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第5話 肉占いとひしゃげるシルバー



― グラデーボレ・シティ ヴィオレンザ・ファミリー ホーム 夜 ―


それから約1ヶ月、ティアーモ・ヴィオレンザの護衛としてファミリーに迎え入れられたサンチョは比較的平和な日々を過ごしていた。


グラデーボレ・シティでも有名な乱暴者にわざわざ喧嘩を売る人間も少ないということなのだろう。


ティアーモは、確かに口は悪いし、手も早い。女好きで酒癖が悪く、ギャンブルも大好きだ。気に入らないことがあれば、それまで忠実につかえてきた手下すら簡単に切り捨てる。


基本的にカタギの人間には手は出さないが、前にレストランで料理に彼の嫌いなにんじんが入っていて、シェフを半殺しにしたことはあった。


そんなティアーモの性格についていけず、ファミリーから抜ける者も多い。―――それに、比較的平和といってもここはグラデーボレ・シティ。週に1度は襲撃に遭うので、彼の周りの人間の出入りは激しい。


今日はティアーモの発案で、サンチョを含め、ファミリーに迎え入れられて3ヶ月以内の新人たちを歓迎するパーティーが開かれていた。


本館の2階にある広いベランダに白いテーブルクロスの引かれた長テーブルが配置され、サンチョと5人の新人がティアーモと食卓を共にしていた。―――正確にはティアーモと2人の美女たち、だ。


彼は白人と黄人(おうじん)の美女2人を(はべ)らせながらTボーンステーキを楽しんでいた。


「今日はてめー等のためのパーティーだ。楽しめよ」


ティアーモは美女たちの肩と腰を抱きかかえながら上機嫌に笑う。


「あ、あ、あ…は、はい」


サンチョ以外の5人は緊張でガチガチになっている。きっと飲んでいる酒の味もわからないだろう。


スーツをきた給仕係から各々が肉のリストを受け取る。


「時にお前ら」


「?」


肉のリストとにらめっこをしていた新人たちは皆、ティアーモを見上げる。


「お前らはどんな肉が好きだ?」


白いエプロンをしたティアーモは分厚いステーキをよく切れるナイフで切り、大口を開けてぐちゃぐちゃと噛みながら尋ねる。


「何の肉でも良い。そのリストの中から1番好きな肉の1番好きな部位を選べ。ちなみに俺に遠慮する必要はねぇぞ。なんなら人肉でも構わねぇ。リストにはないが俺がすぐに用意してやる」


「…物騒だな」


サンチョは眉をひそめる。


「俺はサーロインステーキで」「僕は若鶏のグリルで」「この熊肉のステーキを」「Tボーンステーキで。焼き加減はウェルダンで」「豚バラのガーリックソテーがいいです」


新人たちは震え上がりながらそれぞれ肉を注文する。


「何肉…って言われてもな」


出遅れたサンチョは1人、のんびりとリストを見ながら「うーん…」とうなる。正直、スネ肉やランプ肉などは味が想像できない。


「ポーロ、お前の好きな肉は特に気になるな。牛か豚か?それとも鳥か?猪でも熊でも鹿でもいいぞ」


ティアーモがワインを飲みながらニヤニヤ笑う。


「なんだ?心理テストでもする気か?」


「まあ、いいから答えろよ」


「………牛かな。ジビエは臭みが苦手だ」


サンチョが正直に答えるとティアーモは頷く。


「次は部位だ」


「部位か…全然詳しくないが、歳のせいか、脂っこい肉はあまり受け付けなくなってきているな。柔らかくてさっぱりしている肉が好きだ」


「食い方は?」


「ステーキが好きだな」


なんとなくステーキは他の肉料理に比べて特別な感じがする。子どもの頃は特別な日にしか食べられないというイメージがあった。サイコロステーキで大喜びしたのを思い出す。


「量は?」


「少量でいいから美味いのがいい」


その回答を聞いてティアーモは「チッ」と舌打ちする。どうやら望んでいた結果とは違ったらしい。


「面白くねぇ男だな…おい、コイツにシャトーブリアンをステーキで持ってきてやれ。レアでな」


シェフと呼びつけ、サンチョの分のステーキを代わりに注文する。




しばらくすると給仕係が新人6人の目の前にそれぞれが注文した肉料理を置く。


サンチョたちが肉料理を食べ始めると、ティアーモはゆっくりと口を開いた。


「いいか?好きな肉を聞けば大抵ソイツのことがわかる」


「そうなのか?」


ティアーモは2枚目のステーキを頬張りながらサンチョたちに説明する。


「まず、肉を食わないやつ。これは論外だ。俺とは合わねぇ」


「お前との相性か…」


「それ以外になんの価値がある?」


「わかったよ、続けてくれ」


サンチョも自分の目の前に出された分厚いステーキをナイフで切りながらティアーモに続きを促す。


「まずは鶏肉が好きなやつ。これはモモや手羽が好きなやつはまあまあ相性がいい。…だが、ささみや胸肉が好きなやつは合わねぇ」


若鶏のグリルを頼んだ新人は顔を強張らせながら肉を切るナイフを止めていたが、ほっと息を吐いて作業を再開する。


「ささみや胸肉が好きなやつと合わないのはなぜだ?」


「健康に気を使って脂身の少ない部位を選ぶようなやつだ。本音を押し殺したり、我慢するのが得意なやつは俺には合わねぇ」


大分偏見のある解釈だとは思うが、1番好きな肉と効かれてささみや胸肉を選ぶのは確かにダイエットをしている人間やアスリートに多そうなイメージはある。


「皮は?」


「一番に皮を選ぶやつは論外だ。皮は美味いが肉じゃねぇ」


「なるほどな」


「ぼんじりって答えたやつも合わねぇな。アレが一番好きなやつは性格がしつこそうだ」


それは味の話だろう、と思いながらもサンチョは「そうか」と頷く。


「豚はバラが好きなやつは嫌いじゃないが、牛を好まない時点で野心がねぇ。あるいは味がわかんねぇやつだ。どっかズレてやがる」


そのコメントを聞いて新人の1人ががっくり肩を落とした。


「要するにお前にとっては牛が一番なんだな」


「当たり前だろ?ちなみに豚で他の部位を選んだやつはこの世界で出世はねぇな」


ワインをぐいっと口の中に流し込みながら答える。


「牛が一番なのはわかったがジビエはどうなんだ?」


熊肉のステーキを注文した新人が肉を切る手を止めてぴくり、と耳を傾ける。


「ジビエか…嫌いじゃねぇがな。癖がある連中だ。しかもこだわりが強い。まあ変わり者だな。(つう)ぶってるところがとっつきにくい。普通の肉を選ばねぇ時点で要注意だ」


熊肉を選んだ新人は苦い顔をしながら肉を頬張る。


理に(かな)っているのか、適っていないのか、よくわからない理屈だが、奇妙な説得力があった。


「じゃあ、牛はどうなんだ?」


「まず、サーロインが好きって答えるやつは安直だ。間違いなく馬鹿だな。扱いやすいが、芯を持ってねぇから裏切りやすい」


サーロインステーキを頬張っていた新人は口からテーブルにぼとり、と肉を落とした。ティアーモに見られると、彼は慌ててそれを口に詰め込む。


「…ネックやスネみたいな筋張った肉が好きなやつは攻撃的な血の気の多い連中だ。こいつらはわりと好きだな」


美女がティアーモのワインを継ぎ足す。


「お前は…そうだ。ワインは飲めないんだったな」


「ああ」


「グレープジュースならいけるか?」


「もらおう」


サンチョのワイングラスにグレープジュースが注がれる。ティアーモとサンチョはグラスを軽くぶつけ、それぞれが飲み物を口に含む。


「俺の好きなワイナリーで特別に作らせているジュースだ。糖度が高い」


「美味いな…」


サンチョはちろり、とグレープジュースを舐めて頷く。


「それで?肉の話がまだ続きだ」


「ん?ああ…ヒレ肉やロースなら人間をよく見ている野郎だ。頭が良く、わりと芯を持ってやがる。面白みがねぇから好きじゃないがな」


サンチョは「ふぅん」と適当な相槌を打ちながら切り分けた肉を口に運ぼうとしてピタリ、と手を止める。


「ちなみにこのシャトーブリアンは?」


「俺にシャトーブリアンと答えるやつは2タイプいるな。わかっているフリをして俺に取り入ろうとしているやつと本当にしっかりとしたこだわりがあるやつだ」


「………俺はどっちだろうか」


サンチョは自分の口の手前まで運んだ肉とティアーモを見比べて尋ねる。


「お前はそもそも肉を選べてねぇからノーカウントだ。肉の部位を覚えてから出直せ、馬鹿野郎」


「パパ」


その時、Tボーンステーキを注文した新人がティアーモに声をかける。


「ちなみにTボーンステーキが好きな人は?」


ティアーモと同じ肉を注文した新人だ。彼が好きな肉を選ぶのだからきっと好評価に違いない。


「………これはヒレ肉とサーロインのいいとこ取りの部位だ」


T字形の骨の左右で肉の部位が違う肉をティアーモはナイフでつつき、静かな声で続ける。


「これが好きなやつは欲張り、だな。俺はこの質問をする時、必ず、この肉を食いながらする。そして俺の前でTボーンが好きって言うやつは………」


ティアーモは白いエプロンの下に手を入れる。そして次の瞬間、銃声が鳴り響いた。


「…撃ち殺すと決めている」


Tボーンステーキを注文した新人がテーブルに突っ伏す。少し遅れて床に空中をひしゃげたナイフが地面に突き刺さった。


黄人(おうじん)の美女が悲鳴を上げる。


「おい!コイツの死体と部屋を調べろ。多分なにかあ…」


ティアーモが部下に指示を出そうとした瞬間、ティアーモのすぐ隣で2度目の銃声が響く。


直後、屋根の一部がパラパラ…と落ち、ティアーモの視界の端で超小型の銃が空を舞った。


「!?」


ティアーモは目を剥いて銃声がした方を見ると、白人の美女が手首を押さえていた。そのすぐ傍にはひしゃげたフォークが落ちている。


サンチョの放ったフォークが美女の袖に隠し持っていた超小型の銃を弾いたのだ。


「ミーチョ…クソ、このアマ!!!」


白人の女性に殺されそうになったティアーモは銃を向け、引き金を絞る。だが、発砲の直前に彼の顔にグレープジュースが飛んできて、びちゃっと広がった。


「………ッ!?」


一瞬視界が奪われたティアーモは思わず顔を覆う。その隙に彼にグレープジュースをぶち撒けたサンチョがテーブルを乗り越え、女の手をねじり上げて制圧する。


直後、サンチョのこめかみに銃が突きつけられた。







「これは……………これは一体どういうことだぁぁぁぁああああ!!!!?????ポーロ・ウォォォォォォォ~~~~ヴォォォォォォオオオオオオ!!!!!」


突きつけていたのはグレープジュースまみれで眉間に青筋を立てたティアーモだった。


※名前の由来(なんちゃってイタリア語)

 ・ミーチョ:子猫ちゃん


※ちなみにカルビはどこの部位?って思いません?牛の解体図を見てもカルビの表記はありません。じゃあ味付けのこと?…いいえ、違います。カルビは韓国語で「アバラ」だそうです。脂が多く乗っている部位、つまりアバラのお肉―――「バラ肉」。「バラ肉」はアバラの肉のことでした。皆さん知ってました?ちなみに私は初めて知りました。



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