第25話 濡れたバニーボーイズ
鉄のかごは3人を乗せてゆっくりと地上へ浮上していく。
「…」
「「…」」
1人と2人は向かい合ったまま無言で互いを見つめる。主に筋肉の塊が1人いるせいでエレベーターはぎゅうぎゅうだ。
密閉空間で2人の香水が混ざった香りがサンチョの鼻をくすぐった。
「…」
「「…」」
3人の沈黙はなおも続く。
状況的にはこの2人はサンチョにいつ襲いかかってきてもおかしくはない。
ひ弱なアッラ=モーダならまだしも、この筋肉の塊と化したティアーモにこの距離で襲われたらひとたまりもない。
不意に親切にされたせいでなんとなく同乗を許してしまったが、これは明らかにサンチョの判断ミスだ。
だが、不思議と2人からは殺気は感じられない。
「…」
「「…」」
「…なあ」
「「?」」
沈黙に耐えられなくなったサンチョが堪らず声をかけると2人の視線がしっかりとサンチョの顔に向く。
その表情はどこか虚ろでホラーテイストだ。常人であれば失禁もののシチュエーションと言えよう。
「…襲わないのか?」
「ンだ?」「ダンテ?」
2人はきょとん、とした顔で首を傾げる。
「だってほら、その…今、チャンスだろ。俺を襲うなら」
「エレベターで暴れルちゃぶないデス」「そう。きケんがアブナイ」
「…」
2人から「エレベーターで暴れるのは危ない」とごくごく真っ当な指摘を受け、サンチョは押し黙る。奇妙な格好をしている変態たちのクセに妙なところで常識がある。
「まあ襲わないでくれるならそれでいいんだが…」とサンチョは呟いた。
チーン…
しばらくして、エレベーターが地上への到着を告げる。
扉が開き、3人がエレベーターから出ると
ザァァァァァァァ…
頭の上から突然ぬるま湯が降り注いだ。
「「「!?」」」
サンチョだけでなく、ティアーモとアッラ=モーダも面食らったように上を仰ぎ見…
「ぶぁ!?クソったれ、なんだぁ!?」
ティアーモが突然、我に返ったように叫ぶ。
どういう仕組みなのかはわからないが、その姿はいつの間にか元の180cmの背丈に戻っている。
先程までの奇妙な格好もいつの間にか白いTシャツに黒いスェットというラフな部屋着に変わっていた。
「…」
自身の手を見つめるアッラ=モーダの顔にも知性が戻っており、うさ耳のカチューシャはやはりいつの間にか消えていた。
「なんだってんだ。なんで俺はこんなクソみたいな場所でボケッとつっ立ってやがる。…おい、アッラ=モーダ、ブロ、なにがどうなってやがる」
ティアーモが事情の説明を求めて喚き散らす。
「…ここはプール、か?」
ここが本館の西側にあるプールのシャワールームであることに気づいたサンチョはティアーモに尋ねる。
「ンン?…ああ、そうらしいな。だが、なぜ俺たちがここにいる?それもこんな格好で。俺には野郎2人と服着てシャワーを浴びる趣味はねぇぞ?」
「?」
「覚えていないのか?」とサンチョが口を開こうとした時、
「すまない、パパ。俺たちにも一体なにが起こっているかわからないんだ」
サンチョの言葉を遮り、アッラ=モーダが喋る。
「少しサンチョと一緒に原因を探らせてくれ」
「…だが」
なおも口を開こうとしたサンチョに対し、「これ以上なにも喋るな」と言わんばかりにアッラ=モーダが目で合図を送る。
そしてびしょびしょに濡れた白いスーツのポケットから通信機を取り出す。
「…もしもし、俺だ。パパを本館まで送ってくれ。…そうだ。今、西のプールにいる。…ああ、急いでくれ。詳しい事情は後で話す」
恐らく、部下とやり取りしたのだろう。
行方不明となっていたファミリーのツートップとファジャーノを探していた部下たちはものの数分で集まってきて、ティアーモとアッラ=モーダを見て安堵の声を漏らす。
「ああ~!!パパァ~心配しましたよ」
「アッラ=モーダの兄貴、今までどこに」
「ファジャーノの野郎は?」
「流石サンチョ=パッソだ…」
様々な声を上げる部下たちに返事はせず、「話は後だ。パパを部屋まで護衛しろ」とアッラ=モーダは命令する。
「…おい、アッラ=モーダ。てめぇ、俺になにを隠してやがる」
アッラ=モーダの強引な姿勢にティアーモが違和感を覚え、睨む。しかし、アッラ=モーダは首を振り「なにも」と応える。
「パパ、これからサンチョと調べて、わかったことがあったら明日報告する」
「今日だ!」とティアーモは声を張り上げる。
「今日。何時でも構わねぇ。寝てたら俺を叩き起こしてでも報告しに来い」
「寝てるのに起こしたらぶん殴るくせに」と一同は心の中でツッコミを入れる。皆、何度このパターンでぶん殴られたか。
だが、付き合いの長いアッラ=モーダは彼の扱いを心得ているのか、「わかった」と頷く。それを見てティアーモは「約束だぞ」と念を押し、渋々と護衛たちとともに自室へと引き上げていった。
「…それで?」
護衛たちの気配が完全に遠のいてから充分に間を置いて、サンチョが口を開く。
「どういうことか説明してくれ」
「ああ」
アッラ=モーダは覚悟を決めた顔で頷く。
「もう隠しても無駄だろう。…全て話そう。ヴィオレンザ=ファミリーになにが起きているのかを」




