第八話 運命なんて変えてみせる
「大河……少し話せる?」
「ああ」
今朝も二人で通った公園のベンチに二人で座る。
「大河はその――――私のことが好き――――なんだよね?」
しばらく続いた沈黙の後、彼女は俺にそう言った。
「ああ、俺は撫子のことが好きだ」
「……付き合いたいって思うよね?」
「俺と付き合ってください!!」
「……ごめんね付き合えない」
思考がフリーズする。断られたショックよりも――――彼女の悲しそうな表情が気になって――――
「それは――――俺が嫌いだから――――じゃないよな?」
「そう――――だね、大河のことは――――好きだよ」
好きだと言われて飛び上がるほど嬉しいが――――今は喜んでいる場合じゃない。
好きなのに付き合えないというのなら、何か理由があるのだろう。
彼氏は居ないと言っていた……それなら――――
「もしかして――――婚約者がいるのか?」
「……うん、高校卒業したら結婚することになってる」
そうか――――だからあんな表情をしていたのか。
「だから――――私のことは諦めて? 大河ならいくらでも他に――――」
「諦めるかよ!! 俺は――――撫子が好きだ、お前じゃないと嫌なんだ!!」
「で、でも――――」
「でもなんだよ、お前はそいつのこと好きなのか?」
「好き――――じゃない」
「じゃあなんでそいつと結婚するんだよ!!」
「仕方ないの――――道場を守るためだから。あの場所は――――私にとって何よりも大切な場所だから――――私があの人と結婚すれば――――すべて丸く収まるから――――だから――――」
そんな馬鹿な話があるかよ――――
「ふざけんな――――お前が――――撫子が――――幸せになれなかったら意味無いだろうがっ!! たとえ大切な場所を守れたとしても――――その場所でお前が心から笑えなかったら――――そんなの――――悲しすぎるだろっ!!」
「そんなこと――――わかってるよ。私だってずっと悩んで――――平気なわけないじゃない。でも――――五億だよ――――高校生に何が出来る?」
そうだよな……ごめん、撫子が一番――――誰よりも苦しんでいたんだ。それなのに俺は――――
「私ね――――覚悟決めてたんだよ? 大丈夫だって思ってた。でも――――今日大河に出会って――――自分の気持ちがわからなくなって――――苦しくなって――――出会わなければ良かったって思った――――」
「撫子……」
「でもね……大河は――――強くて――――優しくて――――ちょっと強引だけど真っすぐで――――私はそんな貴方がまぶしくて――――期待――――しちゃったんだ――――もしかしたら――――貴方なら私を救ってくれるんじゃないかって――――こんな運命変えてくれるんじゃないかって――――」
ぽろぽろ零れ落ちる涙が――――そのわずかな熱が心の奥に突き刺さる。
「お願い――――大河――――助けてよ――――私のこと好きなら――――この運命ごと攫ってよ……お願い……」
誰にも言えずに――――一人で抱えて――――一人で覚悟して――――すべてを背負うつもりだったんだろうな。出会ったばかりだけどわかるよ――――撫子はそういう子だから。
だから――――俺は好きになったんだから。
衝動に任せて抱きしめた彼女から伝わる震え――――嗚咽――――
俺は――――堰を切ったように泣き続けるその小さな背中をさすり続けた。
ようやく顔を上げた彼女の目はまだ赤かったが、思い切り泣いたことで少しだけすっきりしたのだろう。もうすっかりいつもの撫子に戻っていた。
「ごめんなさい――――全部忘れて。貴方が知ってくれている――――それだけで私は――――」
「変えてやる」
「……え?」
「俺がそのクソみたいな運命変えてやるよ」
「で、でも――――」
「信じられないか? 俺はお前のためなら――――空だって飛んでみせる」
『大河、さすがに空は飛べないぞ』
ラキル――――ものの例えだ。
「道場のことは俺に任せろ、金のことなら心配いらない――――だから――――俺と――――付き合ってください」
「わかった――――もし本当に何とかなるなら――――いいよ」
「撫子!!」
「でも――――口だけならなんとでも言えるから――――見える形がなければ付き合えない」
「――――意外と現実的!?」
「当然でしょ、遊びじゃないのよ?」
そりゃあそうだ。でも――――俺だってその場しのぎで言ったわけじゃない。
「――――待ってるから、私――――待ってるから」
撫子はそう言って帰っていった。
俺は――――彼女の涙と微笑みがいつまでも忘れられなくて――――ただ見送る事しか出来なかった。