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6 『死にたくない』




 痛い痛い痛い痛い苦しい苦しい苦しい苦しい痛い痛いいたいイタイ痛い痛い苦しい苦しいくるしいクルシイイタイくるしいくるしい痛い痛いイタイくるしい痛い苦しいイタイ苦しい苦しいイタイ苦しいイタイ痛いいたい!!

 誰か!痛い!誰でもいい!苦しい痛い!誰でもいいから!イタイくるしい痛い!誰か私を助けて!痛い痛い苦しいイタイ痛い!パパ!ママ!痛いクルシイ!この痛みから私を!クルシイ苦しい痛い苦しい!もう痛いのは嫌だ!痛い痛い痛いいたいイタイいたいッ!だれかッ!私を殺してーーッッ!!!




「おい!早く脱げよ!ホープ!!」


「旦那〜、この状態じゃぁさすがに服脱げないんじゃないすか〜?へへへッ」


「ぎぃッがばッ!?ァァァあああー!!」


 叫び声が響き渡る馬車の中、少女の地獄は続いている。いったいどれくらいの時間が過ぎただろうか。

 男二人は、この苦しみを止めるつもりがないのだろう。まるで喜劇でも見ているかのように、のたうち回る少女を眺めながら談笑を続ける。


「んなもん関係ねぇ!俺が脱げと言ったら脱ぐんだよ!おい!ホープ!十秒以内に脱がねぇと今の倍の強さにしてやるからなッ!!……十!……九!……」


「あちゃ〜。ホープちゃん、マジどんまいっす」


「いぎゃあああァァァ!!だべェがぁぁああ!!」


 粗野な男がカウントをとり始める。

 だが、喉がつぶれるほど叫び声を上げている少女には、その声は当然届かない。

 できることがあるとすれば、この痛み苦しみが終わるまで耐え続けることだけだ。


「……七!……六!……五!」


「助けてあげたいのはやまやまなんすけどね〜」


「何言ってんだ!この偽善者が!ほんとはもっと見たいくせによ!」


「あれ??バレちまいやした?」


「けっ!ほんといい性格してやがる!……三!……二!……一!……ゼロ!!」


「あ〜あ。ご愁傷様っす、ホープちゃん」


「俺様の命令が聞けない恩知らずなヤツには罰を与える!」


「あがッッ!!?……えっ!?えっ??」


 全身を駆け巡っていた痛みが唐突に無くなる。もう終わったんだ……そう思った。

 一瞬、こちらを見る粗野な男と目が合う。


 ……違う。


 あの目は、苦しみを止めてくれるようなそんな目なんかじゃない。もっと酷いことをしようとしているそんな目だ。

 ……い、嫌だ。やめて。もう酷いことしないで。痛いのは、痛いのはもう嫌なの。お願い。お願いします!なんでも言うこと聞きますから!だから!だからお願い!もう私に酷いことしないで!

 少女の心の中に渦巻くのは、声にならない恐怖だった。男たちに心の中で訴えかける。声が出ない。怖い。

 恐怖で全身が震えた。


「あらら、震えちゃって。可哀想に……おや??」


「ぃ、いや……」


「……ッッ!!おいッ!!何やってんだテメーッッ!!」


 少女は恐怖のあまり失禁してしまう。

 それを見た粗野な男は、思いっきり少女の檻を蹴り付ける。


「ひぃッ!!?」


「俺様の馬車の中で漏らしやがって!!クソ汚ねぇんだよ!このメスがッッ!!」


 ガンッ!ガンッ!ガンッ!

 粗野な男は、何度も何度も檻を蹴り付ける。


「ご、ごめん、なさい!そ、掃除します!あとで、ちゃんと、掃除します、から!ゆ、許して、ください!お願い!お願い!お願いします!」


 少女は震えながら必死に声を出す。


「んなもん当たり前に決まってんだろうがッッ!!クソ頭にきた!倍なんかじゃ足りねぇ!十倍の強さにしてやる!覚悟しろやッッ!!」


「さっきの十倍っすか〜。いったいどうなるのか気になりやすね〜。年甲斐もなくワクワクしてきたっすよ、ヘヘヘッ」


 少女の懇願は届かなかった。


「いや、いやいや!やめて!やめてぇッ!」


 誰も少女を助けようとしない。それどころか、苦しむ姿を楽しんでいる。

 少女にとって、目の前にいる男たちは『怪物』だった。人の姿をした怪物。理解などできない。できるわけもない。こんなにも苦しいのに、こんなにもお願いしてるのに、苦しむ姿を見て笑っていられるこの男たちがただひたすらに怖い。

 ……誰か助けて!

 何度も何度も何度も何度も、願った。願い続けた。でも、その願いが叶うことはなかった。


「苦しめッッ!!!」


「いやぁぁぁァァァーーーーーーッッッ!!!」


「ッッッーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 少女の叫び声を掻き消すように、人間ではない生き物の唸り声が聞こえた。




「ッッ!?ぇ……い、痛みが……??」


 少女は叫び声を上げていたため気がついていない。だが、男たちは違う。


「なんだッ!!?なんだ今のは!?」


「わ、わかんねっす!……ま、まさか、魔物??」


「魔物だとッ!!?この辺は出ないんじゃなかったのかッ!!?」


「そ、そのはずっす!」


 少女のことなど忘れ、焦り始める二人。少女は状況が飲み込めずにいる。

 ……もしかして、助かったの??


「お、おいッ!!確認してこいッ!!」


「へ、へいッ」


 陰湿な声の男が御者台の方へ向かう。

 この馬車には、少女と粗野な男と陰湿な声の男、そして、御者の男が乗っている。少女以外の()()たちは、()()()()でアジトに向かっていた。

 この馬車は、アジトに向かう道の中で魔物が出ない最も安全な道を選んでいる。……はずだった。

 当然、魔物が出ないことを信じて疑わなかったため、対抗する備えなどはない。せいぜい、狩猟に使うための銃がある程度。その銃も、正しい使い方をしたことは一度もない。不要になった()()()()()するために、遊び感覚で使っていただけだ。そんな人間がいざという時に正確に銃が使えるわけもない。

 もっとも、魔物相手に狩猟用の銃など役には立たないが。


「クソッ!クソッ!クソがッッ!!……こんなことなら、こっちにも囮を用意しておけばッ!!」


 ……おとり??いったい何が起こって……??

 少女の目の前でみるみる青ざめていく粗野な男。震えた手つきで狩猟用の銃に弾を装填している。よっぽど焦っているのか、手から弾が滑り落ちていく。


「クソがッ!クソがッ!クソがッ!」


 転がっていく弾を拾うために地べたを無様に這いずり回る粗野な男。

 そんな姿を見ながら、少女は男たちの会話を思い出す。……少女以外の商品をどうするか。


 少女たちが暮らすこの国は、奴隷制度を固く禁じている。国家直属の魔法騎士団が取り締まりを厳しくしてくれているおかげで、奴隷として売られる子供たちの数も他国に比べてかなり少ない。

 だが、それでも全ての奴隷を解放することはできていない。この男たちのように、魔法騎士団の隙をついて逃げ切る者たちがいるからだ。

 粗野な男と陰湿な声の男は、追っ手がこちら来ないように他の仲間たちを数台の別の馬車に乗せ、違うルートでアジトに向かうように指示している。ちなみに、他の奴隷たちも一緒にだ。

 そのルートは魔法騎士団の拠点が近い道だったり、厳重に警戒されている大きな町の近くの道だったり、()()()()()()()()()()だったり。

 当然、他の仲間たちは反発したが、もしアジトに到着できた場合に高い報酬を出すと粗野な男はみんなに約束した。もちろん、その約束を守る気はまったくないのだが。

 元々、危険な行為をして金を稼いでいる者たちだ。約束が守られるかどうかよりも、目の前にチラつかせられた金に目が眩み快く承諾した。


『最悪、たどり着いたヤツらがいたら、ぶっ殺せばいい!!金は全部俺様の物だ!!あぁ!奴隷どもはちゃんと回収な!!……あん??奴隷も死んだら?そんときゃ!適当な町からツラの良いガキを攫ってくりゃいいんだよ!!』


 粗野な男の会話を頭の中で反芻する。

 この男に対して感じる感情は、怒りよりも恐怖だ。怖い。仲間だろうと小さな子供だろうと平気な顔で手にかける。そんなことができてしまうこの男が、少女はただただ怖かった。

 他の奴隷たちの心配もないわけではないが、それを遥かに上回る恐怖心が少女の心をがんじがらめに縛った。

 ……もしこの男が死んでくれたら……。

 ふと頭の中を一つの考えがよぎる。

 そもそもこの男がいなければ、少女は家族と平和に暮らせていた。全てを奪った元凶がこの男だ。少女の中で怒りの感情が湧いてくる。今目の前で無様に這いずり回っている男。そして、その仲間たち。

 ……みんな死んでしまえばいいのに。


「クソッ!クソッ!なんでこんなことにッ!!……あ」


 一瞬、粗野な男と目が合う。


「そうだッ!!ホープッ!!テメーの力で……」

 

「うぎゃァァァぁぁぁぁぁぁーーー!!!」


 粗野な男の声を掻き消して、悲鳴が鳴り響く。

 ……ッ!?い、今のは何!?


「だ、旦那ッ!!魔物が!魔物がッ!!す、すぐそこまで!!アイツと馬がッ!!」


「なんだとッ!!?」


 陰湿な声の男が叫びながら、馬車の中に入ってくる。その表情は怯え切っていて、いつもの余裕はどこにもない。そしてなにより、その姿は全身血に染まっていた。


「…………はっ」


 少女は息を吐くように一瞬だけ笑った。今の状況を全て把握したのだ。

 おそらく、御者の男と馬は魔物に殺されたのだろう。そして、この馬車には魔物に対抗できる物など何もない。粗野な男は狩猟用の銃に弾を込めていたが、そんな物が魔物に通用しないことは子供だって知っている。熊や狼相手に水鉄砲で対抗するようなものだ。


 この馬車に乗っている者は全員殺されるだろう。

 ……あぁ、やっと死ねる。…………でも……その前に、コイツらの死に顔を拝んでやる!!

 少女の中にドス黒い感情が渦巻く。それに呼応するように……


「ッッッーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 魔物の唸り声が鳴り響く。

 ガチャンッ!!ドゴッ!!ガチャッッ!!


「ひぃッ!だ、旦那ッッ!!」


 魔物が馬車の壁を破壊して中に入ってこようとしていた。壊れた壁の向こうから、禍々しい気配を感じる。少女には、その気配が女神様からの救いのように感じた。

 ……早く、早くこの男たちを殺して!!


「おいッ!ホープッ!!テメーの力で魔物を殺せッ!!できんだろッ!早くしろッ!!」


「そ、そうだ!!その手がありやした!ホープちゃん!早く魔物をやっつけてくれないかな!そうすれば、これからは苦しい思いをしないようにしやすから!」


 ……何を言ってるの??

 少女はこの男たちが言っていることが理解ができない。そもそも魔物に対抗できる手段なんて持っていない。もしそんな力を持っているのなら、こんなところなどとっくの昔に逃げ出している。それに、仮に持っていたとしてもコイツらを助けることなど絶対にしない。


「おいッ!!早くしろッ!!」


 ガチャ!

 粗野な男がポケットに入っていた鍵で檻を乱暴に開ける。

 ……開いた……でも、どうせ逃げられない。


「ホープッ!!」


 開いた檻の入り口から手を突っ込み、少女の体を鷲掴みにしようとする。だが、粗野な男の短い腕では届かない。


 ガシャンッッ!!バキバキッ!!


 魔物の巨大な口が馬車の中に入ってくる。その口は真っ赤に染まっていた。


「ひやぁぁ!?もうそこまで!!ホ、ホープちゃん!お願いだよ!は、早くやっつけてくれないかな??」


 ……私のことは助けてくれなかったのに?都合良すぎじゃないの?

 陰湿な声の男は、精一杯丁寧にお願いしているつもりなのだろう。その姿を少女は冷めた目で見る。

 『死』が間近に迫っているのに、少女の心は限りなく冷静だった。


「おい!これを持ってろ!」


「へっ??だ、旦那??」


 粗野な男は、狩猟用の銃を陰湿な声の男に押し付ける。


「これで時間を稼げ!」


「な、何言ってんですかぃ!?こんなんじゃ、相手になんないっすよ!」


「いいからッ!!時間を稼げって言ってんだろうがッッ!!」


「うわッ!?」


 そう言って、陰湿な声の男を魔物の方へ突き飛ばす。そのまま、真っ赤に染まる巨大な口の目の前まで……。


「……ひぃッ!!?く、来るなぁぁァァーーー!!!!ふぎゃッ……」


 そして、銃を構える間もなく魔物の新たな餌食になった。


 ぺちゃ。ぺちゃ。ぺちゃ。

 まるで、子供が泥遊びでもしているかのような音が馬車の中で鳴り響く。


「ぷっ」


 あれだけ少女を苦しめていた陰湿な声の男の断末魔の叫びを聞いて、おもわず吹き出してしまう。

 ……嫌な女になったな……でも、もうどうでもいいか。

 人の死を見て笑ってしまった自分に、一瞬だけ罪悪感を覚えたがすぐに霧散した。

 ……だって、私もすぐに死ぬから。


「おいッ!早くあの魔物を殺せッ!!」


 ……あぁ、まだコイツがいたか……コイツの死に様だけは絶対に見とかないと。


「いやよ」


 自分が突き飛ばした陰湿な声の男のことなど目もくれず、ひたすらに少女に手を伸ばし続けている。

 そんな粗野な男に冷たく言い放つ。


「は、はあ!?いやだとッ!?テメーッッ!!ふざけてんのかッ!!!」


 粗野な男は隷属の指輪を見せつけてくる。だが、


「やれるもんなら、やってみなさいよ」


 死を覚悟している少女には通用しない。


「ホープ!!テメーも死ぬことになるんだぞッ!?」


「ええ、そうね。私もアンタもここで死ぬの」


「な、何言ってんだ……テメー」


 いつもとは違う少女の雰囲気に粗野な男は戦慄した。

 そして、その姿を見て少女は溜飲を下げる。


「ほんといい気味。ずっとこんな日が来ないかって願ってたから、凄く嬉しいわ」


「は、はぁッ!?」


「これは罰よ。アンタが今まで苦しめ奪ってきたみんなからの罰。しっかり味わいなさい」


「ホ、ホープ!テメーッッ!!」


 粗野な男は叫び声を上げる。そして、陰湿な声の男を食べ終えたのか、魔物が檻の近くまで迫ってきていた。


「……ふふふ。ははは!あははははははッッ!!ほんっと!いい気味ッ!!」


 粗野な男の叫ぶ姿を見ながら、少女はおもわず高笑いする。


「ホープ!!誰が育ててやったと思ってんだッ!!いいから魔物をころ……」


「ふざけないでッッ!!!」


 怒りに震えた少女の叫びが粗野な男の声を掻き消す。


「アンタが!アンタたちがいなければ!私は家族と幸せに暮らせていたのッ!!私を家族から引き離したのはアンタでしょッッ!!その報いを受けろッッ!!」


「な、なんだとッッ!!ホープッッ!!テメーッッ!!」


 怒りで顔を真っ赤にしながら少女の名前を叫ぶ粗野な男。

 そして、魔物の牙がそのすぐうしろまで近づく。ゆっくりとその巨大な口が開かれて……


「地獄に落ちろッ!このクソヤローーーッッ!!」


「ホーーープーーーァァァッッッ!!!はぎゃッ」


 閉じる。

 粗野な男の体は、まるでトマトを壁に投げつけたみたいに弾けた。

 少女は生暖かい赤色の液体を全身にかぶる。


「ひっ……」


 恐怖心が少女の心を支配した。




 ……死にたくない。

 ほんの一瞬前まで、死を覚悟していた。受け入れるつもりだった。憎い男たちが死んでいくのをこの目で見る……それで満足だったはずだ。


「ぃ、ぃや……」


 真っ赤に染まった少女は震えながら、小さく呟く。

 目の前に本物の『死』がある。今まで受けてきた死ぬほどの痛みや苦しみなどではない。本物の『死』が。


 ばきッ。ぼきッ。ぐぢゃ。ぺちゃ。ぺちゃ。ぺちゃ。

 と、音を立てながら、魔物はその巨大な口で粗野な男だった物を捕食している。

 ……次は私の番……い、いやだ!

 ……死にたくない。

 魔物は目の前の肉を食べることに集中しているのか、少女に目もくれない。だが、それが終わったら必ずこちらを襲ってくるということは容易に想像がつく。粗野な男の末路、それを目の前で見続けている。逃げたい、この場から今すぐ逃げたい。でも、体が思うように動かない。男の肉片はあと少ししかなかった。


 ……う、動いて!動いてよ!私の足ッ!お願いッ!!

 ……死にたくない。

 パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 震えて動かない自分の足を何度も何度も叩く。でも、動かない。立ち上がることもできない。

 ふと、足元に転がる真っ赤に染まった指輪を見つける。さんざん少女を苦しめてきた隷属の指輪。おもわず、手を伸ばす。

 ……もう二度とこれを誰にも使わせない。

 指輪を掴み、顔を上げる……魔物と目が合った。


「ぁ……」


 指輪に気を取られている一瞬のあいだに魔物は粗野な男を食べ尽くしていた。


「ッッッーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 ……死にたくない!

 少女は逃げようとする。動けない。

 魔物の巨大な口が迫ってくる。檻を壊すために大きく口を開けて、閉じる。

 バキバキッッ!!!ドゴッッ!!!ドスンッッ!!!


「きゃッッ!!?いやァァァッッーーーーー!!!ガハッ!?」


 耳を塞ぎたくなるほどのデカい音を立てて、鉄製の檻を噛み砕く。次に、魔物は中に入っている()を取り出すため、檻を壁や床に叩きつける。どんどん崩壊していく馬車と檻。そして、少女の体は檻の外へ放り出されて、その勢いのまま馬車の壁に思い切り激突し、大きく息を吐いて床に倒れる。魔物が大きく口を開けてこちらに近づいてきていた。もう少女の身を守る物は何もない。

 ……痛い!痛い!痛い!

 ……死にたくない!死にたくないッ!

 少女は、痛みを覚えながらもその場から逃げようとする。すると……


「ぁ……動く」


 痛みで震えが止まったのか、体が動くことに気づく。

 そして、ちょうどすぐそばに少女の()()()()なら、ギリギリ通れる穴を見つける。魔物が檻を壁に叩きつけたときにできた穴だ。

 ……こ、これなら逃げられる!急がないとッ!!

 ……死にたくない!死にたくない!

 迷わず穴の中へ!魔物はその巨体のせいで馬車の中で身動きができず、少女を逃してしまう。


 少女は外に出て、馬車から少し離れたところでちょっとだけ振り返る。

 目に映るのはボロボロになった馬車で、御者台の方は人間か馬か見分けがつかないくらいにぐちゃぐちゃになった肉片だけが見えた。当然、生き残りはいない。

 ……早く逃げなくちゃ!

 ……死にたくない!

 少女は馬車から目を離し、逃げるために正面を見る。


「森……??それに、雨も……」


 ……死にたくない!

 目の前に映るのは、雨の降る真っ暗な森。月明かりすらない。

 この状態で森に入るのは危険だ。元々、馬車でここまで来たのだ。森に入らず街道を通って逃げよう。そう思い、もう一度馬車の方を振り返った瞬間……


 ガシャッッン!!!

 馬車が崩壊し、魔物が顔を出す。


「ひっ!!」


 ……死にたくない!死にたくないッ!

 再び魔物と目が合う。そして……


「ッッッーーーーーーーーーーーー!!!!!」


 唸り声を上げて、こちらに向かって走ってくる。街道まで戻ることはできない。

 ……死にたくないッ!死にたくないッ!

 少女は、真っ暗な森の中に飛び込んだ。




 死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!死にたくない!


 少女はひたすらに逃げる。すぐ目の前もまともに見えない真っ暗な森の中を逃げる。何度も何度も何度も何度も木にぶつかり、枝などで傷をつくったりもした。それでも、止まらなかった。すぐうしろに『死』が迫っていたからだ。

 止まったら死ぬ。止まれない。いつまで続くかもわからず、ひたすらに逃げ続けた。


 ドンッ!

 また木にぶつかる。痛いはずなのに、痛みを感じない。

 ……死にたくないッ!

 少女の全身は傷だらけだ。血も流している。もはや、全身の赤い液体は、粗野な男のものなのか自分のものなのかさえわからない。でも、そんなものは今はどうでもいい。

 ……死にたくないッ!死にたくないッ!

 死への恐怖が少女の心を支配していた。


 頭ではわかっていた。あの魔物から逃げ切ることはできない。きっと、少女の末路も粗野な男たちと同じになる。

 ……死にたくない!

 もうじき死ぬからなのだろうか……逃げ続けながら、走馬灯のように幼かった頃の記憶が蘇る。

 ……パパ。ママ。

 ……死にたくない!

 両親との記憶。家族との生活は少女にとって幸せそのものだった。二人から愛されて、少女も二人のことを愛していた。このまま大人になって、大切な相手ができて、子供もできて、両親のようにその子供を愛して……いつまでもいつまでも家族みんな仲良く暮らしていく。幼い頃の少女はそんな未来を疑わなかった。

 ……どうして。どうしてなの??

 ……死にたくない!

 それを、粗野な男たちに奪われた。ただ両親と幸せに暮らしていただけなのに。何も悪いことはしてないのに。

 少女が暮らしていた小さな集落は火に包まれた。両親と離れ離れになって、二人が生きているかどうかも分からない。でも、おそらくもう……。

 ……私が何をしたっていうの?何も悪いことなんてしてない。

 ……死にたくない!

 そこからの人生は凄惨の一言。もしも地獄があるとすれば、あの檻の中がそうなのだろう。

 来る日も来る日も男たちの見せ物にされて、粗野な男の機嫌が悪ければ苦しみや痛みを与えられる。

 そんな日々だった。どうせ両親に再会することができないのなら、いっそのこと殺しほしいと何度願ったことか。

 ……どうして、みんな私をいじめるの?どうして、みんな私にひどいことをするの?どうして、誰も私を助けてくれないの?

 ……死にたくない!


 ドスンッッ!!!……ガサッ!

 木に激突する。そして、少女の小さな体は木の枝に引っかかってしまう。

 ……に、逃げなくちゃッ!!

 ……死にたくないッ!死にたくないッ!

 

「ぇ……あれ??」


 体が動かない。

 いくら恐怖で痛みを感じにくいとはいえ、少女の体はすでにボロボロで立ち上がる力もほとんど残っていなかった。

 なんとか体を起こし振り返る。魔物が巨大な口を開けて迫ってきていた。

 ……あぁ、死ぬんだ私。

 ……死にたくない!死にたくない!


「いやだよ」


 ……パパ、ママ、会いたいよ。

 ……死にたくない!死にたくない!


「いや、いやいやいやいやッッ!!!」


 ……最後にパパとママのお花の魔法が見たかったな。

 ……死にたくない!死にたくない!

 少女は、両親の花を咲かせる魔法が大好きだった。どんなところでも綺麗な花を咲かせる魔法。その魔法を見ながら、母親の膝に乗り、すぐ横に座っている父親に頭を撫でてもらう。それが少女の一番の楽しみだった。


 ……死んだら、パパとママに会えるかな?

 ……死にたくない!死にたくない!


「来ないで!来ないでッッ!!」


 あと少しで魔物の巨大な口と牙の餌食になる。少女は必死に叫ぶ。だが、当然魔物の足は止まらない。


「いやだ!いやだいやだいやだッ!死にたくないッ!死にたくないーーーッッ!!!」


 『死』は少女の願いを聞いてくれなかった。




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