその無駄な脂肪に行ったんじゃないかしら」

「シソジロウ!わたしもおぼれるから助けて!」


 シソジロウは美少女たちに囲まれながら、ふっと微笑むと呟いた。


「ふー、やれやれだぜ」




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