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2 『死の花』




 『死の花』と言う名前の花がある。



 この世界に生きる生き物は全て魔力を持っている。人間も他の種族も……魔物でさえも。もちろん、人それぞれ持っている魔力量が違うので行使できる魔法の量や質も個人差がある。なかには、魔法を全く使えないくらい魔力量が少ない者もいる。とはいえ、魔力量が少なくても生活ができないわけではない。魔法の代わりになる道具などがあるからだ。

 魔物にも魔法が使える個体、使えない個体がいる。決して数は多くはないが、もし魔法が使える魔物と出くわしたとしら全力で逃げた方がいい。かなり厄介だからだ。


 とある宗教では魔力というものは、この世界を創造した女神様から生きとし生けるもの全てに与えられた『祝福』なのだと教えられる。その為、常に女神様に感謝をしながら生きていき、そして、死を迎える時にはその与えられた『祝福』をお返ししなくてはならない……とも教えられる。


 そういうこともあって、人や他の種族の者が亡くなった時は『女神様のもとへ帰った』と表現する者もいる。


 真偽の程は分からないが……人は、死ぬ時に体に残っている魔力が体外に放出される、という話を本で読んだことがある。まぁ、眉唾な内容で根拠に欠ける本ではあったが……。

 その本には、人が死ぬ時に出る魔力の放出に反応して光り輝く花があるという。それが、孤児院の裏手に咲いているレインが大好きな花……『死の花』だ。


 正直、不吉な名前を付けられて可哀想な花だとは思う。

 クラウドはよくレインに連れられてこの花を見にくるが、いつも光り輝くその姿は凄く綺麗で、とてもではないが死の花みたいな不吉な名前を付けられるようには、全然見えない。

 レインほどではないがクラウドもこの花が好きだ。だから、こんな変な名前を付けた人の神経を疑ってしまいたくなる。もし名前を付けた人に会うことがあれば、文句のひとつでも言ってやりたい気分だ。


「今日も綺麗!」


 レインがいつものように花を愛でる。ここは二人のお気に入りの場所、孤児院の裏手だ。今日も綺麗に光り輝いている。


「そうだね」


 レインの言葉にクラウドは相槌を打つ。

 

「こんなに綺麗な花なのに、なんで死の花っていう変な名前が付いてるんだろうね?……もし名前を付けた人に会うことがあれば、文句を言いたい気分!」


「う、うん……そうだね」


 ちょうど今同じことを考えていたクラウドはドキッとしてしまう。そして、なんとなく話題を逸らそうと思った。


「ところで、訓練の調子はどう?」


 とりあえず、無難な話題を選んだ。


「……んー、今日はマリンねぇと模擬戦をしたんだけど、一本も取れなかったよ……」


「まぁ、マリン姉はねぇ……僕も一度もないよ」


 二人でマリンのことを考える。孤児院の中でギデオンの次に強い女性。

 普段はおっとりしているのに、戦いになるとまったく隙を見せない。みんなの頼れるお姉さんなのだが……うん、普通に悔しい。


「マリン姉……美人で優しくて料理もできて、しかも強いだなんていろいろ反則だよー。……わたしも将来あんな風になれるかな?」


 なんでもできて、美人で強いマリンはみんなの憧れだ。レインも含め、孤児院の女の子からは将来マリンのような女性になりたいと思う子がほとんどだ。そして、男の子からは将来マリンと結婚したいと言いだす子も。その都度、レックスがギョッとした顔をするが、見なかったことにしている。

 ……子供の言ってることなのに……レックスにぃは心配性だからなぁ。

 とはいえ、レインもマリンに負けず劣らず美人だ。だから、憧れる気持ちはわかるけど、わざわざマリンを目指さなくてもいいのではないかと思うのだが……そう単純な話ではないのだろう、たぶん。


「レインも美人だと思うけど?」


 クラウドは、思っていることをそのまま伝える。


「えっ……あ、ありがとう。……えへへ」


 レインが照れくさそうに微笑む。


「だからさ、レニーは無理にマリン姉を目指さなくても良いと思うんだ」


「むっ、クーちゃんそれは違うよ。わたしはマリン姉みたいに強くて優しい綺麗な女の人になりたいの。……それともクーちゃんは、わたしにはなれないって思うの?」


 思ったことをそのまま伝えただけなのに、レインがむすっとした顔になってしまった……大変だ。やはり単純な話ではなかったらしい。


「あ、いや……そ、そんなつもりじゃなくて……僕にとっては、レニーも優しくて綺麗な女の人だよって、伝えたかっただけで……」


「あっそ……………………ありがと」


「…………??」


 レインがプイッとそっぽを向きながら、おざなりに返事をする。そして、何やら呟いたが……聞こえなかった。

 クラウドはレインの言動に狼狽えそうになるが……状況を打開する為、また話題を変えることにする。


「と、ところで、『()()()()』は出せるようになった?」


 とりあえず、無難な話題を選んだ……はずだ。


「えっ……あ、いや、まだだよ」


 突然の話題変更に、少し驚いた顔で振り向きながら答える。


「……まだ全然出せる気がしなくて、どうすれば出せるんだろ?」


 クラウドは目をつむり、体の中に流れる魔力に意識を向ける。そして、右手を前に出す。


「…………」


「おぉ!」


 右手が光り輝き、その光が手から離れていく。離れた光は細長い形を作り出して、そのまま消えた。


 クラウドの右手には一本の剣があった。


 『ブレスト』とは端的に言うと、魔力を使って具現化した武器のことだ。


 体の中に眠る魔力を練り上げて武器を出す。……口で言うのは簡単だが、ブレストを出せるようになるまで何年もの修行が必要だと言われている。もちろん、習得するまでの年数も人それぞれ。ちなみに、マリンは一年にも満たない間に習得したらしい。

 ……さすがマリン姉。

 魔法が使えないくらいに魔力量が少ない者は、修行をしてもブレストを出すことができないと聞いたことがある。まぁ、出せなかったとしてもブレストではない()()()武器があるので問題ないそうだが。


 ブレストの形に関しては、その人の魔力や性質に影響を受けて、それぞれ形が違ってくる。主に剣の形が多いらしいが、それ以外にも、槍や斧、ハンマー、なかには拳銃みたいなのもあるそうだ。


「……ふぅ」


「さすがクーちゃん!」


「出せる時と出せない時があったけど、最近やっと問題なく出せるように……うわッ!?」


「やっぱりわたしのクーちゃんカッコいい!!」


「んぐッ!く、苦しいよ……レニー!そ、それに前にも見せた、でしょ!?」


 ブレストを出した直後、興奮したレインにいきなり抱きしめられる。

 ……ち、力が強い!……苦しい!

 レインはまだ八歳の華奢な女の子なのだが、見かけによらず力持ちだ。本気の力で抱きしめられると息ができない。

 パンパンパン。

 剣を持っていない方の手でレインの腕を軽く叩く。ギブアップの合図だ。


「……ッ!?ご、ごめん!…………嬉しくって、つい……」


「だ、大丈夫だよ……少し息ができなかっただけだから」


 合図を受けて、すぐに手を離してくれた。クラウドは努めて冷静に返事をする。

 以前も似たようなことがあった時に、苦しそうな顔をしていたクラウドを見てレインが泣き出してしまった。その時は、クラウドに謝りながら泣き続けるレインをひたすら慰めた。

 ……もう同じことで、レニーを悲しませたくない。

 必死に冷静を装う。


「ごめんね、クーちゃん……ほんとにごめん。わたし……いつも力加減が下手で……その、い、痛くない?」


「い、痛くない痛くない!全然痛くないよ!」


 泣き出しそうな顔になっているレインに、必死に問題ないと伝えるクラウド。


「ほんとに?」


「ほんとほんと!」


「ごめんね」


「だ、だから、もう謝ったりしないで」


「うん、わかった」


「……ブレストを出したのは、今から一緒に練習しようかなと思って……どうかな?」


「……う、うん!わかった!クーちゃんと一緒に練習する!」


 クラウドがブレストを出した理由を伝えると、レインは笑顔で返事をする。

 どうやら、泣き出すのを阻止できたようだ。クラウドはほっと胸を撫で下ろす。


「いつも魔法を使う時みたいに、魔力に意識を向けて……そして、手に武器を持っている自分の姿をイメージするんだ」


「うん、やってみる」


 レインが目をつむり、そして右手を前に出す。右手が光り輝く。だが、クラウドのように手から光が離れてくれない。


「んー!んー!…………はぁ、ダメだ……」


 右手が光ったまま何も変わらない。


「もう一回やってみて」


「うん!」



 …………。


 ………………。


 ……何度も試してみたが、結果は同じだった。


「わたし……才能ないのかな?」


「……そんな事ないよ」


 本来ブレストを出すというのは、魔法を出すのとやっていることはある程度同じだ。なので、魔力量が多い者や魔法の才能に恵まれている者ほど習得が早い。

 ギデオンの見立てでは、レインには魔法の才能があるらしい。それはクラウドも同感だ。マリンほどではないが、レインも習得が難しいと言われる回復魔法を上手く扱うことができるからだ。

 ちなみに、マリンが手が離せない時はレインがクラウドの怪我を治してくれる。……半ば強引に。

 そんな、クラウドよりも魔法に長けているレインが、ブレストを出すのに苦戦をするのが不思議で仕方がない。

 クラウドが、レインよりも先にブレストを出せるようになったのは、ギデオンのスパルタな訓練のおかげなのだろうか?

 ……まぁ、魔法を使うのに比べれば()()()ハードな訓練が必要だからなぁ……。


「……もうちょっと練習すれば、きっとレニーにもできるようになるよ」


「……そうなのかな??」


「そうだよ!だってレニーは、あんなに難しい回復魔法を上手に使うことができるでしょ」


「うん……」


 徐々に落ち込んでいくレニーを元気づけようと言葉をかける。


「そもそも、魔法騎士になる人とかが何年も修行して習得していくものなんだから、今できなかったとしても落ち込むことはないよ。必ずできるようになるから」


「…………」


 なんとか励ましたいのだが……俯いてしまった。頭をフル回転させるクラウド。


「……じゃあさ!これからは毎日、夕食前にここで一緒に練習しようよ!」


「えっ!?」


 レインが驚いて顔を上げる。


「できるようになるまで毎日練習!」


「う、うん!」


「その代わり、僕に回復魔法を教えて。……ほんとはマリン姉にもお願いしてたんだけど、レニーさえ良ければ……」


「わたしが教える!」


 被せ気味に言われた。


「う、うん。……じゃあ、マリン姉が忙しい時はお願……」


「クーちゃんには、わたしが教える!」


 また被せ気味に言われた。


「うん……えっと、あのー」


「クーちゃんにはわ・た・し・が・お・し・え・る・の!!」


「わ、分かった!…………よろしくね」


「うん!わたしに任せてッ!!」


 レインの圧に負けてしまった。マリンからも教わりたかったが……ちょっと無理そうだ。


「ふふッ、どうやって教えよっかなー」


「…………」


 ……ブレストの練習のことも忘れないでね、レニー。

 もうすでに、クラウドにどうやって回復魔法を教えるのか考えているのだろう。満面の笑顔だ……凄く楽しそう。


 そんなレインを見ていて、心が温かくなるのを感じる。

 むすっとしたり、泣きそうになったり、落ち込んだり、笑顔になったり、レインは本当にコロコロと表情が変わる。

 クラウドはそんな彼女を眺めるのが昔から大好きだった。

 これから先も、きっとこの気持ちが変わることはないだろう。絶対に。


 ……そういえば。

 回復魔法の話をしていて、ふと気になることを思い出した。

 今日マリンに怪我を治してもらう少し前、レインが泣いていたのを……。


「ところで、お昼前に泣いてたのを見かけたんだけど……何かあったの?」


「……ッ!?…………そ、それはね…………」


 クラウドの問いかけに一瞬驚いた顔をした。そして、言いにくそうにもじもじするレイン。そんな彼女に声をかける。


「何があっても僕はレニーの味方だよ。もし悲しいことがあったのなら必ず力になるし、泣きたいことがあったのならずっとそばにいる」


 今のクラウドの言葉に嘘偽りは無い。もちろん、守るという意味ではギデオンやマリンに力では遠く及ばない。でも、覚悟はある……レインを守るという気持ちは誰にも負けないつもりだ。


「…………じゃあ、なんで最近一緒にお風呂に入ってくないの?」


「……ふぇッ??」


 予想外の言葉出てきて思わず気の抜けた声が出てしまった。


「どうして、最近わたしが服を着ずにクーちゃんのベットに入ったら嫌がるの?」


「……ぇ、…………ぁ」


 ……僕は今何を言われた??

 クラウドはレインの言葉に戸惑い固まってしまう。すると……


「……嘘つき」


 レインが泣きそうな顔でこちらを見ながら呟く。

 クラウドの本能が警鐘を鳴らす。速やかに誤解を解かなくては!!


「ち、違うんだ!決して、う、嘘を言っているわけじゃ、なくて!僕は、何があってもレニーのそばに……」


 クラウドはレインのことが嫌になったから、一緒にお風呂に入ったり、裸でベットに入ってくるのを咎めたりしているわけでは決してない。ただ、なんと弁解するべきなのか、頭をフル回転させていると……


「……何が違うの?言ってみて」


 ……逃げ道を塞がれた!!

 クラウドは絶体絶命のピンチに追い込まれる。もう言い逃れはできなかった……。


「そ、その……僕は、レニーのことが嫌になったわけでは、なくて。……ただ、その、一緒にお風呂に入ったり……は、裸のレニーが僕のベットに入ってくるのが…………恥ずかしくて……。で、でも、これからもレニーにはずっと僕のそばに、いてほしくて、僕の一番大切な人はレニーだから……その、あの……」


 クラウドはしどろもどろになりながら答える。

 すると、レインが急にイタズラっぽい顔になり耳元に顔をよせる。そして……


「知ってる」


「…………!!?」


 えぇーーーーーーッッッ!!?

 耳元で囁いたあと、クラウドを抱きしめる。……今度は痛くない。


「わたしもクーちゃんのことが世界で一番大切だよ」


「え……あ、こ、これはいったい……??」


 さっきまでの泣きそうな顔が嘘みたいに笑顔になっている。戸惑うクラウド。


「ごめんね、クーちゃん。少しからかいたくなっちゃって」


「ひ、ひどいよ、レニー」


 肩の力が抜ける。


「……どうしてこんなことを?」


「んー、クーちゃんのそばにいられる時間が()()減って、悲しい気持ちになってたのはほんとなの。……最近は、一緒にお風呂に入ったり、服を脱いでベッドに入るのを嫌がるから、もしかしたらクーちゃんに嫌われちゃったのかなって思って……」


「そ、そんなことないよ!」


 クラウドはレインの言葉に驚いて、思わず声をあげてしまった。


「うん、知ってる」


 それに対して、レインは静かに答える。


「クーちゃん……ずっとわたしのそばにいてね。絶対だよ」


「うん!ずっとレニーのそばにいる!絶対に離れたりしないよ!」


「………………ありがと」


 レインが涙声で答える。クラウドはそんな彼女の手を優しく握った。


「……うぅ、ほ、ほんとは、今日マリン姉に話を聞いてもらうまで、す、凄く不安だったんだからね!……うぅ……グス」


 安心したのか、堰を切ったように泣き出すレイン。


「不安にさせてごめんね。今度からはちゃんと話すようにするから」


 今回、レインが不安に思ったのはクラウドが説明を怠ったから……いくら恥ずかしかったとはいえ、ちゃんと言葉にして伝えるべきだった。

 あと、マリンには感謝しかない。やっぱり今日の朝、レインの不安を取り除いてくれていたらしい。


 死の花を見ながらレインが泣き止むのを待つ。やっぱり、この花は綺麗だ。

 ふと、初めて孤児院のみんなに()()()()死の花を見せた時の反応を思い出す。みんなかなり驚いていたが、その中でもひときわ驚いていたのはギデオンだ。瞠目し、しばらく死の花を見つめていた。普段は飄々としていて何事にも動じない人なのに……あの時のギデオンの顔が忘れられない。もう3年も前の話だ。

 死の花はなぜかレインがいる時にしか光らない。その理由は分かっていない。ギデオンも気になって調べていたみたいだが、結局分からなかったそうだ。


「……ねぇ、クーちゃん」


「なに?レニー」


「やっぱり、お風呂は一緒に入らない?」


「だ、ダメだよ!?」


「なんで?どうして?」


「だ、だから、恥ずかしいんだってばー!!」


 クラウドの叫び声が響く。

 どうやら夕飯の時間になるまで、二人の話し合いはまだまだ続きそうだった。




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