第29話 サンチョ・パッソの「仕事」 ※注「R15、若干のグロあり 閲覧注意」
※今回の話はR15、若干のグロを含みます。それほどエグい表現はありませんが、苦手な方はご注意ください。
「…おい、アッラ=モーダ」
怒りに震えるバニーボーイに銃口を向けながら、対面にいるおかっぱに声をかける。
「俺にはヤツが変態の格好しているようにしか見えないんだが、これは本当に幻覚なのか?」
冬でもないのに、黒光りする引き締まった身体から湯気を立ち上らせるバニーボーイ姿の大男はどうみても幻覚には見えない。
「その筈だ…。こんな巨大なうさぎが幻覚でないわけがない…」
おかっぱとサンチョでは別の姿に見ているらしく、彼は震えながら頷く。
「俺は農園に行く前にもファジャーノが連れ去られる時にこの姿のティアーモを見た。どういうことなんだ?」
「俺に言われてもわかるわけないだろ。…少なくとも地上に出たパパは体型が変わっても裸じゃなかった。それだけは確かだ」
「…ううむ」
確かに地上に出てシャワーの水を浴びるまでは化け物の姿をしていたティアーモは水を浴びると普通の格好に戻っていた。
筋肉が実際にこれほど膨張しているならば普通の服なら弾け飛んでしまうだろう。
「…」
だが、身体の質量が変わっていないのだとしたら、この弾丸を弾き、バーカウンターをまるでバターのように削り取る目の前の化け物をどう説明すればいいのか。
彼に撃ち込んだ弾丸は確かに命中し、ひしゃげてサンチョの目の前の床に転がっている。
身体の熱でティアーモの香水がむわっ、と部屋に広がった。
むせ返るような強い香りに思わずサンチョは鼻を摘みたくなる。
「バBAば、バーァァAAAぁぁぁァん!!!」
ティアーモの丸太のような腕がサンチョの上半身を吹き飛ばさん、と右フックを繰り出す。
幸い、格闘技のように洗練されたコンパクトな振りではなく、モーションが大きいため、サンチョは身体を後ろに大きく逸らし、パンチを避ける。
ビュウンッ、ととてつもない質量がサンチョの腹と鼻先を通過し、かぶっていた帽子のツバに当たって、帽子を跳ね飛ばす。
「!!」
少し掠めただけの鼻先に熱が走る。
あと数ミリ上にいたら鼻とサングラスがなくなっていたかもしれない。
黒いハットが回転しながら空を舞い、パサリ、と音を立てて地面に落ちた。
パンチを回避するために天井を仰ぐこととなったサンチョはその時、あるものに気づく。
それは丁度ティアーモの真上にあった。
パァン!!!パァン!!!
サンチョは仰け反った体勢のまま、銃でそれを撃ち抜く。
「「!?」」
撃ち抜いたのは火事の際、自動で煙を検知して消火を行うスプリンクラー。
1発目がスプリンクラーのカバーを破壊し、続く2発目が奥に潜む水道管を破壊する。
銃声が聞こえたのとほぼ同時に上から本日2度目のシャワーが真下にいたティアーモを中心に降り注いだ。
上から突然振ってきた水にティアーモとおかっぱは驚いて顔を上げる。
そして、サンチョはその瞬間を今度は見逃さなかった。
水に触れた瞬間、ティアーモの顔や肩が赤と緑の植物に代わり、それらがティアーモの身体の内側に逃げていくのを…。
本当に1度瞬きをすれば見逃す程の速さだったが、その植物がティアーモの身体に完全に引っ込む前に、サンチョは引き金を引く。
それはまさに神業と言っていい反応速度だった。
パァン!!!
目の前で一部始終を見ていたおかっぱですら、サンチョがフックをかわした直後、発砲音が鳴り響いたことしかわからない。
ティアーモの身体に引っ込みかけていた赤い植物の蔦の先端に、サンチョの撃った銃弾がぶつかる。
しかし、蔦は銃弾をベシッ、と床に叩き落とし、しゅるん、とティアーモの身体に引っ込んでいった。
床に転がった銃弾はこれまで彼に撃ち込んだ弾丸と同じく、ぺしゃんこに潰れていた。
「ブハッ!?………なんだ?なぜ俺は生きてる!?」
直後、水をかぶったことでティアーモが正気を取り戻し、声を上げる。
「パパ!」
「止まれ!!!」
サンチョがティアーモに駆け寄ろうとしたおかっぱを大声で制止する。
「!?」
その大声に驚いたおかっぱは身体をびくりと震わせて止まった。
「…おい」
全身ずぶ濡れになった黒人の男は、トレードマークの帽子を脱いだ坊主頭にサングラス、口髭の男に静かに声をかけた。
「これは…俺がやったのか?」
ティアーモは部屋をゆっくりと見回してサンチョに尋ねる。
「…ああ」
サンチョはゆっくりと頷いた。そして「記憶はあるか?」と尋ねる。
「…いや、全くねぇ。こめかみに銃弾ぶち込んだと思ったら、全身ずぶ濡れだ。…一体なにが起きている?」
「…」
サンチョはそれには応えずスプリンクラーの雨の中、ティアーモの脇を通ってバーカウンターのキッチンに入る。
そして果物ナイフを一本取って戻るとティアーモに手渡した。
「…あん?」
「それで身体を傷つけてみればわかる」
「…?」
ティアーモはしばらくナイフを見つめた後、左腕にナイフを当てて勢い良く横に引いた。
パタタ…と濡れた床に赤いインクのように血が飛び散ると同時に
「「?!」」
傷口から蔦が飛び出し、ビチビチと跳ねる。
「パパ!」
「うわっ!?なんだこれ…」
それは水に触れた瞬間、慌てて身体の中に引っ込んでいく。
引っ込むと同時に出血が止まり、切り傷が塞がっていた。
「気持ち悪ぃ…」
一拍置いてティアーモが吐き捨てるように呟く。おかっぱもそれは初めて見たようで目を見開いていた。
「俺の身体の中にいるのか?なんなんだコイツは…?」
「…『宝石が咲く花』の実から育った植物、だろうな」
サンチョがこれまでの情報を総合し、考察する。
「『宝石が咲く花』?それがなんだって俺の身体に?」
「それは俺が聞きたいが…」
ティアーモが怪訝そうに首をかしげるが、サンチョもその答えは持ち合わせていない。
なぜ彼が宝石商から買った「宝石が咲く花」の実を食べることになったのか。
以前、ベッロ・キャッペライオが見せてくれた映像では、「宝石が咲く花」の見た目は植物よりも宝石や美術品に近く、食欲をそそるような類のものではなかった。
「…パパは覚えていないかもしれないけど…」
おかっぱがサンチョとティアーモの会話に割って入る。
「先代が次の幹部会でアッコルドさんを後継者にするって言った日だよ。パパは『宝石が咲く花』の実が無くなったって大騒ぎしていたんだ」
「…そんなことあったか?そこの箱に入っているはずだろ?」
おかっぱの話にティアーモは首を傾げ、辛うじて残っているバーカウンターの上に置かれている箱を指差す。
「いいや…何度も言ってるけど、この中には…」
おかっぱは首を振り、スプリンクラーによって濡れた箱の蓋をゆっくりと開けてティアーモに見せる。
中には枯れた植物が横たわっていた。
「…枯れてる…のか?そんなバカな…」
中身を見てティアーモはそのことに初めて気づいたという顔をする。
「…パパはあの日、実を食べたんだよ。あの日、皆には『探したけど見つからなかった』って言ったけど、俺はパパの部屋から「宝石が咲く花」の果実の欠片を見つけたんだ。…歯型のついた、ね」
「それは今どこに?」
ティアーモの問いにおかっぱは首を横に振って応える。
「植物の実だからね。とっくに腐って、誰にも見つからないところに捨てちゃったよ。…あの日はあんなに怒り狂って騒いでいたのに、翌日になったら枯れたことをすっかり忘れてた。それどころか、これを見て、枯れたことに全然気づいていない様子だったから俺はゾッとしたよ」
「…お前は知ってたってことか?…俺がこの植物に寄生されていたのを」
おかっぱは「いいや」と首を振る。
「『宝石が咲く花』と失踪事件が俺の中で結びついたのはもっとずっと後のことさ」
おかっぱは苦々しい表情を浮かべて告白する。
「…」
ティアーモは黙ってすっかり傷が塞がった腕を見つめ、そしてぐっ、と唇を噛みしめた。
そして目をつぶり、ナイフを自分の内側に向けたまま壁に向かって走る。
「おい!」
「パパ!なにを!?」
ドン!!!
壁にナイフの柄が当たり、少し遅れてティアーモの身体がナイフの先端へ飛び込んでいく。
直後、ナイフはティアーモの胸に深々と突き刺さった。
「ぐ…!!!」
そのままティアーモは胸に果物ナイフを刺したまま、濡れた床に膝をつく。
すぐに傷口から蔦が這い出てきてナイフを押し出し、傷口の上をビチビチと跳ねた後、内側に引っ込み、傷を塞ぐ。
「ここ…じゃねぇか…」
床に転がったナイフを拾い、ティアーモは呟いた。
真っ赤に染まった床とティアーモの胸はなおも吹き出し続けるスプリンクラーの水によって洗い流されていく。
「なら…ここか!?」
ナイフを両手で握り、大きく後ろに持ち上げる。その手は震えていた。
ティアーモは目をつぶって「フッ…フッ…」と短く息を吐きながら何度かナイフを頭に振り下ろそうとしては戻りを繰り返し…
やがて…
「ふっ!!!!」
後頭部の脳幹を目掛けてナイフを思い切り突き刺す。
「こ、ここでも…ねぇか」
その姿は常軌を逸しており、サンチョとおかっぱはただ目を見開いたまま、それを見守るしかなかった。
「大丈夫だ。なんかよくわかんねぇが痛みはねぇ。それどころか、傷が塞がる瞬間、めちゃくちゃ気持ち良いんだ。…ホント、どうなっちまってんだろうな、俺の身体…」
心配する2人を察してか、後頭部の傷から蔦を生やしながらティアーモは苦笑いする。
死ぬ瞬間、痛みを感じさせないように脳はドーパミンやβエンドルフィン、セロトニンなどの脳内快楽物質を出すという。
みぞおち、後頭部どちらの傷も通常の人間であれば致命傷だ。
恐らくティアーモの身体は痛みを感じさせないために脳内快楽物質を出しているのだろう。
あるいは、植物に寄生されたことでティアーモの身体はすでに痛覚を失ってしまっているのかもしれない。
「心臓でも脳でもねぇなら…やっぱここだな!!!」
ティアーモは叫び、自分の腹に深々とナイフを突き刺した。
4度目の自傷行為。
痛みがないとわかった今、ティアーモの動きに一切のためらいもなかった。
「ぐ!!!」
ティアーモは口から血を吐きながらニヤリと笑う。
「………ここ……か」
ティアーモの腕には心臓や後頭部を狙った時とは比べ物にならない程の蔦が絡みついていた。
まるでこれ以上腹の傷が広がるのを拒否しているかのように見えた。
「…っし」
ティアーモは左手で傷口から出てくる蔦を掴み、右手でナイフを突き刺したまま肘の方に引き、傷口を広げようとする。
そして、傷口の中をサンチョに見せるように開きながら叫んだ。
「おい、今だ。やれ!!!」
「…」
その声に応じて、銃口をティアーモに向けるサンチョ。
「おい、待ってくれ!!!」
サンチョの前におかっぱが両手を広げて立ちふさがる。
「やめてくれ!そんなことしたらパパが!殺さないでくれ。パパを『宝石が咲く花』から救う他の方法を探して…」
「うるせぇ、アッラ=モーダ!」
必死でサンチョを止めようとするおかっぱにティアーモが叫ぶ。
「てめぇもわかるだろうが!俺はもう痛みも感じねぇ。身体中、このクソッタレな植物が巣食ってやがる。なんでかわかんねぇけどよぉ。俺が『宝石が咲く花』の実を食っちまってこうなったってーんなら俺のせいだ。俺は自分のファミリーに無意識で手をかけちまった最低のクソ野郎だ」
「でも…でも…!」
おかっぱはなおも引かずに首を横に振る。
「他にもなにか方法があるはずだ」
「それを探している間に何人が犠牲になるんだ?」
「…それは…」
おかっぱはうつむいて黙り込む。
「俺はこれ以上、知らねぇ間に気のいいバカ共を薬漬にして、このクソッタレの植物を育て続けるなんてことはしたくねぇ。…これ以上、俺のファミリーを裏切りたくねぇ」
「!!」
「どけよ!俺を俺のまま死なせてくれ。狂った薬中じゃなく、ファミリーのボスとして」
腹の傷を開きながら叫ぶティアーモの表情は鬼気迫っており、おかっぱは思わず後退る。
「ブロ…いや、サンチョ・パッソ!俺は依頼したよな?『誰であろうと犯人見つけてぶっ殺せ』って。俺がその犯人だ。依頼を果たせ」
「…」
サンチョは黙ってゆっくりと頷いた。
そしておかっぱが射線に入らないように少し横にずれ、改めて銃をゆっくりとティアーモに向ける。
おかっぱはもう邪魔をしようとはしなかった。
「ここだ。しっかり狙えよ」
ティアーモは傷口を広げる。傷の中には赤く光るなにかがあった。
…「宝石が咲く花」の果実だ。
スプリンクラーの雨の中でティアーモとサンチョの視線が交差する。
ティアーモは穏やかな目で笑っていた。
「…」
サンチョは「仕事」を行うことを決心する。
引き金に指をかけながら一瞬の間に思考を巡らせる。
普通に撃てば先程同様、蔦に銃弾は弾かれてしまうだろう。
狙うは跳弾…。
威力は通常の弾丸に比べれば落ちるが、当たらなければ意味がない。
パン!パン!パン!
3発の銃声がほぼ同時に聞こえ、弾倉に入っていた残り全ての銃弾がそれぞれ別々の方向に飛んでいく。
まず1射目のAの弾丸が地面に転がった潰れた弾丸に着弾し、急角度で跳ね上がり、下から抉るような角度でティアーモの身体へと飛んでいく。
一方の潰れた弾丸はAの弾丸によって床から弾かれ、跳ね上がり、2射目のBの弾丸の軌道と重なる。
Bの弾丸は空中で潰れた弾丸によって角度を急激に変え、今度は斜め右上から左下に向かってティアーモの方へと向かっていった。
それらのすぐ後にCの弾丸がビリヤード台に転がっていた白い球の上を掠め、角度を変える。しかし、これは跳弾に失敗したのか、ティアーモの横を逸れて飛んでいった。
ティアーモのナイフに抵抗していた蔦のいくつかが、発砲音に反応するも、真っ直ぐ飛んでこない弾丸に一瞬混乱した動きを見せる。
しかし、いくつかの蔦は冷静にAの弾丸に対処し、これを叩き落とした。
次のBの弾丸がその蔦の隙間を縫ってティアーモの体内に飛び込む。
弾丸Bはティアーモの持つ右手のナイフにさらに跳弾し、赤く輝く「宝石が咲く花」の果実へと迫る。
だが、これももう少し、というところで、「宝石が咲く花」の果実から吹き出した蔦によって絡め取られてしまった。
だが、直後、「宝石が咲く花」の果実が砕け散る。
「?!」
果実を砕いたのは横に逸れたと思った弾丸Cだった。
弾丸Cはバーカウンターのキッチンで跳ね返り、ティアーモの左脇腹から右脇腹へと「宝石が咲く花」の果実ごと貫通していったのだ。
ビリヤード台で弾丸Cが掠めた白い球はコロコロと転がっていき、台に同じく転がっていた「8」の球にぶつかる。
白い球はぴたりと静止し、力が完璧な形で伝わった「8」の球はコーナーポケットへと転がって、ごとん、と落ちていった。
「パパ!パパ!」
おかっぱが弾かれたようにティアーモの元に駆け寄り、床に横たわった彼を揺さぶる。
「宝石が咲く花」の果実が砕けたことで力を失ったのか、傷口から伸び出た蔦たちは茶色く変色し、頭を垂れていた。
「…うるせぇな、叫ばなくても聞こえてるよ」
ティアーモはうるさそうに片眉を上げて、おかっぱを力なく睨む。
その時、ごとん、とレールを伝ってボール溜まりに「8」の球が落ちてきた。それを見て、ティアーモはニヤリと笑う。
「…んだよ。てめぇ…ビリヤード、うまいじゃねぇか…」
「…銃弾なら、な」
サンチョは口の片端を上げ、ティアーモに笑ってみせる。
「そうかよ。…おい、アッラ=モーダ」
顔を上げて自分の身体を抱いているアッラ=モーダの顔を見る。
「パパ…」
アッラ=モーダの目には涙が光っていた。
「俺の家族を、後を、頼むぜ…」
アッラ=モーダは首を何度も縦に振り、うんうん、と頷く。
「ああ、ああ…任せてくれ」
「頼んだぜ。……………おい、ブロ」
ティアーモは首をサンチョの方に傾ける。
「…なんだ?」
「楽しかったぜ」
ティアーモはニヤリと力なく笑う。
「…」
サンチョはサングラスを外し、ティアーモにニヤリと笑いかけた。
「…ああ。俺もだ」




