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 夏休みが終わり、九月も過ぎる。半年。手代木が定めた「とりあえず半年」という期限がやってくる。半年前の自分の絵と見比べる。確実に、うまくなっている。それは間違いない。けれどもまだ足りない気がする。けれども自分でもわからない。自分でもわからなくなったらその時見せればいい。そんな感じの両原の言葉を思い出す。彼女の目ならば一発なのだろう。この絵では何が足りないのか、自分にわからぬこともわかるのだろう、と。だから見てもらった。返ってきたのは、


「あんたもしかして私の絵ばっか模写してる?」


「やっぱわかる?」


「そりゃね。なんで?」


「そりゃうまいからだし、こんな完璧な手本が目の前にあったらさ」


「そう。でも私の絵の模写だけしてても私の絵の模写がうまくなるだけだからね」


「いやでも、そらで描いたこれとかどうよ」


「私の絵の模写ばっかしてたんだってわかる」


「いやまあ、そうなんだろうけどさ。じゃなくてどれくらいうまくなったとか、どこがダメかとか。自分ではかなり上達したってのはわかるんだよ。でもそこから先がわかんないっていうか、まだ足りない気がするけどどこがどう足りないかわからないっていうかさ」


「そ。まあ、うまくはなってるでしょ間違いなく。ちゃんと人も物も立体だってわかるようになってきてるし。絵だけなら問題ないんじゃない? 別に漫画描ける程度っていうかさ。まあとりあえず絵だけで弾かれることはないっていうか。ポーズもまあ描けてきてるし、構図も幅広がったし。ペン入れして線がどうかとか背景はどうかとかは知らないけど」


「それは、褒めてんの……?」


「というよりスタートラインには立ったんじゃないって話。でもこのままじゃただの私の絵の真似だし。当然あんたの個性、自分の絵ってのは全然なくて。そうである以上ポーズとかどれだけ真似しても、例えば表情の幅とかそれに伴う表現の幅は狭まるでしょ。借り物じゃなくて、まあベースは借り物だししょせん絵なんて全部借り物で人真似にすぎないけど、それでもそういうものを自分の中で組み合わせて再構築して、そうやって自分の絵を作ってかないと、目に入った瞬間に読者を引き付けて離さないだけのものは得られないだろうし。だからまあ、顔じゃない? この下絵だけの状態なら顔。基礎はできてるから顔の部分で絵の力を強調して。あとは服とかファッションの幅広げるとか。ここからは画力をあげる、絵の基礎をあげるって言うよりは一枚一枚の絵の完成度を、表現度をあげるとかじゃない?」


「……とにかく、これで間違ってなかったってことだよな?」


「それはこれからのあんたが決めることでしょ」


「よっしゃあ! まーこれからもお前の絵は徹底して模写してくけどさ! それはもー絵のドリルみたいなもんだしな。でもそっか……よしっ! 半年でそれなら上出来だよな! また半年やって、そうすりゃもう徹底して漫画に打ち込めるか!」


「でも絵の上達なんて最初は目に見えても先に行くに従ってどんどん違いなんてわからなくなってくもんでしょ」


「それは確かにな……」


「あとあんたが今後デジタルとかどうするかは知らないけど漫画は背景だってトーンだってあるんだし、それ以前にネームが、コマ割りがあんだから。演出も。絵だけうまくなっても漫画がうまくなるわけじゃないし。そもそも話が面白くなかったらどうしようもないし」


「ほんとな……漫画ってやること覚えること多すぎじゃね? ほんとプロってすごいよなー……お前もよ。ほんとどれだけ練習したらそうなるんだっていう」


「描いてたからね。そういう意味では全部やってたから。ある意味では漫画描くのが一番漫画の練習になるし」


「そりゃそうだけど、なんか本末転倒、じゃねーよな。なんていうんだろうこういうの……」


「とにかくあんたは始めるのが遅かったからしょうがないんじゃない。私みたいに小さい頃からずっとひたすら漫画だけ描いてたなんていうのは今からじゃ真似できないだろうし。真似しても時間かかるだろうから。高校のうちに漫画家の道筋つけたいんでしょ? だったら一つずつ確実にやってくのが間違いないと思うけどね。ただ描くだけで身につけてくんじゃなくて体系的に勉強するっていうかさ」


「そうだよな……いやでも、それ考えても俺は恵まれてるわほんと。両原みたいな最高の手本がすぐ近くにいて、教えてもらえて。んでお前の漫画っつう最高の教科書が目の前にあんだからさ」


「そう。よかったね」


「ほんとな」


「それでー結局手代木くんは練習で忙しくて部誌のための漫画は何も描かなかったってことでいいですかー?」


 と豊葦が笑顔で言う。


「……はい。ほんとすみません」


「いいですよー別にー。でも私も忙しい先輩方に変わって部誌の編集任された身ですからねー。ただでさえ部員も少ないですし三年生ばっかりで書ける人少ないんで少しくらいは何か描いてほしかったんですけどー」


「……ほんと申し訳ないですけどお目汚し程度の落書きしか俺にはないっす……」


「いいですよー全然―。長ちゃんの漫画がありますし夏井さんも描いてくださったんでー。私も何か載せますしー。手代木くんは自分のことで忙しかったんでしかたないですもんねー」


「……豊葦さん怒ってらっしゃる?」


「いえー、全然ー。でも私も長ちゃんのサポートで忙しいですからねー。連載の話もありますしー。そういう点はちょーっとでいいから考慮はしてほしかったですねー」


「……はい、ほんと申し訳ありません。次こそは、次こそはがんばります……」


 手代木はそう言い、必死に頭を下げる他なかった。



     *



 冬が来た。ついに、両原の連載が始動しはじめた。それでも両原は学校に通っていた。


「別に連載が始まればすぐお金が入るわけじゃないからね」


 と両原は言う。


「原稿料なんてアシスタント代で消えるし、そこは当然こっちも払うし。単行本はまだ先だしそもそも売れるかわからないしさ。お金だって貯めなきゃいけないし。なんだかんだ卒業までいることになるかもね。どのみち親には高校だけは出てくれって言われてるけど。どっちみち変わんないのにね。高校出たってどうせ漫画描くだけなんだし。だったら早いほうがいいじゃん」


「それはまあ、やっぱり中卒と高卒じゃ働く時も色々違うからじゃない?」


「そうだろうけど私の場合別に働くとかないじゃん。もう働くって言ってる時に」


「それはそうかもしれないけど、親からしたらやっぱりこの先もずっと漫画で食べてけるとか思えないんだろうし、なんかあって漫画じゃない他の仕事する時もあるとかも思うんじゃない?」


「だとしてもやるならアシスタントでしょ。それ以外できることもしたいこともないし。それなら腕が全てだから学歴とか関係なくない?」


「どうなんだろうなー。俺も世間のこととか知らないけどさ、たとえそういう場合であっても高卒の人を優先的に選んだりするもんなんじゃない? 俺たちが思ってるより中卒の人への差別みたいなのは酷くてさ。あとはそれに関連してやっぱ親だって世間の目とかもあるんだろうし、そうじゃなくても親としてはやっぱり子供らしく学校に行って友達と思い出作って欲しいとかさ」


「ていっても学校来てもただ漫画描いてるだけなんだけど」


「そうだけど……だとしてもさ、こうやって文芸部で、俺たちと一緒に漫画描いてるっていうか、少なくとも喋ったりしてるってだけで違うんじゃね?」


「でもあんた別に友達じゃないでしょ」


「……言われてみるとそうかもしれないけど、じゃあ弟子……」


「弟子にした覚えないし」


「勝手に弟子……でもさ! そういうの抜きにしたって一応同じ部の仲間じゃん! ギリギリ! 少なくともこっちはそう思ってっから! セーフセーフ!」


「何がセーフかわかんないけど……」


「そもそも私は別に仲間だと思ってないし」


 と夏井も言う。


「夏井さーん? 夏井さんだって半分弟子みたいなのにそれ言います?」


「弟子じゃないし。こいつは敵。敵だろうと、敵だからこそその技術を盗むんじゃん。じゃないといつまでたっても追いつけもしないし」


「そういう設定ですか」


「設定じゃないし。でもほんと、いよいよお金入るとなるとさすがに使い道とか考えるよね他人のでも。あんた何か欲しい物とかあんの?」


「とくにないですけど、とりあえず原稿確認用のPCだけですね。しいて言うなら椅子くらいで」

「椅子は大事だって聞くもんね。というかPCだけじゃなくてスキャナーも必要でしょ。描いたの取り込んで送るんだから」


「それは面倒だし時間かかるんで優子に任せます」


「あんたねぇ……豊葦、あんた絶対こいつに給料申請しなよ」


「実際今もしてまーす。といっても長ちゃんが悪いからって冷房代とかちょっとくれるくらいでしたけどー」


「いやいやそんな取ってつけたようなのじゃなくてちゃんと手間賃。時給千円で。実際大変でしょ」


「でも仕事の方はほんとに取り込んで送るだけですからねー。写植もあっちでやるようになったんで。仕事量はかなり減りましたよ?」


「それでもねー。だってあっちとのやり取りとかも基本あんたがやってんじゃん。両原のコメントわざわざメールにしてさ。まあこいつもほとんど修正ださないけど。というかそれで言ったら液タブだって必要じゃない? 何があるかわかんないんだしこっちで手直しとかすることもあるかもじゃん」


「それも面倒ですね……そんな使うわけじゃないのにお金もったいないですし」


「まあそりゃ最初はそうかもしれないけど、でもさすがにあれはすぐ売れてすぐじゃんじゃん入ってくるでしょ。親にもちゃんと何か買ってあげなよ初任給みたいな感じで」


「はぁ。でも別に私もお金とかいらないんで全部渡しますけどね。色々必要ですし貯めないといけないですし。こっちも先のこと考えると何あるかわからないんでそんな使ってられないですから。基本貯金ですね」


「あー、まーでも確かに漫画家なんて不安定だしね……多分ローン組むのとかも大変だろうし。あんたなら大丈夫だろうけど先のこと考えたら貯金も大事か」


 と夏井は言う。しかし手代木はその「先のこと」というのが、そういう一般的なもののことではないだろうと推測していた。それはおそらく「病気」のこと。何が起きるかわからない。そして実際、詳しくないが家族もすでにその病気になっているらしい。存命なのか闘病中なのか、それが誰なのかも手代木は知らない。聞いてないし、聞こうとは思えない。さすがにそこまで踏み込むことはできなかった。とはいえ存命で闘病中ならば、そして「体が動かない」というその病気の症状を考えれば、働くことなどとうていできず、その介護などにはかなりのお金がかかるだろう。まず一点、家のため家族のために、というのはそれがあるのだろう。


 そして自分。自分の未来。この先。もし、それが起きたら。そうしたら当然、彼女も同じになる。動けず、働けず、様々なことにお金がかかる。手代木はそうした場合に行政の支援などがどれくらいあるのか想像もつかなかったが、全額国が出してくれるなどということもないのだろうと推測する。そうなれば、そうなった時のための、貯金。なるべく家族に迷惑をかけないように。


 確かに、金など使ってられないのかもしれない。膨大な貯金を作れたとしても、先のことを考えればそれを切り崩すこともできないだろう。不安とは少し違う。ただそうなると思って行動するだけ。それがおそらく、これまでの人生で彼女が身につけた彼女の「当然」なのだと。


 

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