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8 『大切だから大切』




 ヒュッ!


 コツン!


「ぅッッ!?」


 頭に当たった硬い衝撃に、おもわず俯いていた顔を上げる。


「えっ??えっ…………せ、先生??」


 何の衝撃だったのかはすぐに理解した。マリンは頭をさすりつつ、戸惑いの眼差しをギデオンに向ける。すると……。


「バァァーーーーーーカッッ!!!」


「ばっ!?えっ!……えっ??」


 何を言われたのか理解が追いつかない。


「さっきからグチグチグチグチうるせーんだよ!このアンポンタンがッ!!」


「えっ!?あんぽん……えっ??」


 ダメだ。やっぱり何を言われたのかわからない。


「何があって、そんな捻くれた考え方になってんのかしんねーけどよ。レックスもガキどもも、オマエのこと嫌いになったりするわけねーだろ!」


「えっ…………」


「だいたいなんだ??『みんなから優しくしてもらう資格』ってのは……そんなもんあるかよッ!」


「うぐッ……」


 ギデオンの勢いに、マリンはたじたじになる。何も言い返せない。


「それに、ここに来る前にガキどもと話したんだろ?そのときのアイツらの顔ちゃんと見たのか?」


「えっと……顔、ですか?」


「オマエのことを大切に思っている顔してたんじゃねーのか?」


「そ、それは……」


「それが、オマエがアイツらのことを大切にしてきた証拠だろーが!」


「……ッ!!…………で、でも……もしも(わたくし)の自分勝手な姿を見たら……き、きっとみんな幻滅して……」


「うるせーよ!」


 コツン!


「いたッ!」


 木剣が再び振り下ろされる。


「ちょっと自分勝手な姿見たくらいで幻滅するかよ!……それともなにか?オマエにはガキどもがそんな薄情なヤツらに見えてんのか?」


「そ、それは……」


 もちろん、そんなことはない。孤児院のみんなは全員、心優しい性格なのだ。薄情なわけがない。


「なぁマリン。オマエもガキどもがそんな薄情なヤツらじゃねーってわかってるんだろ?」


「…………はい」


「じゃあ、信じろよ」


「……信じる……ですか?」


「そうだ。ちょっと自分勝手なとこ見せたり、我儘に振る舞ったりしても、オマエのこと嫌ったりしないってよ」


「……で、でも……私は……」


「じゃあ、オマエはガキどもがちょっと我儘に振る舞ったくらいで、嫌いになるのか?」


「……ッ!!」


 そんなわけない。絶対にありえない。みんなマリンにとって可愛い弟や妹なのだ。目に入れても痛くない。多少の我儘なんかで嫌いになったりするわけがない。

 それに、レックスのことも心から……。


「……その顔、やっぱりオマエもわかってんじゃねーか」


「……ぁ…………」


 言葉に詰まる。何を言えばいいのかわからない。


「はぁ、まったく……。マリン、昨日の晩レックスとどんな話をしたのか、言ってみろ」


「…………それは……」


 マリンは昨日のレックスとのやり取りを話す。

 正直、思い出すのも話すのもつらい。なぜなら、この一件でレックスに嫌われたかもしれないからだ。

 ギデオンに、みんなから嫌われるわけがないと言われても、不安なものは不安だ。

 ……もしかしたら、私の顔なんて二度と見たくないかも……。


 マリンは断腸の思いで昨晩のことを伝え、ギデオンの顔をチラッと見る。

 ぽかんとした顔をしていた。


「………………えっ……そんだけ??」


「そんだけって……何を言ってるんですか!……二度と口を聞いてくれなくなるかもしれないのに!……私は……私は……レックスお兄様に嫌われたら……どうすれば……」


 再び涙が込み上げてくる。レックスのこともみんなのことも信じたい。でも、やっぱり怖い。


「おいおいおいおい、マジか…………こりゃー苦労するぞー、レックス……」


 ギデオンは顔に手を当てて何やら呟いているが、まったく聞こえなかった。


「……先生??」


「と、とにかくだ!そんなもん、嫌ったうちに入るかよ!」


「……で、でも……」


「そんなに不安なら、レックスに直接聞いてみたらどうだ?」


「ちょ、直接ってッ!?…………それが、怖いのに……」


「まぁ落ち着けって。レックスがどんなヤツかはマリンもよく知ってるだろ?」


「えっと……は、はい……」


「なら、つべこべ言ってねーでオマエの抱えてる不安を全部アイツにぶつけちまえばいいんだよ」


「えっ!?で、でも、そんなことをしたら、ますますレックスお兄様に……」


 ギデオンは急に何を言い出すのか、驚愕に目を見開きながら不安を口にする。


「おいおい、レックスのことならわかってるんだろ?それとも、オマエの不安を受け止めることすらまともにできねーような、しょーもない男なのか?アイツは?」


「……ッ!!ち、違います!…………違いますけど……」


 挑発的なギデオンの発言に、つい大きな声を出してしまったが、すぐに口籠もる。


「はぁ……オマエがどんだけ不安に思ってんのかはわかんねーけどよ、そんな悠長にしている時間はないんじゃねーの?……明日にはここを出ていくんだから」


「……ッッ!!」


 明日の朝、レックスはこの孤児院を出ていく。自分の夢を叶えるために。

 それは、とても喜ばしいことであり、心の底から祝福したいことでもある……はずなのに。


「選べよ」


「……選ぶ??」


「何もせずにこのまま泣き続けるか。それとも、アイツに抱えてるもん全部ぶつけちまうか、だ」

 

「……ぶつ、ける……ですか…………そ、そんなことをしたら……迷惑に…………」


「はっ、オマエを受け止めるくらいの甲斐性はあんだろ。…………それに、絶対に迷惑に感じねーと思うが」


「……??」


 最後の一言は小声だったので聞き取れなかった。


「と・に・か・く・だ!!オマエはもう少し我儘になった方がいい」


「わ、我儘……ですか……??」


「そうだ。いつも真面目真面目じゃー息が詰まんだろ?おまけに言いたいことも言えねー。そりゃー、変な考えも起こるってもんだ」


「うっ……」


「それに、アイツならオマエの我儘を受け止めてくれると思うしな」


「…………」


 ギデオンの視線の先をマリンも見る。レックスがクラウドとレイン相手に訓練をしている最中だった。

 何度も何度も見たことのある光景。そして、今日で最後になる光景。

 ……レックスお兄様……。


「……行かないで……」


 おもわず言葉が口から出る。


「…………」


「……ッッ!!」


 マリンは咄嗟に自分の口に手を当てた。

 ……そんな!!……私は、レックスお兄様の夢を祝福したい、はずなのに……行ってほしくない、だなんて……。

 無意識のうちに押さえ込んでいた自分の本音に驚愕する。


「いーんじゃねーの?そのまま伝えれば」


「えっ……」


「行ってほしくねーって、オマエは思ったんだろ?じゃあ、そのまま伝えればいいじゃねーか」


「そ、そんなのいけません!!……そんなことをしたら、レックスお兄様の夢を邪魔することに……」


 ギデオンの発言に、声を荒らげてしまう。だが……


「だから?」


「だ、だからって……」


 まるで、なんでもないかのようにあっけらかんと答えた。


「オマエには思っていることをアイツに伝えるかどうかを選ぶ権利がある。それと同じように、アイツには自分の夢をどうするかを選ぶ権利がある」


「で、でも……もしも私の余計な行動のせいで、レックスお兄様が違う選択を…………それで、夢が叶わなくなったら……」


「それは、アイツが選んだ結果なんだから、オマエには関係ねーよ」


「……ッ!?」


「だから、気にする必要ないんじゃねーの?」


「そ、そんなの!……あまりにも……」


 無責任すぎる。


 レックスの夢は強くなって魔法騎士団の団長になること。そして、この国や家族、大事な人たちを守れる男になること。

 そんな将来の夢を昔からそばで聞いていた。マリンは、夢を語るときのレックスの表情を見るのが大好きだった。年上のはずなのに、子供のように目をキラキラと輝かせて将来のことを話してくれる。その姿がとても愛しくて、心が温かくなった。

 それに、憧れでもあった。将来の夢がまだないマリンにとって、明確に叶えたい夢があるレックスはとても輝いて見えた。その夢を心の底から祝福したいと思えるほどに。


 それなのに、そんなレックスの大事な夢の邪魔をするなんて、マリンには考えられない。邪魔をするくらいなら、辛くても、苦しくても、自分の気持ちを押し殺した方がいい。

 だから、ギデオンの言っていることがマリンには理解ができない。無責任だと思う。


「無責任だと思っただろ?」


「…………はい」


 心を見透かしたように問いかけてくる。マリンは静かに首肯した。


「まぁ、オマエならそう思うだろーなー。アイツ昔っから魔法騎士団の団長になりてーって言ってたしよ。俺も何回聞かされたことか…… 」


 ギデオンは苦笑いを浮かべる。


「だから、邪魔したくねーって思うオマエの気持ちもわかんだよ」


「なら……やっぱり私は、自分の気持ちを押し殺してでも、レックスお兄様の背中を押した方がいいんじゃないですか?」


 喋りながら、つい自分の口調が鋭くなっていることに気づく。


「それも有りかもなー。で、そのあとは?」


「そのあとって……?」


「その押し殺したオマエの気持ちはどうなる?」


「……そ、それは……」


 ギデオンが真剣な眼差しでマリンを見る。まるで、自分の見られたくない心の弱いところを見られているようで、目を逸らしたくなる。だが、逸らすことはできなかった。


「それで、オマエは辛くねーのか?苦しくねーのか?」


「ッッ!!…………わ、私が我慢すればいいだけの、話です……何も、問題は……ありま、せん……」


 辿々しく答える。

 気がつけば、木剣で頭を叩かれたときから止まっていた涙が、再び流れ始めている。


「……ぁ……また…………ぅ…………グスッ……ぅぅ……」


 ……行かないで、なんて言えませんよ…………そんなことをしたら、誰よりも優しいレックスお兄様を……困らせて、しまいます……。


 ……ポタ……ポタ。

 涙が地面に落ちる。


「はぁ……だからオマエは、バカでアンポンタンなガキンチョなんだよ」


「……グスッ…………ぅぅ……」


「いいか、マリン。俺もアイツもガキどもも、みんな今まで一緒に暮らしてきた家族だろーが。そんな相手が辛そうな顔してんのに、なんとも思わねーとでも思ってんのか?」


「……ぅぁ……ぅ…………」


 マリンは涙が止まらず、ギデオンの問いかけに答えることができない。


「おらッ、バカマリン!こっち見ろ」


「ぜ、ぜんぜぃ……」


「うおッ!?ひっでー顔ッ!!…………はぁ、まったくよー」


 俯いていた顔を上げる。その顔を見てギデオンは苦笑いを浮かべた。今の自分の顔を見ることはできないが、かなりひどい顔をしていると思う。見られるのがとても恥ずかしい。


「オマエは気づいてないかもだけどな。身近なヤツが辛い思いをしてんのに、それを何も話してくれねーってのは…………けっこう寂しいもんなんだぜ」


「…………」


 最後の一言には、有無を言わせない迫力があった。


 ギデオンは昔のことをあまり話さない。何かを隠している、というわけではないのだろう。おそらく、聞けば昔のことを話してくれると思う。だけど、自分たちが好奇心で気軽に触れてはいけないものだとも思う。それは、たとえ家族だったとしても土足で踏み込んではいけない大切な…………。


「レックスも、マリンからの言葉を待っているはずだ。それに、このままアイツと離れるのは嫌だろ?」


「……ぅ……それは……」


 マリンは、レックスの方を見る。レインと模擬戦をしていた。

 木剣を撃ち合う二人。今のレインみたいに、自分も何度もレックスと模擬戦をした。お互いに技を磨き、力を付けた。そして何より、とても楽しかった。マリンの大切な思い出。


 ……このまま離れるのは……嫌……。


「…………ぁ」


 一瞬だけレックスと目が合う。そして……


「い、いや……です。…………こ、このまま…………このまま!レックスお兄様と離れるのは、嫌ですッ!」


 ギデオンの方を向き、自分の気持ちをはっきりと伝えた。


「決まりだな!」


 ギデオンがニヤリと笑う。


「昼飯の準備とガキどもは俺に任せとけ。オマエはアイツに自分の気持ちを思いっきりぶつけてこい」


「はい!」


 マリンは決断した。今でも少し迷いはあるけれど、自分の気持ちを伝えることはできると思う。


「ひひッ。さっきよりはマシな顔になったじゃねーか」


「そ、そうなんですか?自分ではよくわからなくって」


「全然ちげーよ。この世の終わりみてーな顔してたからな、オマエ」


「うっ……お見苦しいところをお見せして、すみません」


「謝んな謝んな。誰だってこんなときくらいあるってもんよ。それにな、大泣きするオマエの顔もなかなかいじりがいがあったぜー」


 ギデオンは悪ガキのようにニヤニヤと笑っている。


「うぐッ!…………せ、先生、ひどいです……」


「ひひッ。それで、なんて伝えるかは考えてるのか?…………いや、これは野暮だな」


 ギデオンは問いかけを引っ込めるが……。


「いえ…………正直、まだ考え中なんです。もしかしたら、考えがまとまらないまま気持ちをぶつけてしまって、もっとレックスお兄様を困らせてしまうかも」


「おいおい、また弱音か??」


「いいえ、まとまらなくても伝えたいんです。このままなのは嫌なので。それに、少しくらい我儘になってもいいんですよね?」


「おー、いいぜー。むしろ、今までが真面目すぎだったからなー。少しくらい問題ねーだろ」


「ふふ、じゃあそのように。……レックスお兄様にはごめんなさいですけど」


「いーんじゃね?どんどん困らせてやんな!」


 マリンがイラズラっぽく微笑み、ギデオンはヘラヘラと笑う。


「さてと!じゃあ、そこで待ってろ。レックスを呼んで……」


「待ってください。少し()()をしてきます」


「ん??準備??……あぁそーだな、とりあえず顔は洗ってきたほうがいいな」


 涙でベトベトになったマリンの顔を見て答える。


「えぇ、まぁ……そうですね」


「……??」


 マリンの受け答えを聞いて、ギデオンが不思議そうに首を傾げた。


「……まぁ、しっかりと準備してきな。そんでもって、思いっきりぶつけてやったらいい」


「はい、()()()()()()()()()()


「お、おう……気合いは充分みてーだな。頑張れよ」


「ありがとうございます。じゃあ、準備してきますね」


 マリンは群青色(ぐんじょういろ)の長い髪を風でなびかせながら、孤児院の中に颯爽と入っていった。そして……


「…………戦場に向かう騎士みてーな顔してやがったけど……顔洗うだけ、なんだよな??」


 ギデオンの呟き声は、誰にも聞こえなかった。




ーーーーーー




「…………」


「ハァッ!!」


「…………」


「うぐッ!?」


 ……カランッ!!


「クーちゃんッ!!」


「……いてて」


「大丈夫ッ!?怪我はッ!?」


「だ、大丈夫だよ……ありがと、レニー」


「ほんとにッ!?無理してないッ!?」


「う、うん、本当に大丈夫だよ」


「…………あいかわらず仲良いよな、クラウドとレインは……」


 模擬戦でレックスがクラウドの木剣を打ち払い、手から弾き飛ばされた木剣が音を立てて地面に落ちる。

 今回もレックスの勝ちだ。

 そして、駆け寄ってきたレインがクラウドの体を心配する。

 ……いやいや、体には当ててないから。

 模擬戦とはいえ、安全第一。相手が怪我をしないように細心の注意を払っている。今回も手から木剣を弾き飛ばしただけなので、衝撃で手が痺れるくらいはあったとしても、大きな怪我などするはずないのだが……目の前で繰り広げられるやりとりを見ていると、自分が悪いことをしたような気にさせられる。

 まるで、今の自分は二人の仲を引き裂く悪者だ。本当に勘弁願いたい。

 ……ただでさえ、今はヘコんでるってのに。


 昨晩のマリンとのやりとりを思い出す。大切な女性を傷つけてしまった。

 あの時のマリンの悲しそうな表情……レックスにも言い分があったとはいえ、あんな顔をさせるつもりはなかったのに。そして、今朝も……。


「やっぱり、レックス(にぃ)は強いな。全然勝てる気がしないよ」


「そうか?クラウドもだいぶ強くなったと思うけどな。まぁ、負けるつもりはないけどね」


 クラウドは本当に強くなった。まだ八歳とは思えない。嬉しい反面、恐ろしくもある。あと数年もしたら、今の自分に追いついてくるだろう。もちろん、簡単に負けてやるつもりはないが。

 強くなろうとするクラウドを見て、発破をかけられている気持ちになる。

 ……俺も、もっともっと強くならないとな。


「今度は、わたしがレックス兄とやりたい!」


「おっ、次はレインが相手か。いいよ……でもその前に、体をちゃんとほぐしとくんだ」


 レインが元気よく手を上げる。


「えー、大丈夫だよー。レックス兄はほんとに心配性だなぁ」


「えーって言ってもダメだ。ちゃんとほぐしとかないと怪我するから」


「むー」


「そんな顔しても、ダメなものはダメ」


 レインがほっぺを膨らませて不満を訴えてくる。だが、こればっかりはゆずるわけにはいかない。怪我なんかしたら大変だ。


「レニー、レックス兄の言う通りにしないと危ないよ」


「…………わかったよ……クーちゃんがそう言うなら……」


「うん。ありがと、レニー」


 クラウドに諭され、レインは静かに頷く。


「…………俺の言うことも聞いてくれたらありがたいんだけどな…………まぁ、いっか」


 クラウドの言葉に素直に従い、少し離れたところで体をほぐし始めるレインを見て、レックスは苦笑いを浮かべる。

 クラウドとレインの二人の仲が良いのは周知の事実なのだが……目の前でその仲の良さを見せつけられると、余計に昨晩のことが頭をよぎる。そして……。


「…………クラウド……どうすれば、レインとあんな風に仲良くなれるんだ??」


「……えッッ!!?…………レ、レックス兄……それは、どういう意味……??」


 クラウドは、レックスからの急な問いかけに驚きの表情を浮かべる。


「ま、まさか……レニーのこと…………」


「あっ!!いや、ち、ちがッ!そういう意味ではなくてだな!!」


「…………」


 驚きの表情から警戒心たっぷりの表情に変わっていくクラウドを見て、咄嗟に誤解を解こうとする。


「いや、その……二人はいつも一緒にいるからさ……仲を良くするための……秘訣とかってあるのかなと、思って……」


「秘訣??……えっと……ごめん、レックス兄が何を言いたいのか、よくわかんない……」


 誤解は解けたのだろう。警戒心たっぷりの表情から、変な人を見るような表情に変わる。……それはそれで、かなりヘコむ。


「……ク、クラウドにとってレインは大切な人だろ?……だ、だから、そういう人とはどうやって仲良くなるのかな?と、思ってさ」


 質問の意図がちゃんと伝わるように、噛み砕いて説明をする。すると、クラウドが呑み込み顔になり……。


「あー、なぁんだ。マリン(ねぇ)のことか」


「ふごッッ!?」


「レックス兄が急に変なこと聞いてくるからびっくりしたよ」


「…………」


「……レックス兄??大丈夫??」


 クラウドに言い当てられ、激しく動揺する。いきなり殴られたような、そんな気分だ。

 ……そ、そういえば、俺がマリンのこと……す、す、すす……きだってことはみんな知ってるんだっけ……??

 昨晩のギデオンとの会話を思い出す。みんなにバレるような素振りはまったく見せなかったはずなのに……どうしてバレたのか。


「ク、クラウドは、知ってたのか?……お、俺が……マリンのこと……す、す……きだって、こと」


「えっ、もちろん」


「もちろんッ!?」


 クラウドは、きょとんとした顔で答える。


「……えっと、どうしたの?レックス兄?そんなのみんな知ってるよ」


「みんなッ!?」


 昨晩の話でわかっていたはずだが、面と向かって言われるとなかなか堪える。


「…………レックス兄、もしかして……」


 クラウドは、動揺しているレックスの顔を覗き込みながら……


「隠してるつもりだったの??……あれで??」


「うぐッ…………」


 哀れみの表情を浮かべる。

 ……そ、そんな顔で俺を見ないでくれ!頼む!


「と、とにかく!何か仲良くなるためのひ、秘訣とかってないかなッ??」


「…………」


 強引に話題を戻す自分に情けなさを感じる。弟分の前でどこまで醜態を晒せば気が済むのだろうか。


「……秘訣って言われても……レニーは僕にとって大切な人だから、大切にしているだけだよ。レックス兄もマリン姉のこと大切なんでしょ?じゃあ、マリン姉のこと大切にすればいいんじゃないかな」


 クラウドは、体をほぐすために少し離れたところにいるレインを一瞬だけ見て、再びレックスの方を向いて答えた。

 まっすぐな答え。大切だから、大切にする。限りなく単純だが、それ以外の答えなんてないと思わされるほどの説得力を感じた。

 でも、今のレックスは恥ずかしさや気まずさのせいで、その答えに素直に向き合えなかった。


「ま、まだマリンのことをい、言ってるとは……言ってないというか…………」


「レックス兄、どうして隠そうとするの?」


「……ッ!!」


 クラウドにまっすぐに見つめられ、言葉に詰まる。


「レックス兄にとって、マリン姉は大切な人じゃないの?」


「そ、それは……」


 もちろん、大切な人だ。心の底から大切な……。


「…………お、俺は……マリンのことが……た、た……たい……」


「おまたせーッ!!」


「うおッ!?」


「うわッ!?……あ、危ないよ、レニー」


 走ってきたレインがクラウドに飛びつき、レックスの言葉がかき消される。


「大丈夫!大丈夫!クーちゃんがちゃんと受け止めてくれるって信じてるから!」


「い、いや、そういう問題じゃ……」


「えっ、受け止めてくれないの?……そんなぁ……」


「……ッッ!!う、受け止める!受け止めるから!そんな顔しないで!」


 レインの表情が笑顔から一瞬で泣きそうな顔に変わる。


「……じゃあ、次もちゃんと受け止めてくれる?」


「も、もちろんだよ!……で、でも、危ないことはあんまりしてほしくないかな……」


「……やっぱり受け止めてくれないんだ……」


「ち、違うからー!!」


「…………」


 レックスの存在を忘れたかのように、泣きそうになっているレインの誤解を必死に解こうとするクラウド。

 ……俺も、マリンの前ではあんな感じなんだろうか……??


「…………ふっ」


 おもわず笑みがこぼれる。

 さっきまでは、まっすぐに自分の考えを伝えてきたクラウドが、今では見る影もないくらいに狼狽えている。だが、レインを心の底から本当に大切に思っていることはしっかりと伝わってきた。

 ……大切だから、大切に……か。


「う、うん。クーちゃんのこと信じるよ」


「うん!僕は、レニーを悲しませたりしないから!」


 どうやら、二人の話し合いは終わったのだろう。レインは笑顔を取り戻し、クラウドはホッとした顔をしている。


「よし!じゃあ、やろうか!レイン!」


「うん!やろう!レックス兄!」


 レックスはレインに声をかける。元気な声が返ってきた。本当に、コロコロと表情の変わる妹分だ。


「ごめんね、レックス兄。待たせちゃって……あっ、さっきの話は……」


「あー、またあとでな」


「さっきの話??」


「まぁ、男同士の話だよ。レインには内緒だな」


「むー、ズルい!クーちゃん、あとで教えてね!」


「えっと、それは……」


「こらこら……」


 レックスは苦笑いを浮かべながら木剣を構えた。そして、レインに声をかける。


「さてと……じゃあ、いつでもどうぞ」


「うん!クーちゃんの仇はわたしが取るからね!見てて!…………スッ!やーーーッッ!!」


 レインはクラウドに向かって宣言したあと、一瞬だけ息を吸い、こちらに突っ込んできた。


 ガンッ!ゴンッ!ガンッ!


 木剣を打ち合う小気味いい音と……


「……レニー、僕は死んでないよ……」


 クラウドのぼやき声が聞こえた。




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