表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神さま見習いの宿題  作者: 霜月 彩華
序章 天使の転生
1/3

n回目の終わり

 橙色に染まる空の下、2人の少女が手を繋いで歩いていた。

 否、繋いで、という表現は相応しくない。片方の少女がもう片方の手を引いて、急かす様に歩いていた。


 側から見れば、その光景にかなりちぐはぐは印象を持っただろう。

 手を引いている方の少女は、何処にでもいそうな村娘。古布を継ぎ接ぎして作った服に、労働の痕が見え隠れする肌。髪色は地味で、瞳だけが年相応に輝いている。

 片や、引かれている方の少女は――


 * * *


――本当に、この子は何者なのだろう。


 日が暮れたら、辺りは真っ暗になる。村から近いとは言え、夜の森が危険なのは間違いない。火を持って来なかった事を軽く後悔しながら、肩越しに後ろを振り返った。


「ーっ」


 整えられていない道に慣れていないのか、歩きにくそうにしながら付いて来る少女。

 目が合い、軽く首を傾げる。ただそれだけの動作が、1枚の絵の様に可憐で、美しい。


――本当に、この子は何者なのだろう。


 高級だとわかる柔らかそうな生地で作られた純白のワンピースは、この森に来るまで汚れも解れも知らなかっただろう。肌は傷一つ無く、村一番の金持ちが自慢していた、陶器という物よりも白い。さらりと揺れる髪は月の様で、瞳は澄み切った空よりも深く――静かだ。


「えっと――」


 何も言わずに目を逸らすのは良くない。とりあえず名前を呼ぼうとして、それが不可能だという事に思い至った。




 少女達は初対面だ。ほんの数分前に、何をするでも無く森で座り込んでいる少女を見て、すぐ側の村に住む少女は「知らない子だ」と思った。

 大して大きくもない村、それも同世代なら全員の顔と名前を知っている。


 それに、こんなに綺麗な子は見た事がなかった。

 目の前の風景の中、少女だけは別世界にいるかの様。暫くの間、ぽかんと口を開けて見惚れ――慌てて首を振る。


――迷子、かな。


 この村の子でないなら、道に迷ってここまで来てしまったのだろう。もうすぐ暗くなるとわかっていながら、放っておく事は出来なかった。


「あの、」


 声をかけると少女が顔を上げた。綺麗な空色の瞳は、涙で濡れてはいなかったが、好奇心で輝いてもいない。


 感情の読めない、空っぽの瞳だった。


 虚無という訳では無い、ただただ静かで、そこにあるモノをそのまま見詰める瞳。


「ー?」


 ぱちぱちと瞬きを数回。それから、ゆっくりと微笑む。人に会えて安心した時の笑顔、という表現が当て嵌まるだろうか。そんな笑顔を、知識の中から引っ張り出して再現した様で――


「あなたのお名前は?」


 少女はどこか不自然さを感じながらも、それを言葉にはしなかったし、出来なかった。言いようのない些細な違和感は、初対面の緊張に呑まれ、認識すらされなかったのだから。


「ー?」


 再び、瞬き。それから首を横に振る。

 答えられない、或いは、質問の意図がわからない、という返事だと少女は捉えた。


「お家はどこ? ここから近い?」


 少し迷ってから、先程よりもはっきりと首を横に振る。


――やっぱり、迷子なんだ。


 そっと近付き、軽く屈んで手を差し出――そうとして、自分の手が土で汚れている事に気が付いた。これでは彼女の手を取るのに相応しくないと感じ、慌てて服の裾で拭う。


「わたしの村、来る?」


 幾分かマシになった手と少女の顔を交互に見てから、頷いて立ち上がる。手を引かれる少女は、嬉しそうな笑顔を添える事を忘れていなかった。




「えっと、あなたは何才なの?」


 名前を呼べないので、代わりに話題を振ってみる。返事は、首を傾げるという動作だけ。


――もしかして、喋れないのかな。


 だとすると、意思疎通はどうすれば良いのだろう。今の所問題は起きていないが、両親の元に帰すには、彼女から情報を聞き出す必要がある。


「文字は書ける? あ、わたしは簡単なのしかわかんないんだけど、村の偉い人なら知ってるはずだから」


 こくんと頷き、それから再び首を傾げる。

 読み書きが出来るのはわかったが、何を疑問に思って首を傾げたのか。自分の発言を振り返り、考えてみる。


「んー……もしかして、わたしが文字を知ってるのが意外だった? 学校には行けないけど、窓から覗いたりしてたから……」


 学校と言っても、空き家を使って大人達が授業をするだけだ。だが、学校に行くより森で食べ物を採って来た方が、日々の生活の為になる。

 だが、街では自分くらいの年頃なら読み書きは当たり前らしい、という話を聞いた事があるので、少女が不思議に思ったのは「読み書きが出来ない」の部分かもしれない。


「ほら、わたしって見ての通り貧乏でしょ? わたしが森に行かないと、ご飯に困るんだもん。だから、滅多に使わない文字の為に学校なんて――」


 返事がない分、自分が口を動かさないと沈黙が流れてしまう。話し続けながら、ふと繋いでいたはずの手が解かれている事に気が付いた。


「どうかしたの?」


 足を止めて振り返ると、迷子の少女もまた、その場に立ち止まっていた。


 白いワンピースの裾がはためき、月色の髪が躍る。橙色の空は、いつしか半分以上を藍色に変えていた。

 薄明の中に佇む少女は、まるでお伽話に出て来る天使の様に儚げで――


「……■■■」


 桃色の唇が、ゆっくりと動くのを少女は見た。

 内容は聞き取れなかったが、鈴が鳴る様な美しい音が風に乗って聞こえてきた。


「なんだ、喋れるんじゃ――」


 よかった、と告げようとして、驚きに声が止まる。


 少女の手に、身の丈程ある杖が、握られている。


――それは、なに……?


 彼女が、そんな疑問を言葉にする事は無かった。



 立派な杖が、地面に突き立てられる。


 ただ1人を残して、この世界の時間は停滞し――


――そのまま《初期化》され、全てが塵へと化した。



 * * *



 迷子の少女を連れ帰ろうとした、貧しい村の少女はもういない。


 彼女の存在は、世界ごと消滅した。


 他でもない、手を引かれていたもう1人の少女によって。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ