ハエトリグサ
廊下から数えて三列目、前から数えて四番目。
私の席は教室の真ん中。
後ろから吹く冷房が直接当たり、寒さ対策にYシャツにカーディガンを着ている。今は六月。
現在は六時間目のゆったりとした声色のおじさん先生による化学の授業中だ。
イオン結合の話を聞きながら授業の終わりを長針をじっと見つめて待っていた。
そして───
起立
礼
化学の青いノートをリュックサックに入れようとした時、落書き用の一枚がひらりと前の人の椅子の下に吸い込まれていった。
右斜め前の席、眼鏡の美術部員が拾う。
「どうぞ。築根さん、絵上手いわね。習ってたの?
それとも好きで?」
落書きの描かれたルーズリーフ。
「ありがと。これは好きで描いたやつ。それよりあんた、これ見て気持ち悪がらないの?」
「いいじゃない、食虫植物。ハエトリグサの形だとか生態は結構好きよ」
「そう、変なやつ。てか離してよ」
「変なやつでいいわ。その変な所を私達は勝手に個性と呼ぶのよ」
変なやつ。
急に語りだしちゃって、はーん結構痛い奴なんだな。
全然離さないなこいつ。
「全然離さないなこいつって思ったでしょ築根さん」
ギクリと目を少し見開く。
「その前に私を痛い奴だと思ったわね」
「当たりだよ、すげぇなエスパーみたい」
間髪入れずに、
「そうよ私美術部部長の有間東はエスパーなのよ。よく私がエスパーだって見抜いたわね。あなたこそエスパー築根さんでいらっしゃいますの?」
「その語尾は似合わないから止めとけよ。私のエスパーはお前に対する比喩表現で、別に超能力なんてもってない」
有間は眼鏡の奥でじっと見つめた。
「てかお前本気でエスパーだなんて言ってんのかよ。痛いからホント。目も当てられないからマジ」
眼鏡拭きでレンズを擦るが、有間の茶色い目玉は築根を離さない。
「ふふっ。ご忠告ありがと。授業中にハエトリグサを描くハイセンスなあなたとしゃべりたくなっただけ。普段はこんなこと言わないわ」
そういって有間はクリアファイルから一枚B5サイズの紙を取り出した。
「本命はこれ」
「何だこれ」
渡された紙には入部届けと書いてある。
「私に入れってのかよ…美術部に」
「そうよ!」
帰りの支度をしていたクラスメート達は有間に注目した。
築根は耳を塞いで
「うるっさい声がでかい」
無視
「我々美術部は今廃部の危機に瀕しております!」
「現在3年生は居らず2年生1人、1年生2人の計3人で活動しています!」
「しかし!悲しいことに部として認められるのは5人以上!残りの2人を今募集中です!どなたか!?」
よく通る声
「うるさい!」
ガララッと前の扉が勢いよく開いた。
「今叫んでたのは誰だ?」
ネクタイの緩んだ先生が言う。
私です、と有間は潔い。
「何があった」
有間は
「この子が部活に入ってくれないので」
「それで急に大声出すなよびっくりするからな、こっちはまだ帰りの会してんだ、やめろよ」
と言って帰ろうとした先生に有間は放った。
「いえ、やめません」
えらくキッパリと。
困惑しながら先生は
「えぇ…ならどうしたらやめてくれるんだよ」
「この子が部活に入るまで私は毎日やります」
なんてこと言うんだ。
「お、おい私は部活なんか入らんぞ!」
それはできないと先生が言った。
続けて有間が、
「あなたも知ってるでしょうこの学校部活強制なの、だから私はどうせなら一緒に美術部にとお誘いしたのだけど」
築根はなにも言えなかった。
そして何かを諦めたかのように口を開ける
「…活動してる日は?」
そこに食いつく有間
「月水金よ!!」
「はぁ…」
「じゃあ先生、はんこ持ってくるから入部届け書けたら言ってね」
無駄に手際の良いやつ
「真田先生はああ見えて美術部の顧問なのよ」
「あの糸目めがねがか?!」
「ひどい言われようね…」
入部届けが書けたので真田先生を探しに行く。
「先生は、部室か?」
「まだ職員室にいると思うわ、いつも部室開始から少し遅れて来るのよ」
「りょーかい」
職員室を覗くと端っこの机でPCを見つめてる真田先生を見つけた。
しつれーしまーす。
「お、持ってきたか」
「はんこお願いします」
「はいよ」
はんこを探す先生に築根は質問した。
「部員少ないんすか」
「おー、そうだな…少ねえな。まだ5人に満たないから部活として活動すらできないのが現状」
じゃあこのまま部員が増えなきゃ部活やらなくていいんじゃ。
「お前今部員増えなきゃ楽って思ったろ」
「エスパー養成部なんですか、美術部って」
「んー、そーだよ」
また適当なこ
「適当じゃないぞ」
「…は?」
読んでくださりありがとうございました。