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死についての思索(108)
2023/07/19
死とは詐欺性を含んでいる。なぜならば死とは必ずしも言表されるもの、語り表されるもの、であるからである。死を素直に語ることはできたとしても、それはある種の素朴さであるのであって、誠実であり、真実とは言えない。頽落は存在の憤怒である。惰性は存在の激昂である。夢は存在の革命である。夢想は存在のテロルである。
あらゆる問題を解決し、それに解を呈しようとすることは自惚である。そのような露開の常習性は必ずや、そのあらわしめる様態に、平均を持ち込まざるをえないであろう。わからぬとも解を急がぬことである。エヘラエヘラを腹の奥底に決め込むことである。知り得ないことを無理に測らしめる態度を改めるべきである。完璧に解答することなど不可能なのである。解答に寄り縋ることが唯一の方法である。経験的に与えられた解答は破り捨てるべきである。新しい方法が必要である。エヘラエヘラを覚悟すべきである。えへらえへら、を決して笑わぬことである。