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5 『ある少女の人生』




 ガタガタ、ゴトゴト、ガタガタ、ゴトゴト。

 ある少女が、揺れる馬車の中から外を眺めている。……外の景色は()()()()だった。

 いつもより馬車が揺れる。道の舗装があまりされていないところを通っているのだろう。王都ではそんな道はありえない。ということは、人の手が行き届かないほどの田舎の道を通っているのかもしれない。……まぁ、どうでもいいが。


 少女にとって、人生とは『灰色』だ。

 そこに意味などない。


 そう、人生に意味はない。なんの価値もない。ただ、生きるだけ……それだけだ。

 こんな価値のない人生なら今すぐ死にたい。どうせ生きていても何もないのだから……でも、死ねない。それは、決して死ぬ勇気がないわけではない。……ただ、死ぬことが許されていないだけだ。


「……死にたい」


 いつの間にか口癖になっていた言葉を呟く。……どうせ叶うことはないのに。


「……ふっ」


 そんな自分がひどく滑稽で、笑けてくる。

 少女にとって『生きる』とは、どこまでも残酷なことだった。




「あ〜、クソがッ!揺れすぎだろ!この道はよ!」


 男の声が響く。


「気分悪くなってきたわ!あ〜、クソがよッ!あとどんくらいで目的地に着くんだ?あぁ!」


 粗野な男の声、ただただうるさい。


「すいやせん、旦那。この森を抜けたら着く予定なんで、もうちっと辛抱してくだせ〜」


 もう一人、男の声。粗野な男に媚びるような陰湿な印象の声。


「けっ、変なとこにアジトを作りやがってよ!王都の近くでもいいだろうがよ!」


「いやぁ、最近は王都の近くも厳しいもんで……近くにあった()()のアジトが、王国の魔法騎士団に壊滅させられたとかなんとか」


「はっ!運のねぇヤツらだな!そのマヌケどもは!」


「まぁまぁ。そのマヌケたちのおかげで、ワシらは違うアジトに移動して次の対策を練ることができるんすから、感謝してやらないとバチが当たりやすよ」


「感謝ねぇ……ふふふ、ははは、あ〜はっはっはっはっはっ!!運のねぇマヌケどもにかんぱ〜いッ!!」


 粗野な男は、手に持っていた酒の入った瓶を傾ける。すると……


「うわっぷ!……クソがッ!こぼしちまったじゃねーかッ!!」


 馬車が揺れて、酒を少しこぼしてしまった。


「あ〜、クソがッ!落ち着いて酒も飲めやしねぇ!なんで、この俺様がこんな目に!……何もかもあの頭の悪いバカな国王のせいだッ!!」


 ドン!ガチャン!!

 そう言うと、目の前にあった椅子を蹴り付ける。蹴られた椅子は大きな音を立てて馬車の床を転がる。いつもの見慣れた光景だ。

 その男は、何かあるとすぐ物に当たる。本当に乱暴な人間だ。せめてもの救いは、少女に対して()()()()()危害を加えてこないこと。


「おっとっと。落ち着いてくだせ〜、旦那」


 転がる椅子に荷物が当たらないようにどかしながら、粗野な男を宥める。


「あ〜、これが落ち着いてられっかよ!あのバカ国王、何様のつもりなんだ!あぁ!とっととくたばっちまえよ!!」


「へへッ。旦那〜、あの国王様は常に民のことを考えてくれている素晴らしくて偉大なお方ですぜ。そんなお相手に酷いこと言ってちゃぁ、本当にバチが当たっちまいやす。まぁ、ワシらみたいなのからすりゃぁ、いなくなってくれた方がありがたいのは確かですがね〜」


 陰湿な声の男が、ニヤニヤしながら答える。


「はっ!!当てれるもんなら当ててみろってんだ!バチでもなんでも受けてやるよ!それであのバカ国王がくたばってくれるならなッ!!」


「へへへッ」


 ゴクゴクゴク。

 粗野な男は酒瓶を豪快に傾け、陰湿な声の男はニヤニヤと笑う。


「あ〜!クソがッ!むしゃくしゃしてきた!!…………そうだ!()()()()()()でも見るか!」


「そいつぁ、いいっすね〜」


 粗野な男は立ち上がり、こちらに歩いてくる。


 ……あぁ、またか。


 檻の中から男を見る。

 いつ見ても醜い姿だと思う。仕立ての良い服を着ているはずなのに、でっぷりとした腹の肉がベルトの上に恥ずかしげもなく乗っかっている。その綺麗な服と醜い肉体のアンバランスさがなんとも気持ち悪くて吐きそうになる。ジャケットとシャツとズボンは、はち切れそうなくらいにパツパツで、顔は脂ぎっていてテカテカに光っている。その上、これ見よがしに金ピカの指輪やらネックレス、ブレスレットなどをジャラジャラと身に付けている。さぞ高級な物なのだろう。……もちろん似合ってはいないが。

 何本ものネックレスの中にちらりと()()が見えた。少女にとって、憎くて憎くて仕方がない指輪。


 男は首から下げている指輪を指でつまむと、


()()()!脱げ!」


「……はい」


 少女に見せつけながら命令する。


 粗野な男にとって、この少女は一番のお気に入りだ。

 その理由の一つは、少女の美しさだろう。神秘的なその姿は、男女問わずいろんな人間を魅了した。そして、たくさんの視線に晒された。もう見られていないところなどないくらいに、好奇の目で体の隅々を見られた。

 最初のうちは見られることにも抵抗があったが、嫌がるたびにこの男から罰が下る。そのうち抵抗する気力もなくなり、裸を見られることに何も思わなくなってしまった。

 少女は人間が嫌いだ。とくに男は大嫌いだ。少女の肉体を見るときの、舐めまわすような男たちの下卑た視線。その視線から、ドロドロとした感情が伝わってくる。自分たちの欲望を満たすだけの玩具を見ているような、ただ男たちに都合よく使われる道具なんだと思い知らされる視線。

 そんな視線に晒され続け、いつしか人生に希望を持てなくなった。もしも自分が醜い姿なら……と、何度も考えたことがある。少女にとって、『美しさ』は絶望をもたらす呪いでしかなかった。

 そして、今からその視線を向けられる。だが、おそらく今日は()()()()()()では済まないだろう。嫌な予感がして体に力が入る。その状態のまま、身に付けているボロボロの服に手をかけた瞬間……


()()()


「えっ」


 粗野な男から呟き声が聞こえて、気の抜けた声を出してしまう。そして……


「……ッッ!?あああああぁぁぁぁぁアアアアアぁぁぁーーーッッッ!!?」


 少女から悲鳴が上がる。


「あれ〜??いつもみたいに服を脱ぐまで待たなくて良かったんですかぃ?それに、今日はなんだか……」


「はっはっはっはっはっ!!苦しみ悶えながら全裸になっていく()()を見たくなってな!あとは、むしゃくしゃしてたからいつもより()()()()強めにしてんだ!たまには、趣向を変えんのも悪くないだろ!……おいッ!何やってんだッ!早く脱げッ!」


「旦那〜、間違いなく地獄行きですぜ〜」


「ガアアアッッッ!!ギッッガッッ!?ああああああーーー!!?」


 少女はのたうち回りながら叫ぶ。美しかった顔をぐちゃぐちゃに歪め、目から涙を鼻から鼻水を口から涎を垂らしながら無様に踊る。そこに、もはや人権などなかった。少女はこの男たちを楽しませるだけのただの道具でしかない。


「はっ!この世にそんなもんはね〜んだよ!それに飯食わしてやってんだ!むしろ天国行きじゃなきゃおかしーだろ!はっはっはっ!!」


「ですってよ、ホープちゃん。……あ〜あ〜可哀想に泣いてらぁ。それにしても、とびっきりな別嬪さんが苦しむ姿ってのは、なんかグッとくるもんがありやすね〜。へへへッ、もっと痛めつけたくなるっつ〜か」


「だっ!ぇがッ!!だっあああぁぁぁぅぅぅッ!!でぇぇぇェェェ!!?」


「おいおい!地獄に行ったほうがいいのはテメーのほうじゃねぇのか!」


「そんときぁ、一緒に行きやしょうや」


「パぁぁぁ!!んマッあああああ!!!」


「テメー、一人で行きやがれ!」


「つれないっすね〜、旦那〜」


「ああああッッッ!!があああぁぁぁ!!ごぉッ!でえええぇぇぇッッッ!!?」


 まるで吟遊詩人の歌を聴いているかのように、少女の叫び声を聞きながら談笑している男たち。助けてくれる者など誰もいない。だが、少女は叫び続けた、痛み苦しみから逃れるように……そして、誰に届くかもわからずに。


「ところで旦那〜、今日はどのくらい強めにしたんです?」


「あぁ??この指輪じゃなきゃ、()()()()()()()()の強さだな!」


「ひぇ〜、さすがにホープちゃんに同情しやすよ」


「はっ!苦しんでるコイツ見て興奮してるヤツがよく言うぜ!」


「へへッ。そりゃちげ〜ねぇっす」


「あああッッッ!?ガフッ!……ごガァァぁぁ!!」


 『隷属の指輪』、粗野な男が持っている指輪の名前だ。

 この指輪は対象を意のままに操ることができる。

 本来は、冒険者などが魔物を操り、違う魔物と戦わせながら安全に依頼を達成させるための物。だが、魔物以外に使用する者がごくまれにいる……この男のように。

 この指輪の恐ろしいところは、対象を操るだけでなく、痛みや苦しみを与えることもできるところだ。これは、操ったあとの魔物がこちらを襲ってこないように恐怖心を植え付けるためのものらしい。

 そして、操られた魔物を次も利用することができるように、どれだけ酷い痛みだったとしても怪我をしたり死んだり、精神が壊れることなどもない。……命を落としてしまうほどの激痛だったとしてもだ。

 使用時の()()()、それがこの指輪のもっとも恐ろしいところなのだ。


 痛みで気を失うこともできず、精神が壊れることもない。正気のまま、使用者が望むあいだは決して休むことなく痛みを感じ続ける。もしも痛みで死ねるのなら、少女にとってどれほど幸福なことなのだろうか。


「……それにしても、皮肉なもんすね〜」


「あぁ!何がだ??」


「昔、聞いたことがあるんすけど、どっかの国では『ホープ』ってのは『希望』って意味らしいですぜ〜」


「ぷっ!あ〜はっはっはっはっ!!おいおい!それほんとなのかよ!!コイツの人生のどこに希望があるってんだ??まったくテメーの両親もひでー名前付けるよな??なぁ!ホープ!」


 粗野な男は吹き出して笑う。


「まぁまぁ、ご両親がせっかく付けてくれた名前なんすから、笑っちゃ可哀想ですぜ〜。なぁ、ホープちゃん」


「これが笑わずにいられるかよ!!か〜!こりゃ傑作だ!!」


 二人の男が少女の名前に対して嘲笑する。

 だが、少女にその声は届かない。


「ぎぃやァァぁぁ!!ぐぅぅぎゅゥゥゥがぁッッ!!?」


 永遠にも感じる時間の中で、ただただ悲鳴を上げながら牢屋の中を転がり続ける。


 これが、この少女の『人生』だった。




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