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デジタル降霊術

作者: 恵京玖


『ねえ、知ってる? デジタル降霊術』


 ほんの少し大人っぽい口調でヤマネコさんは聞いてきた。私は「知らない」って答えると、『今、噂になっているんだよ』とワザと怖い感じで話し出した。


『死者とメールや通話が出来るんだ』

「へえ」

『外国で、ものすごく流行っているみたい』

「英語も読めるんですか? ヤマネコさんって」

『自動翻訳したものだよ』


 ヘッドホンから聞こえるクスクスと笑うヤマネコさんの声がくすぐったい。思わず、私も笑みがこぼれる。


 ヤマネコさんは『他にも怖い話があるよ』と言って喋り出す。


『イジメていた子の自殺動画。それを見るといじめを受けていた子が、高い所から飛び降りる、海に飛び降りるとか自殺する映像が流れるの』

「えー、フェイク動画って奴ですか?」

『ううん、本当に死者からの動画だよ。もしそれが送られたら、絶対にネットを触ったらいけないの』

「ネットを触らない? ユーチューブもスマホのゲームも、あ、ラインもダメなの?」

『うん、全部ダメ』

「えー、死んじゃうよ!」


 私がそう言うとクスクスとヤマネコさんは笑って「可愛い」と言う。ヤマネコさんはよく私の言動が可愛いと言って笑う。それは恥ずかしくて、照れくさくて、ちょっと嬉しい。

 話しを元に戻そうと私は「もしネットを触っちゃったら、どうなるんですか?」と聞いた。


『ん? 不幸が訪れるの』

「へえ」


 恐ろしそうに言っているけど、あまり怖くないなって思った。だって『不幸』なんてよくある怖い噂や話の単語でよく聞いているから、ピンとこないのだ。


 私が中途半端な反応だったのでヤマネコさんは『怖くなかったね』とちょっと落ち込んだ感じで言った。申し訳ないけど素直に「うん」と頷いた。


『あーあ、残念。怖がらせようと思ったのに。あ、もう十一時だよ。もう遅い時間だから寝る? マユちゃん』

「うーん、まだ眠れない」

『じゃあ、まだお話ししていようか。あ、そうだ。前に私が作ったアプリはどうだった? 【アニマル・ゲーム】』

「うーん、スイカゲームに似てます」

『まあね。パクリじゃないよ、インスパイヤしたゲームだもん』

「えー。本当ですか?」


 穏やかで柔らかい声のヤマネコさん。確か、高校二年生って言っていたけど大人っぽくて、私みたいな小六の子供の話しもちゃんと聞いてくれる優しいお姉さんだ。それからゲームも強い上に作ったりも出来るし、勉強も教えてくれて、悩みも真剣に聞いてくれる。

 ヤマネコさんは半年前、学校で流行っていたオンラインゲームで遊んでいた時に出会った。現実では会っていないけど、毎晩、お話ししたりゲームをしている。多分、お父さんやお母さんと同じ、いやそれ以上に信頼できる人。


 この時は【デジタル降霊術】も【イジメをしていた子に届く自殺動画】の話しは気にしていなかった。だけど七月が始まった日に嫌でも思い出された。




 七月が始まると自然と浮足立つ。だってもうすぐ夏休みだから。だけど、ヤマネコさんはテスト勉強のため、チャットであまり喋らなくなった。高校生は大変だよ。とヤマネコさんは愚痴っていた。

だけどラインのメッセージのやり取りはしている。


まゆ【学校、行ってきまーす】

ヤマネコ【行ってらっしゃーい】


 こんな感じでメッセージを送りあっている。なんだかお姉ちゃんみたい。一人っ子で家族が忙しいから、ヤマネコさんが居てすごく安心する。


 小学校ではスマホは持ち込み禁止だけど、守っている子なんて少ない。だから休み時間は友達とスマホで遊んだりする。

 そんな時だった。


「あれ? うちらのグループラインから動画が送られている」

「本当だ」


 友達のココネちゃんとキイちゃんのスマホがブルブルと震えた。私は手元に持っていないから分からないけど、友達のグループラインに私も入っているから、きっと届いていると思う。


「あ、カルちゃんからだ」

「でも動画のサムネはソラちゃんだよ」

「なんでカルアちゃんはソラちゃんの動画を送ったの?」


 カルアちゃんとソラちゃんの名前の響きに胃の中に重たい石が入ってズーンした。みんなも重たい物を持ったようなちょっと辛い顔があった。

「ちょっと動画を見てみよう」

 そう言ってココネちゃんは動画を見る。だがすぐに「いやあああ!」と叫んで、スマホを投げてしまった。

 私達は驚いてココネちゃんのスマホを拾って渡そうとした。だけど、ココネちゃんはなかなか取ろうとしなかった。


「ねえ、どうしたの? ココネちゃん」

「ソラちゃんの動画……。ヤバい」

「何が映っていたの?」


「ソラちゃんが燃えていた」


 ゾワッとした寒気が背中を駆け抜けて、ココネちゃんのスマホを見る。動画はソラちゃんが真っ白い壁の前に立っているサムネだった。

 ちょっと恐ろしい気持ちになったけど、私達は動画を再生してみた。


 ソラちゃんは去年の小学五年生の時に引っ越ししてきた女の子だ。真っ黒な髪と真っ白い肌の白雪姫みたいな綺麗な子だった。

 動画のソラちゃんはちょっとやつれていて、目が虚ろだった。ジーっとカメラ目線をしていたが、突然ソラちゃんの体全体が一瞬にして真っ赤な炎で燃えだした。

熱いのか痛いのか悶えているソラちゃん。


 そして……倒れた。


 そこで動画は終わってしまった。


 みんながゾッとした気持ちで動画を見ていたらカルアちゃんが「あははは」と笑った。


「びっくりした?」


 無邪気な感じで言うカルアちゃんに私は怒りより恐ろしい感情が強かった。みんなもゾッとした顔でカルアちゃんを見ている。

 私は勇気を出して「カルアちゃん、ソラちゃんを燃やしちゃったの?」と聞いた。


「そんなわけないじゃん。あの子、引っ越ししているんだから。これはフェイク動画。今日の朝、私のスマホに送られてきたんだ。知らない人から」


 そう言って見ていたカルアちゃんがニコニコ笑って、もう一度動画を再生した。

 あれをまた見るのかと嫌な気分になったが、そんな私の気持ちなんて気づかずにカルアちゃんは動画を止める。


「ほら、だって炎がこんなに一気に燃えるわけもん。白い壁も焦げていないし。ニュースでやっていたじゃん。AIが簡単に動画を作ってくれるって。きっと、それを使ったんだよ。ソラちゃん、私達の事を脅かそうとしたんだ」

「でもこれを送ってきたことは、ソラちゃんは私達の事を恨んでいるって事じゃない?」

「恨んで何になるのよ。あの子、一人じゃ何にも出来ないじゃない」


 カルアちゃんはニコニコと笑って、そう言った。



 私の友達の中心人物で逆らうと何にも言えなくなっちゃう、カルアちゃん。ちょっと明るめな茶色の髪と大きくて可愛らしいオレンジ色の瞳、そしてアイドルみたいなフリフリのお洋服。本当は髪を染めちゃいけないし、カラーコンタクトもいけないのにカルアちゃんは堂々と付けている。話しは面白いし、インスタとかも可愛らしい。

 だけど、とっても恐ろしい子だ。


 カルアちゃんは自分が恨まれているって事に対して気にしないようで「それにしてもこの動画、凄いね」と話す。

 私はあの噂を思い出した。


「あのさ、こんな噂、知っている?」

「何?」

「イジメられていた子の自殺動画が来たら、絶対にネットを使っちゃいけないって」

「何それ? 知らない。と言うか、ネットを使うとどうなるの?」


 ちょっとワクワクした感じでカルアちゃんに聞いてきた。ちょっと期待を損ねるかなって思ったけど、私は答えた。


「不幸になる」


 やっぱり期待外れだって顔して、カルアちゃんはスマホを手にする。するとシュポンッとココネちゃんのスマホから音がした。見ると私達のグループラインに可愛らしい猫のスタンプがつけられていた。


「マユちゃん、そんなつまらない噂を信じるの? 馬鹿みたい」


 そう言ってカルアちゃんはケラケラと笑った。




 五年生になった時、カルアちゃんと一緒のクラスになった。同じクラスになった時、学校の決まりを破っているけど可愛らしい女の子って思っていた。

 でもその後に他県から来たソラちゃんが転校してきたのだ。カルアちゃんも可愛かったけど、ソラちゃんはもっと可愛かった。だって普通の地味な服を着てもソラちゃんは、ものすごく目立つくらいに可愛かったんだもの。

 

 カルアちゃんはこの時、ソラちゃんと大の仲良しって感じで接していた。一緒に別の教室に行ったり、休日は必ず遊びに行っていた。

 だけどクラスの誰かが悪口を書かれた手紙が机の中に入れられたり、一部の女子から悪口を言っていたと噂をされていたのだ。

 誰かが意地悪していると思うとソラちゃんは怖くなってカルアちゃんに相談するだけど犯人なのでカルアちゃんは心の中でほくそ笑んでいたのだ。しかも先生や家族には言わない方がいいよ、もっと酷い事を言われるかもって助言までしていたのだ。

 一番ひどかったのは公衆電話でソラちゃんのスマホに電話をかけて、低い声にして「死ね死ね」って連呼した事だ。これにはソラちゃんは怖くなってしまい、学校に行けなくなってしまった。困ったソラちゃんの両親は六年生になる時に引っ越しをしたのだ。

 それを楽し気に笑って話すカルアちゃんは怖かった。

 先生に言いたい気持ちがあるけど、ソニアちゃんに「チクったらあなたがイジメをしていたって言うよ。証拠もないし、罪を着せたって思われるよ」とか言ったので何にも言えないのだ。


 自殺動画が来たらネットを使ってはいけないって言う決まりは、ものすごくキツイと思う。漫画を読むのもゲームをするのもネットを繋がないといけないし、塾が終わった後、お母さんにお迎えするための連絡もラインでやっているのだ。

 カルアちゃんは一切怖がらずにラインをしていたけど、送られていない私はやるたびに怖かった。だけどヤマネコさんとのやり取りはネットじゃないと出来ないのでいつも勇気を出してやっていた。


 そうして怖がりながらもネットを使っていたが数日経っても何も起こらないので、みんなは噂を忘れていた。

 だけど、怖い事はそんな頃にやってくるのだ。


「ねえ、カルアちゃんのインスタ、見た?」

 夏休みまで一週間前の朝。ココネちゃんは「見て」と言ってスマホの画面を見せてくれた。

 画面は【ページが見つかりません】と出ていた。


「カルアちゃんのインスタが消えちゃっているんだ」

「あ、本当だ」

「えー、昨日までお気に入りのぬいぐるみと一緒に撮っていたよ」


 ココネちゃんはみんなに「なんか知っている?」と聞くと「さあ?」と首を傾げるばかり。私もなんでインスタを辞めたのか分からなかった。確かに昨日まで投稿していたはずなのに。


 そんな時、カルアちゃんが「おはよう!」と元気よく言って教室に入ってきた。挨拶を返さず、ココネちゃんは聞いてきた。


「カルアちゃん。インスタ、やめちゃったの?」

「あー……、ちょっと気持ち悪いコメントが来たから、アカウントを消しちゃったんだ」


 ちょっと残念そうに言ったが、「大丈夫、また復活するよ」とニコニコ笑って言った。何でもないように振る舞っているように見えた。


 だけどその日の放課後だった。私の元に奇妙なメールが届いた。

「何だろう? このメール」

 開いてみると知らない女の子の画像があった。真っ黒な髪と恨みがましいのか見えにくいのか細めの目をした子だ。そして胸のあたりに文字があって【カルアちゃんの本当のお顔】と会った。


「ココネちゃん、変なメールが来ているんだけど」

「私にも来てる。画像だけのメールだよね」

「私も来ているよ! カルアちゃんの画像だよね」

 不思議に思っていると当のカルアちゃんが「どうしたの?」と聞いてきた。

「カルアちゃんの本当のお顔って言う画像が来た」

「え?」

「知らない女の子の画像なのにね」

「誰だろう?」


「消して!」


 突然、怒鳴るように叫んだカルアちゃん。あまりにも大きな声だったので、まだ教室にいた子達は驚いてカルアちゃんを見る。みんなが注目しているが、カルアちゃんは泣きそうな顔で「今すぐ、消して!」ともう一度、叫んだ。

「うん、わかった。消すよ」

 無邪気で怖いもの知らずなカルアちゃんが、こんなに怒鳴って泣きそうな顔になるなんて初めだった。

 戸惑いつつもみんな画像を消していった。


 これで大丈夫って思っているとシュポンッとクラスのグループラインにメッセージが送られてきた。


【カルアは】

【している】

【顔を】

【セイケイ】

【している】

【顔を】

【セイケイ】

【顔を】

【カルアは】

【セイケイ】

【している】

【している】

【カルアは】

【顔を】

【セイケイ】


 まるで歌うようにメッセージが出てきた。送り主は男子たちである。なんでこんなメッセージを送ったんだろう? セイケイってカタカナで打っているけど、整形って事なのかな?

 クラスのグループラインが出てきて、みんなキョトンとしている中、カルアちゃんの顔がどんどんと真っ赤になった。


「何なのよ!」


 そう言って教室を飛び出していった。



 この事件は学校でも問題になった。

 送った男子は送られてきたメールは【先生はメルアドを変えました。この文をクラスのグループラインに送ってください】とあり、ランダムで【カルアは】【顔を】【セイケイ】【している】とあった。

 実は四月頃にこういった短い言葉を先生はクラスのみんなにメールで送って、クラスのグループラインで一緒に文章を考えてもらう遊びをしたのだ。

 これはメールがちゃんと送られるか、グループラインにみんなが入っているかの確認とみんなが打ち解けられるようにするゲームだった。

 だけど、今回送られた先生のメールは偽物でメルアドは変えていないのだ。


 この件についてクラスのみんなの情報が洩れていると言う事になり先生達や保護者が大騒ぎになり、警察が事情を聞きにやってきた。


「ヤベエぞ! 警察が来たぞ!」

「すげえ!」


 お気楽な男子たちは警察に話しを聞かれて興奮しているが、女子達、特にカルアちゃんは不安で仕方が無かった。

 だけどメールを送った相手は分からない状況の中、カルアちゃんは行動を起こした。




 事件があった週の金曜日にカルアちゃんは私達を呼び出した。

「夏休み初日に画像を送った相手を見つける」

 目をギラギラさせて、そう言い、スマホの画面を見せた。そこには【今日の午後一時に松川駅に待ち合わせしましょう】と言うメッセージがあった。そして【いいよ】と返信があった。


「え? ちょっと待って! 警察の人に任せようよ!」

「お母さん達もあまり外に出ないでって言っていたよ」


 ココネちゃん達が止めるがカルアちゃんは「嫌だ!」と怒る。


「だって夏休みはいっぱい遊んでインスタとかに載せたいもん! だったらさっさと犯人を捕まえればいいでしょ?」

「でもさ……怖い大人だったらどうするの?」

「大丈夫だよ。お昼に会うし駅って人がいっぱいだし、もし犯人を見つけたら防犯ブザーを鳴らして『痴漢!』って叫ぶよ」


 だけど、みんなは不安な顔をしていた。そしてキイちゃんが「私は行かない」と言った。

「私は関係ないもん」

「そうだよ。送られてきたのはカルアちゃんだもん。一人で解決して!」

 集まった子達はみんながそう言うとカルアちゃんも負けじと「じゃあ、言うよ!」と脅してきた。


「みんながソラちゃんを虐めていたって」

「いいよ! 言ったって! みんなでカルアちゃんがやったって言うから! カルアちゃんに言われて、ソラちゃんの机の中に酷い手紙を入れたのは確かに私だけど、私は手紙の中身は知らなかったもん」

「卑怯なんだよ! カルアちゃんは」


 そう言ってみんなは去っていった。私はどうしようって思っていると、ココネちゃんが「行こう、マユちゃん」と言われたので、私は後に続いた。

 そっと振り返ると一人ぼっちになったカルアちゃんが泣きそうな顔でこっちを見ていた。

何となく【カルアちゃんの本当のお顔】って書かれた画像に似ていた。




 テストが終わっても一学期の終業式が終わって明日から夏休みでもヤマネコさんとお話しが出来なかった。


マユ【まだお話しできない?】

ヤマネコ【ゴメンね。テストは終わったけど、次は塾のテストがあるんだ】


 そうだよね。高校生って忙しいよなって思った。だけどすぐにヤマネコさんは【何か、あった?】と聞くスタンプが来た。

 可愛いスタンプに自然と笑みがこぼれる。そして私はメッセージを打って行く。


マユ【友達に自殺動画が送られてきたんです】

ヤマネコ【嘘! マジで!】

マユ【だけど偽物だってその子は言ってネットを使ったんですけど……】


 その後、事情をラインのメッセージで伝えるとヤマネコは【大変だったね。マユちゃん】と返ってきた。


ヤマネコ【だけどカルアちゃんに来た自殺動画は偽物だと思う】

マユ【え? そうなの?】

ヤマネコ【自殺動画はネットを使ったら一時間以内に死んじゃうらしいの】


 え? そんな恐ろしい噂だったんだ。血の気が引いた後、ヤマネコさんは【助かる方法は送った相手に許しを得ないといけないの】とメッセージが来た。


マユ【じゃあ、今襲っているカルアちゃんの不幸って誰かがやっているって事?】

ヤマネコ【うーん? どうだろう? 生霊って言うのもいるからね……】

マユ【明日カルアちゃんの様子を見に行った方がいいかな?】

ヤマネコ【そうだね。ちょっとカルアちゃんが心配】




 こうしてヤマネコさんの言う通りにカルアちゃんと犯人が落ち合う松川駅に行ってみた。

 駅に着くとカルアちゃんが改札の所に立っていてキョロキョロと通り過ぎる人達を監視していた。


「カルアちゃん」

「あ、マユちゃん」


 私が呼びかけるとカルアちゃんも気が付いて、笑顔になった。


「来てくれたんだ」

「うん。心配だったから」


 カルアちゃんは「今の所、怪しい人はいないと思う」と言い、辺りを見渡す。もうすぐ約束の時間になりそうだった。


「一緒に現れるのを待とう」

「ありがとう、マユちゃん」


 だけど約束の時間になっても犯人は現れない。カルアちゃんはイライラしながらスマホを見ながら怪しい人を探す。私も見ているけど怪しい人は居なさそうだ。

 そんな時、カルアちゃんのスマホに着信音が鳴った。

「あ、あいつからだ!」

 私も一緒に画面を見ると【線路下の駐輪場に来て】とあった。

 線路下の駐輪場はちょっと薄暗くて、夕方や夜になると怖い高校生たちが遊んでいる場所だった。

 お昼だから怖い高校生はいないだろうけど人通りは少ないから、襲われたら誰も助けてくれないかも……と不安になった。

 だがカルアちゃんは画面を見てすぐに「行こう!」と言って私の手を引っ張った。


 想像通り線路下はあまり人が居なかった。時折、自転車を置いたりする人はいるけどすぐに出て行ってしまう。

 駐輪場を奥へと歩いていくと隅にお花が置かれていた。まるで誰かがここで亡くなるとお花などを置いたような感じだ。だけどお花と一緒に置かれていた写真たてを見て、ハッとした。


 カルアちゃんの写真が額縁に収まって置かれていた。


 小さくて震えた声で「え? 何これ?」とカルアちゃんが呟いた。

 私は思わずカルアちゃんの手を引いて、走って逃げた。




 花に囲まれたカルアちゃんの遺影から逃げ出した後、私はどうやってカルアちゃんと別れて家に帰ったのか記憶になかった。お母さんもお父さんも仕事で私以外誰もいない。

 いつの間にか自分のベッドにいて眠ってしまった。パッと起きるとすでに夕日が落ちていた。夕飯を食べようと思っていたら、スマホに何かが届いていた。


 動画だった。しかもサムネがカルアちゃんの。


 恐ろしかったけど、再生ボタンを押した。カルアちゃんは住んでいるマンションのベランダでボーっとカメラ目線をしていた。しばらく虚ろな目で立っていたが、フワッとベランダの柵から身を投げた。

「いや!」

 思わずスマホを投げ捨てた。

 え? カルアちゃん、飛び降りちゃったの? すぐに連絡しようと思ったが、カルアちゃんの連絡はラインでしかやった事が無いのでネットを使わないといけない。

 もし、この自殺動画が本当だったら私は……。


 どうしよう。不安で怖くて、うまく息が吸えない。胸が苦しい。


 プルルルル、プルルル。


 突然スマホに鳴った着信音に私は「いやあ!」と悲鳴を上げた。しばらくして着信音が止まったが、またすぐに鳴り出して、そして止まる。

 三度目の着信音が鳴り出した時、私は思い切ってスマホを手に取って見た。するとヤマネコさんの猫のアイコンが見えた。

 ヤマネコさんだったのでホッとした気持ち、だけどネット経由の電話だから出たら不味い気持ちが交錯する。

 だけど私は電話を取った。


『あ、マユちゃん。大丈夫?』

「どうしよう……。ヤマネコさん」

『マユちゃん、泣いているの? どうしたの?』


「私、カルアちゃんの自殺動画を受け取っちゃったの」


 ヤマネコさんの声でポロポロと涙が出てきた。



 事情を話すとヤマネコさんは『こうしちゃいられないね』と焦ったような口調で話した。


『もしかしたら本物かもしれない。だから死んじゃったカルアちゃんとお話ししよう』

「え? でもどうやって」


『デジタル降霊術だよ』


 ヤマネコさんは『急いでやろう』と言った。




 準備は整い、私はパソコンの前に座った。


『大丈夫? マユちゃん』

「え? あ、はい」


 ぼんやりしていた私は急いで返事をする。降霊術の準備にちょっと時間がかかったり、大変だったり変な気持ちになってしまった。


『何と言うか、降霊術とかちゃんとしたお払いって宮沢賢治の【注文の多い料理店】に似ているよね』

「【注文の多い料理店】?」

『うん。この降霊術が終わったら読んでみて』


 ヤマネコさんはそう言って、『じゃあ、始めるよ』と言って、パッとヤマネコさんの顔が画面に映し出された。黒髪のショートでかっこいい感じのお姉さんでタンクトップ姿だ。

ヤマネコさんに『私の後に呪文を続けてね』と言われたので、言う通りに呪文を言い、胸の前で両手を握ってお祈りのポーズをする。

 すると私が見ている画面が奇妙なウィンドウがいっぱい出てきた。あまりにたくさんあってヤマネコさんの画面が消えてしまった。ウィンドウには真っ黒だったり、プログラムが書かれていたり、様々だった。

 だけどすぐにウィンドウは消えていき、一つだけ残された。そこには文字化けした文字と通話ボタンがあった。

『成功したみたいだね。そこの通話ボタンを押せばカルアちゃんとお話しできるよ』

 ヤマネコさんは爽やかな笑みを浮かべてそう言った。私は恐る恐る通話ボタンを押した。すると保留音の後に『もしもし』と言うボソボソした女の子の声が聞こえた。


「カルアちゃん?」

『うん』

「カルアちゃん、なんで私に自殺動画をあげたの?」


 私の質問にカルアちゃんはボソボソッと何かを呟いている。


「なんて言っているの? カルアちゃん」

『マユちゃんも……ソラちゃんの……事』

「え?」

『……イジメて……いたじゃない』


 頭の仲が真っ白になったが、すぐに「やっていない!」と怒鳴った。


「カルアちゃんが勝手に公衆電話で電話して、『死ね死ね』って声を変えて言ってみなよって言われてやってみたけど、それがソラちゃんだったなんて知らなかったもの!」

『……、私……』

「あなたが全部、罠にはめたの! カルアちゃんが全部、自分の手を汚さないでイジメていたの!」

『……でも……、私……』

「でも、じゃない! 私はイジメていない! あなた一人がイジメていたの!」


 もう一度、私は「カルアちゃん一人がイジメていたんだ!」と怒鳴った。


『……ごめんね』


 そう言ってカルアちゃんはブツッと切れてしまった。

 呆然と画面を見ているとヤマネコさんは『大丈夫?』と聞いてきた。


「あ、はい。大丈夫」

『あ、もう一時間経っているね。何か、体調に変化は無い?』

「元気、かな?」


 ヤマネコさんは『それは良かった』とにっこり笑った。その笑顔に私も頬が緩む。 これで一安心、だよね。死なないよね。とホッとしていた。その時だった。

 ヤマネコさんの背後の影が不自然に揺らいだ。


「ヤマネコさん! なんかいる! 変な影が」

『えー? 変な影?』


 そう言ってヤマネコさんは振り向くが、『何にもいないよ』と話した。


『そう言えば、私の顔、初めて見たね』

「うん。かっこいいお姉さんだね」

『ありがとう。可愛いよりかっこいいの方が好きなんだ』

 ヤマネコさんは『リアルで会いたいね』って朗らかに言い、私も頷いた。




 ……でもカルアちゃんは死んじゃったんだよね。

 両親が帰ってきたがカルアちゃんの話しは一切出ず、逆に尋ねる気にもなれず、私は黙って眠った。

「マユ! ちょっと来て!」

 お母さんの声で私は起きた。時計を見ると十時だ。随分寝ちゃったな、でも結構遅くに起きたからしょうがないな。

 だけどお母さんは遅くに起きても私を起こそうとしないのに、今日に限って部屋まで来て「早く、服に着替えて」と言ってきた。


「どうしたの? 今日から夏休みだよ」

「警察の人が来ているの」


 なぜか警察の人がやってきたの?

 さあっと血の気が引きつつもお母さんに手伝われて服に着替えた。


 階段を降りて婦警さんとお父さんがちょっと会話をしている。

「今、子供の裸体の写真を撮って……」「デジタルタトゥーとか」などの話しが聞こえるが、よく分からなかった。


 そうして私が来たところで婦警さんは話しかけられた。

「マユちゃんの持っているスマホ、ちょっと貸してもらっていいかな?」

 そう言われて、疑問に思いつつ渡した。

「七月頃にクラスの個人情報が出てしまって……」

 困惑する両親に婦警さんが説明した。私も聞いたがうまく理解が出来なかった。

 するともう一人の警察の方が「やっぱり、この子のスマホの中のアプリが……」と言い、婦警さんはやっぱりと言う表情を浮かべた。

 そして私の方を向いて婦警さんは聞いてきた。

「この【アニマル・ゲーム】のアプリ、何処で手に入れたの?」

「ネットの友達、ヤマネコさんに勧められて」

「そうなの。あのね、このアプリには遠隔操作が出来たり、盗聴や盗撮が出来るようになっているの」


 え? どういうこと?


「このアプリからあなたやクラスメイトの情報を引き出していて……」


 婦警さんの言葉が異世界のお話しのように聞こえてくる。


「それで、クラスメイトの子達に悪戯メールを送ったようです」


 信じたくない! だってあんなに優しいヤマネコさんがそんなことしないもの!


「ついさっき、カルアちゃんからもお話しが聞けました。それからソラちゃんからも」


 あれ? あの二人は生きているの?

 じゃあ、今までの事って全部仕組まれていたの?

 昨日やっていたデジタル降霊術も嘘だったの? もしかしてビデオ通話の時にヤマネコさんの後ろにいた影は本当の人間だったのだろうか? もし嘘だったら、ヤマネコさんとグルになって降霊術をやっていた事?

 あ、だったら、あの降霊術の準備の時って私、体にお清めの塩をつけないといけないって服を脱いじゃった。女の子のヤマネコさんしか見ていないって思っていたから、脱いじゃったけど、もう一人誰かが見ていたとしたら……。そのもう一人が男性だったら?


 ドンドンと嫌な考えが浮かんできて、恐ろしくなってきた。


「それでヤマネコさんについてお話しをしてほしいんだけど」


 婦警さんの言葉がとても優しいけど信じたくなかった。

 そして頭が真っ白になった私は言う。


「私、知らない」



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