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死についての思索(16)
2023年2月17日
死に方の不道徳を恥じることはない。ただ闇の中をひとり、彷徨していると思うことは単なる傲慢である。苦悩の偽装があっても彼の魂は欺かれない。理性の苦悩は徹底的になりきれず、単なる気休めにすぎない。理性はおそろしく楽観的であるのがその本性である。理性は「私は疲れ、傷ついている」という。手当たり次第に言葉を羅列し、虚栄的にさえなるのが理性である。一般的に理性をありがたがる人間は多いが、理性に憂鬱はなく、理性に懐疑はなく、理性に陰鬱はない。真に憂鬱を感じ、真に懐疑に苦悩し、真に陰鬱に苛まれるのは、ただただ心臓自体である。いつも傷ついているのは心臓という野獣なのである。