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死についての思索(25)
2023/02/27
死を自覚するものは、却って底知れぬ不安を克服できるであろう。
自覚は頭で行うものではなく、心臓で行うものであり、情熱的である。
それはロゴス的というよりはパトス的である。
己自ら死の原因たろうと欲する意欲こそ、死の自覚である。
故に己は行動せねばならぬ。死と抱擁するための行動であり、外界と接するための運動である。
人間は運動体である。
思惟は運動ではなく、作用である。
運動体はロゴスとパトスの結晶体である。
目的的という意味においてロゴス的であり、意欲的という意味においてパトス的である。
われわれは死にむけて努力する存在であるといわねばならぬ。
死とは生の外縁に在るのである。
ゆえに我々の心体は外縁へと脱け出る存在である。




