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3 『お酒は十五歳から』




夕食から少し時間がたったあと、子供たちは自分の部屋に戻っている。子供たちがいたときと比べて嘘のように静かな食堂の中で、ギデオンは一人お酒を飲んでいた。


「かーッ!やっぱ一日の終わりはこれがねーとな!」


「ふふ。先生、あんまり飲み過ぎたらダメですよ」


 厨房から歩いてくるマリンが冗談まじりに注意する。


「へー、へー、分かってますよー」


 そんなマリンにおざなりに返事をした。


「もー、先生」


 マリンは思わず苦笑いする。そして、


「これ、夕飯の残り物で作ったんですけど、おつまみにどうぞ」


 手に持っていた皿をギデオンに差し出す。


「おぉ!サンキュー!…………んっ!?こ、これは」


 ……う、美味い!


「お口にあいますか?」


「あぁ…………また腕を上げたな、マリン」


「ふふ、お粗末様でした」


 料理の腕に関してはギデオンもかなり自信があるのだが……その自信がなくなってしまいそうなくらいにマリンは料理の腕を上げた。


「……もう料理に関しちゃマリンに敵わねーな」


「そんなことありませんよ。先生の料理も凄く美味しいじゃないですか。そもそもわたくしに料理を教えてくれたのは先生ですし。それに、先生の料理はみんなにも大人気なんですよ」


「…………」


 この孤児院では基本的にご飯は当番制になっていて、くじ引きで決めている。複数の棒に二本だけ色が塗ってあって、それを引いたニ人が当番だ。一人がメインで調理をし、もう一人がお皿の準備などのフォローをする。

 当然、アタリの人の日もあればハズレの人の日もある……のだが、()()()()()()()マリンが色付き棒を引く頻度はかなり多い。マリン自身は気付いていないようだが……おそらく、水面下でいろんなヤツらの思惑が蠢いているのだろう。

 もともとギデオンは腕に自信があるため、料理を人に振る舞うのが好きだったのだが……完全にその立場を奪われてしまったのである。

 ……昔はみんな俺の料理食べたがってたのになー。ほんと薄情なヤツらだぜ……。


「そういえば、最近は先生の料理食べてませんね。また先生の料理が食べたいです」


「………………当番がまわってくればなー」


 料理を振る舞うことができない一番の原因に悪気なく言われてしまう。正直、かなりヘコむ。

 そして、ギデオンはたまらず話題を変える。


「そういや、今日の訓練はどうだった?」


 今日の朝に行なったレインとの模擬戦について質問をする。


「レイちゃんですか?今日も泣いてましたよ」


「いや、そういう意味ではなくてだな……」


 ……いや、アイツが泣くのはいつものことだろ。


「ふふ、冗談ですよ」


 マリンが一瞬イタズラっぽく微笑んだあと、すぐに考え込む表情に変わる。


「そうですね……。剣筋は悪くないと思います。覚えもラウ君に負けないくらいに良いです……ただ」


「ただ?」


「レイちゃん自身、無意識のうちに戦いを避けているような気がするんです……。戦うのが怖いのか、それとも別の理由があるのか……」


「……お前もそう思うか」


 ギデオンも考え込むような表情になる。


「ええ。実際、まだブレストも出せていませんし……。もちろん、年齢的にはまだ出せなくても全く問題ないとは思うのですが……」


「……出せる実力はすでにあると」


「はい」


 マリンはギデオンの言葉に静かに首肯する。


「おそらく、戦いへの心理的なブレーキがブレストを出すことへの妨げになっているのかもしれません」


「…………かー!どーしたもんかねー!……困った困った!」


 そう言いながら背もたれにもたれる。


「マリンはアイツのことどうすりゃいいと思う?」


 ギデオンは頭をかきながら質問をする。


「ひとまず、今はレイちゃんのことは様子を見るしかないと思います」


「……まぁ、考えすぎても仕方がねーか」


「ええ。ところで、ラウ君はどうですか?」


 今度は、マリンがギデオンに質問をする。


「アイツもなかなか腕を上げたぜー。その辺の魔法騎士団員よりも腕は立つかもなー」


「まぁ!さすが、私の自慢の弟です」


 マリンがまるで自分の事のように喜び微笑む。だが……


「ただ、レイン絡みになるとすぐに動揺するのが難点だなー」


「……ラウ君らしいですね」


 すぐに苦笑いに変わる。


「仲が良いのはいいんだけどよー。…………いっそのこと、二人を引き離すか?」


 ギデオンがニヤリと、極悪非道なことを思いついた悪人よろしくな顔をする。すると、マリンが真顔になり……


「先生……二人の部屋を別々にしようとしたときのことを忘れたんですか?」


「……ッ!?す、すまねー、冗談だ」


 窘められる。マリンの言葉に当時のことを思い出し、ギデオンは身震いする。

 ……あのときはほんとーに手が付けられなかったもんなー、レインのヤツ。


「もー、滅多なこと言わないでください。あのとき本当に大変だったんですからね」


 ギデオンを窘めながら、真顔から微笑みに戻っていく。


「あ、あぁ……気をつける」


 悪いことをした子供のような気分を味わいながら謝罪する。この件に関しては、マリンに何も言えない。そのときのレインを泣き止ませるのに、マリンにかなり協力してもらったのだから。本当に、目の前のいる少女には頭が上がらないなと、心の底から思う。

 ……まったく、誰に似たんだか。


「ふふ、わかってくれればいいんです」


 そんなことを考えているギデオンに微笑む。その表情を見ながらふと思う。

 ……マリン、お前は俺みてーなダメなおっさんにはもったいねーガキンチョだよ。


「……?どうかしましたか?先生」


 その視線に気づいて、マリンは不思議そうに問いかける。


「あっ、いや、なんでもねーよ。……あぁ、一緒に酒を飲む相手がいればなーって考えてただけだ」


 咄嗟に嘘をつく。なかなか苦しい……。


「……??そうですね」


 ギデオンの下手くそな嘘に対して、マリンはとくに追及もせず共感してくれた。

 ……俺には腹芸は無理だな。


「お酒を飲めるのが、今はレックスお兄様しかいませんし」


「そーでもないぜー。俺なんて成人する前から飲んでたしよー。なんなら、マリンも飲んでみ……」


 悪い顔でお酒の入ったグラスを見せつける。するとすかさず、


「せ・ん・せ・い!」


「……ッ!?…………へー、へー、分かってますよー」


 腰に手を当てているマリンにまた窘められた。おとなしく言うことを聞く。

 ……コイツ怒ったら、ちょー怖いからなー。


「もー、いけませんよ。ほかの子供たちもマネするんですから。……それに、本気で飲ませる気なんてないでしょう?」


 マリンの言葉に苦笑いしながら、グラスを傾ける。

 もちろん、ギデオンも本気で未成年の子供にお酒を飲ませる気はない。もし飲もうとしたら全力で止めたあとにお説教だ。……まぁ、自分のことは棚に上げるのだが。

 それに、この孤児院の子供たちはみんな、驚くほどに素直で心優しく育ってくれた。だから、未成年飲酒などの悪さをする心配は、まったくしていない。ただ……

 ……こいつらほんとーに俺が育てたのか、たまに疑問に思うぜ。

 若かりし頃の自分と比べて、あまりの違いに驚かされる。


「そういえば、そろそろレックスお兄様が帰ってくる時間ですね」


「あー、もうそんな時間か」


「…………寂しくなりますね」


「そーだなー」


 ほんの一瞬マリンが泣きそうな顔になり、またすぐにいつもの微笑みに戻った。ギデオンは見なかったフリをして、気の抜けた返事をする。


「よりにもよって、魔法騎士団に入りたいとかアイツも物好きだねー。……他に冒険者とか行商人とか、えっと、なんかこう、もっと、稼げる仕事とかあんのによー」


「何を言ってるんですか。先生の影響ですよ、レックスお兄様が魔法騎士団に入りたいのは」


「けっ、もっとまともなヤツの影響を受けろよなー」


「ふふ。レックスお兄様は先生のこと尊敬してますからね。もちろん、私もほかの子供たちも」


「…………ふーん、そんな尊敬されるようなたいした大人じゃねーぞ、俺は」


「そんなことありませんよ。みんな、先生には心から感謝してるんです。捨て子の私たちを育ててくれて。それだけじゃなく、どこでも生きていけるように戦い方を教えてくれて、教養を身につけることもできて」


「…………」


「先生には感謝してもし足りませんよ。……だから、あまりご自分のことを悪く言うのはやめてください。あまりひどいようだと、怒りますからね」


 マリンが両手を腰に当てて言う。


「………………ちっ」


 ギデオンはバツが悪そうな顔で舌打ちをして、乱暴に頭をかく。そして、グラスを傾ける……空だった。


「…………」


 そんなギデオンを見て、マリンは何も言わずに厨房に入っていく。そして……


「一緒にお酒を飲むのは、あと二年待って下さいね。そのかわり……」


 戻ってきたマリンの手にはお酒の瓶とジュースの瓶、空いたグラスが一つあった。お酒をギデオンのグラスに注ぎ、ジュースを一緒に持ってきたマリン用のグラスに注ぐ。


「ジュースでよければ、お付き合いしますよ」


「…………ほんっと、生意気になったなー」


「ふふふ」


 ギデオンはマリンの気遣いに対し、素直に感謝の言葉を言えない自分に気恥ずかしさを感じつつ、グラスを掲げて打ち鳴らす。

 カキン。……ゴクゴク。

 そして……


「…………お前らは、俺にはもったいねーガキンチョどもだよ」


 静かに呟く。


「…………」


 マリンはその言葉に何も答えずに優しく微笑んだ。




 ……ゴクゴク。


「ふー。確かに、少しお酒に興味が湧いてきますね。……飲んでみても?」


「おいおいおい」


「ふふ、冗談ですよ。……興味があるのは本当ですが」


「…………」


 舌舐めずりしながらイタズラっぽく微笑む。マリンのそんなおちゃらけた言動でさえ、雅やかな雰囲気がある。

 ……こりゃー、将来はとんでもねー美人になるな。いや、今でも充分美人なんだが……。レックスのヤツ、苦労するぞー。

 苦笑いしつつ、まだ帰ってきていない少年のことが頭をよぎった。そして、


「レックスがここを出るのも、ついに明後日かぁ…………あ」


「……そうですね」


 思わず話題に出してしまう。途端に悲しそうな表情になる。やってしまった……。

 ギデオンは頭をかきながら問いかける。


「……そんなに寂しいのか?」


「えっ?」


 なんでもできる『完璧超人』なマリンでも弱点はある。それは、人との別れを極端に恐れることだ。

 自分たちが住んでいる国は十五歳で成人になる。なので孤児院の子供たちが十五歳になったときに、このまま残り続けるのか、それともレックスみたいに孤児院を出るのか、みんなに選ばせている。

 まぁ、ギデオンの影響もあってか、ほとんどみんな外に出る選択をする。とくに、魔法騎士団に入りたがる者が多い。

 ……ほんと、物好きなヤツらだ。

 そんなこともあって自分たちには必ず別れのときがやってくる。そして、みんなを送り出しているときに、人知れず涙を流しているのがマリンだ。

 もちろん、旅立ちは悲しいことではあるが、悪いことばかりでもない。そんなことはマリン自身も分かっているはずなのに、どうしてそこまで人との別れを恐れるのか……正直、人を見送るときのマリンの悲壮感は痛々しくて見ていられない。

 とくに今回は一番長く一緒にいたレックスが旅立つ。きっと、かなり寂しい思いをしているのだろう。

 ……いっそのこと、レインのように泣き喚いてくれたらこっちも気が楽なのになー。それに、当の本人は気付かれてないって思ってそうなとこがほんとやっかいだぜ……。


「だって、アイツとはずっと一緒にいたもんな」


「……は、はい。……物心ついたときからずっと一緒にいて……正直離れ離れになる実感が全然湧かなくって……その……さ、寂しい……です」


 本人は気丈に振る舞っているつもりだろうが……今にも泣き出しそうな顔をしているのがバレバレだ。


「まぁ、まだもう少しだけ時間はある。そのあいだにアイツとちゃんと話してみろ」


「はい……そうしてみます。ふふ……これじゃあ、レイちゃんのこと言えませんね」


「ハハッ、まったくだなー」


 ……ゴクゴク。……ドンドンドン!

 二人でグラスを傾けていると、上の階から大きな音がした。


「あぁ?」「あら?」


 二人して上を見上げる。


「ったく、またアイツらかー?」


「ふふ、みたいですね」


 この時間に騒ぎ出すとすれば、ほぼほぼレインとクラウドで間違いないだろう。


「本当に仲良しですよね、あの二人……この時間に騒がしくするのはいけませんが」


「夜遅い時間くらい、もっと静かにしてほしーもんだよ。……って、八歳のガキンチョに言うのは無理な話か」


「ラウ君はともかく、レイちゃんが元気いっぱいですからね」


「元気いっぱいねー、ありあまり過ぎんだろーがよ」


「ふふふ」


 ガチャ。

 扉が開く音がした。そして、


「ただいまー」


 玄関の方から声が聞こえる。


「帰ってきましたね」


 マリンが立ち上がり、食堂を出て玄関まで出迎えにいく。そして、


「じゃあ、すぐに夕食の準備をしますね。今日はレックスお兄様の大好きな『チキンのタルタル焼き』ですよ」


「おっ!!ありがとう!マリン!」


「ふふ、楽しみにしててくださいね」


 二人で食堂に戻ってきて、マリンはそのまま厨房へと向かった。


「先生、ただいま」


「おー、おかえりー。お前も飲むかー?」


 ギデオンは、燃えるような赤色の髪をした少年……『レックス』に向かってグラスを掲げる。


「あんまり飲みすぎるなよ、先生。もう若くないんだから」


 レックスは、その姿に呆れ顔で答える。


「うるせー」


 ……まったく、マリンと同じこと言いやがってよー。


「じゃあ、グラス取ってくるよ」


 レックスも厨房に入っていく。

 そのうしろ姿を見て少し寂しさを感じた。


「…………ふっ」


 ……これじゃ、マリンのこと言えねーなー。ほんと情けねーオッサンだぜ、俺は……。

 ギデオンは自嘲気味に笑って、グラスを傾けた。




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