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死についての思索(110)

2023年7月24日


 自由とは、絶対的必然的自然とは一致していないと、例外的に、自分だけが、そうであるとソウ思いたいのだ、ということである。いかなる必然も自分自身には及びえないという、対照自体そのものになりえぬという圧倒的自信、それは自由によって率いられた未知の感情である。その感応の確実性は、思弁的実践的の双方に率いられている。


 思弁の声とは解体の声である。それは開示し、露呈するものを死する号令であり、停止を要求する罵声であり、一切の洞察が終焉した、言葉にならぬ怒号であり、自惚への激しい否定の叫喚のことである。


一方で実践の声とは建設の声である。それは研ぎ澄まされた視線の囁きであり、あらわれでること、つまり露開を歓迎する祝福の声であり、越え出ること、はみ出すこと、の歓喜の声であり、新しい経験の永遠的な自惚による無邪気な鳴き声である。


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