第22話 We are Bunny Boys
緩いカーブを描くトンネルを慎重に進んでいく。
トンネルの入り口同様、相変わらず左右の壁には埋め込んだニンジンで描かれた絵や、「ニンジン農園」への方向を指し示す矢印などが並んでいる。所々は間違えているのか反対方向を示す矢印もあった。
そのニンジンはどれも腐っていて酷い匂いを放っていた。
薄暗い通路を進むに連れ、徐々に先程から聞こえるボスッ、ボスッ、というなにかが突き刺さる音が大きくなり、歌の声の主が複数人であることもわかってくる。
どうやら「ニンジン農園」とやらはもうすぐそこのようだ。
サンチョはふと、進行方向にある物が落ちていることに気づいた。
「俺のガットパールド…か?」
トラップに警戒しつつ、慎重に黒光りする銃を拾い上げる。
銃身に以前、仕事の対象の用心棒と戦った時につけられた刀傷が見えた。
グリップを握り、引き金に指をかけるとトリガーガードの僅かな傷に中指が触れる。このトリガーガードの傷に気づいてもう数年になる。いつ傷つけてしまったのかは忘れたが、そんな僅かな傷さえもなければ気持ち悪いと思える程、自分によく馴染んだ銃…。
間違いなくサンチョの愛銃―――ジェルモ製。.38口径。ダブルアクション。ガットパールドM2752だ。
「探したぞ、相棒」
サンチョは思わずニヤリと笑い、銃身を優しく撫でる。そして、弾倉止めを押して弾倉を抜き取った。残弾数を確認すると残りは7発…。
ファジャーノはやはりサンチョの銃を使い抵抗したようだ。しかし、その抵抗虚しく意識を奪われた。そしてこの銃がここにあるということは、彼を襲った襲撃者は彼を担いで間違いなくこの道を通ったのだろう。
ファジャーノの銃を握る手が緩んだせいでここに銃を落としたのだ。
―――いや…話がうますぎるか?
サンチョは銃に細工がないかを確認していた手をふと止めて考える。
いくら銃弾が効かない可能性があるとはいえ、捕まえた相手が武器を持っているのは心理的に嫌だ。サンチョならば拘束した後は確実に武器を奪い無力化させる。
至近距離で発砲されたのだから、銃を持っているのに気づかなかったなんてことはあり得ない。それにこの床に銃を落とせば必ず音がする。なぜ襲撃者は銃をそのままにしておいたのだろうか。
壁に埋まったニンジンといい、襲撃者がなにを考えているのか全く理解できない。
―――だが、まあいいか。
銃の点検を終えた後、念の為、予備の弾丸に全て入れ替えてから弾倉を戻す。
銃には異常はない。弾も15発全てある。襲撃者の心のうちを読むのは殺し屋の仕事ではない。
殺し屋としてのサンチョが気をつけねばならないのは、連れ去られたファジャーノと、行方がわからないティアーモとアッラ=モーダ、そしてサンチョの銃の弾丸では至近距離でもダメージを与えられない襲撃者の身体だけだ。
「…それを拾ったなら今すぐ引き返せ」
その時、前方から聞き慣れた声がかかった。
「………」
サンチョは黙ってセーフティを下ろし、引き金に指を軽くかけた状態で声の主に銃を向けた。
両手を上げ、小さな声で近づいてくるのは白いスーツに金髪のおかっぱ頭。頭にはなぜかバニーガールのようなウサギの耳のついたカチューシャをかぶっていた。
「アッラ=モーダ」
サンチョは声の主の名前を呟いた。
「意外だな。驚かないのか?」
「驚いてるさ。ただその可能性もあるとは思っていた」
「そうか」
アッラ=モーダは頷きながら、手に持ったキラキラと輝くなにかをボリボリとかじる。
食べ物を持った手は小さく震えていた。
彼はゆっくり目をつぶりながら息をフーッ、と吐くと真面目な顔でサンチョを見る。
「悪いことは言わない。まだ今なら間に合う。引き返せ」
「引き返せ、と言われてもな。上に続く階段なんかないぞ?」
「わかっている。だが、朝まで隠れていロ。太陽が登ル…ますマで。見つカったら…おまままままままままままままままま…………………」
突然、おかっぱが上半身をガクガクと前後に揺らし、よだれを撒き散らしながら壊れたゲームのような奇声を発する。
目は白目を向いており、明らかに様子がおかしい。
「…おい、どうした?」
サンチョが近寄ろうとするとガクガクと首を揺らし、白目になったおかっぱは表情の抜け落ちた顔で口を開く。
「まままままままままま…………みみみみみみみみみ皆様、ごごごごごごご…ごきげんよう!時間になりマした。今日もスル、楽シい農作物に!ルンルンルン!ルンルンルン!ルンルンルン!」
おかっぱは片方の腕でサンチョの腕を掴み、もう片方の手に持っていたキラキラ光るなにかの残りを口の中に押し込み、ボリボリと噛み砕いた後、ゴクリと飲み込む。
そして口角だけギギギ、と油のさしていない自転車のようにゆっくりと軋ませて引き上げた。
「キマるぜやっほい」
そして、腰にそえると「ルンルンルン!」と大きな声を出して歌いながらスキップを始めた。
「お、おい…」
サンチョは掴まれた腕を振りほどこうとするが、まるで万力で挟まれたかのように物凄い力で掴まれており、力いっぱい引いてもびくともしない。
「ココだよ、ココここ、ココここ…コココココココケコッコー、結構結構上手いもンじゃあないかねショクン。ルンルンルン!ルンルンルン!ルンルンルン!」
おかっぱは意味不明なことを口走りながら反対方向に行こうとするサンチョを引きずって通路の奥へと進んでいく。
明らかに正気を失っているが、引き金を引くのはためらわれた。
「サあ、皆様!ごきげんヨう!諸君!今日も我々農作物。お仲間君タダイマしました!サヨウナラ!」
おかっぱはトンネルの出口に向かって大声で叫ぶと、サンチョの襟を掴んで前方へ放り投げる。
まるで枕投げの枕のように綺麗な放物線を描き、150cmに満たない中年は開けた場所の真ん中へと飛んでいった。
「ぶっ!?」
落下の瞬間、銃を持っていない左手で受け身を取るが、地面から跳ね上がった土がサンチョの口の中に飛び込んでくる。
「…ぺぇっ!」
サンチョは口の中の唾液とともに土を吐き出す。
その部屋はサンチョが最初に落ちてきた場所くらい高い天井があり、上には無数の青白い照明が光っていた。
だが、それだけではない。
サンチョがいる地面もその照明の光りを受けてまるで宝石のようにキラキラと輝いていた。植わっているのは光るニンジン。
辺りを見回すと大勢の人間がいた。彼らはおかっぱと同じく、うさ耳カチューシャをつけており、白目を剥きながら張り付いた笑顔を浮かべている。
そして彼らは鍬を持ち、「ルンルンルン!」と歌いながら地面をボスッ、ボスッ、と耕す。
どうやら、先程から聞こえていたなにかを突き刺す音はこれだったようだ。
彼らはベルトコンベアのように等間隔で、正確無比に鍬を振るう。そのタイミングも完璧に同じだ。
「「「「「ルンルンルン!楽しい労働ルンルンルン!ニンジン大好きルンルンルン!ルンルンルン!ルンルンルン!ルンルンルン!」」」」」
遠くから聞こえてきた歌と同じものを彼らは声を揃えて歌う。
「ここが…ニンジン農園か?」
サンチョが呟いたその時、目の前に鍬を振りかぶった男が立っていた。
その男は「ルンルンルン!」と言いながら、サンチョに向かって鍬を振り下ろす。
「ぬ…」
土の上を横に転がって回避すると、彼は気にせず鍬を振るいながらサンチョの真横を耕していく。まるでサンチョのことが見えていないかのようだ。
「オトモダチィ、オトモダチィ、良い子は皆ァ、オトモダチィィィィイイ良い良い良いイエぇぇぇぇぇぇい!!!!!」
おかっぱが意味不明なことを叫びながらドタドタと農場に入ると、全員がピタリ、と手を止め、張り付いた笑顔で一斉にサンチョの方を見る。
よく見れば、その中には失踪した筈のオゥルソやカーネ、シーミャ…他にも見知った顔が混じっていた。
「よく来タね!よウ来たナ!」
「俺はニンジンじゃないゾ!ピーマンだネ」
「ニンジンはお好きでスかかか?ちミみに俺は大嫌い」
「オニクばかり食べちゃダメ」
「わかってるよ、ママ…」
全員が一斉にサンチョに向かって意味不明な内容を話しかける。
「…お前たちは一体…」
サンチョが口を開きかけた時、「バービビビブゥべボー!!!!!」とだみ声が周囲に響き渡る。
「おきゃぁ~~~~~くサァァァァァマでありんすでザルるすか?」
先程のだみ声の主が、今度は奇妙な猫なで声でサンチョに話しかける。
サンチョが視線を向けるとその先には宝石のようなニンジンで作られた玉座がある。
そこに足を組んで座っていたのは、バニーガールの耳のようなうさぎのカチューシャをつけ、目には蝶の模様のアイマスクをつけた黒人の男。
「ティアーモ……………か?」
顔の感じはなんとなく彼のよく知る男の顔に見える。だが、サンチョが自信なく声をかけるのは無理もなかった。
彼はサンチョのよく知る姿ではなかった。それはもちろん、普段の1.5倍近く筋肉が膨れ上がり、3mを超える巨体であったこともあるが…。
巨体よりもその格好の奇天烈さに目を奪われてしまう。
膨張した筋肉のせいでパツパツに膨れ上がり、断線仕放題の網タイツ。
岩のようにゴツゴツとしたむき出しのシックスパックスの上に羽織るボタンの弾けたベスト。
腕にはやはりパニーガールが腕につけるカフス。
そして極めつけはウサギのしっぽのついたブリーフ…。
…………控えめに言っても変態にしか見えない。
サンチョの問いかけに対し、奇天烈な格好をしたティアーモは「ノンNONやんやん♪」と指を振ってチッチッチッ、と舌を鳴らす。
「うぃーあーバァニィィィィBOYズ」
変態の格好をしたティアーモは満面の笑みを浮かべた。
※バニーガールの男装版は本当にバニーボーイと言うらしいです。




