死についての思索(4)
2023年2月13日
熱い心臓が今日も鼓動している。強力な妄想に鼓舞された心臓である。絶えず新たな形式を模索し、苦悶する心臓なのである。彼はずたずたに引き裂かれる夢想に一縷の望みを抱いて、闘争という人生を歩む。最奥の魂は今やその水面に漂っている。その空想に刺激されて溌剌と動き回る様は低次元の蟲である。人間の魂はもはや明瞭なる蟲である。その人間から真の死を導出することは不可能である。その人間はもはや死んでも死ねないのである。人間の凶暴な棘のある死は滅びたのだ。
2023/08/06 加筆---「加筆とは登攀者の宿命である」---西早稲田にて
熱い心臓が今日も鼓動している。
それはこれから航海へと向かう者の心臓である。
「さあ、出航だ」
強力な妄想に鼓舞された心臓である。
それはあらゆる陸の偶像を軽蔑した者の心臓である。
「帆をあげろ」
絶えず新たな形式を模索し、苦悶する心臓なのである。
「錨をあげろ」
彼はずたずたに引き裂かれる夢想に一縷の望みを抱いて、闘争という人生を歩む。
彼は大地の動物ではない。
彼は海の上を歩む最後の人間である。
最奥の魂は今やその水面に漂っている。
最後の最後の彼岸の魂が、その人間のうちに燃えている。
一羽の鳥が大空を飛んでいる。
船が岸を離れる。
夥しい大地の幽霊の声がこだまする。
「おい、待て」
その声は溌剌と動き回る様はまさに蟲である。
「おい、陸へ戻ってこい」
その幽霊から真の死を導出することは不可能である。
なぜならもうそれは死んでしまっている塊であるからだ。
人間の凶暴な棘のある死はもうその大地では滅びたのだ。
今はもう最後の命がひとつだけ、大海の片隅でぽっかりと浮かんでいるだけである。