第18話 ニンジンマンの襲撃
― ヴィオレンザ・ファミリー ホーム サンチョの部屋 深夜 ―
部屋に戻り、ベッドに入るなり、サンチョはあっという間に寝息を立て始める。
ソファで寝ていい、と言われたファジャーノだが、連続失踪事件の犯人が自分を狙っているかもしれないという状況で寝られるほど肝は据わっていなかった。
サンチョには間接照明すら眠りに影響するので点けるな、と言われているが、必死に交渉し、なんとかカーテンだけは開けさせてもらった。
おかげで月明かりによってかろうじて部屋の中は見える。
ティアーモの大のお気に入りであるサンチョの部屋は護衛リーダーであるアッラ=モーダに匹敵する広さだ。
部屋の中で目を引くのは大きな2つの冷蔵庫。
こっそり開けてみると1つはぎっちりと乳酸菌飲料水のペットボトルが詰まっていた。
冷凍庫には同じメーカーの乳酸菌飲料水のアイスバーが入っている。
いわば「乳酸菌飲料水専用の冷蔵庫」だ。
もう1つの冷蔵庫はチーズ、ハム、オリーブ、冷凍庫には冷凍のピッツァやナポリタンが入っていた。
しかし、部屋には逆を言えば冷蔵庫が目立つ程、物がなかった。
ゲームや漫画はもちろん、新聞やTV、音楽の再生機器、観葉植物すらなく、あるのは簡素なテーブルと最低限の食器と調理器具と寝具のみ。
バスルームやクローゼットを見たわけではないが、恐らくそこにも必要最低限のものしか置いていないのだろう。
彼がここに物を置かない理由は、ここが仮の住まいだからなのか、それとも、ミニマリストのように必要なものしか持たない主義だからなのかはわからない。
だが、物が少ないからと言って部屋の掃除が行き届いているわけではない。床を見れば彼が普段生活しているスペース以外にはうっすらと埃が積もっていた。
恐らくサンチョ・パッソは自分の生活を豊かにするということに興味がないのだ。
好きなものと自分の身体を動かす最低限のものがあればいいのだろう。
しかし、そんな殺風景な彼の部屋の中で2つの大型冷蔵庫以上に存在感を主張するものが1つある。
机の上に置いてある一丁の黒い拳銃だ。
その拳銃は存在感を放ってはいるものの、物自体はそれほど珍しくはない。
ガットパールドM2752―――キノコタケノコ戦争で活躍したタケノコ共和国の名銃の1つだ。
ただ、銃のグリップや銃身を見ればかなり使い込まれたものであることがわかる。
傷だらけだが、小まめに整備されているようで、磨き込まれた銃身は月明かりに反射して重厚な輝きを放っていた。じっと見ていると銃に吸い込まれそうな奇妙な感覚に陥る。
東のチェッポ帝国では人の血を吸った刀を「妖刀」と呼ぶそうだが、それならばこの銃は「妖銃」あるいは「魔銃」と呼ぶのが相応しい。
これまで彼が銃を携帯しているところを見たことはないし、彼が殺し屋であることを時々忘れそうになるが、この銃を見ると彼が間違いなく腕利きな殺し屋なのだ、ということがはっきりわかった。
「…」
ファジャーノは暗い部屋の中で、毛布に包まりながら明かりの漏れる入り口を睨みつける。
襲撃者のことを考えると身体が震えるのがわかった。自分の懐にも銃を隠し持っているが、机の上で黒く輝くあの拳銃に比べればおもちゃに見える。
「…」
サンチョのベッドに目をやり、起きる気配がないことを確認すると、ファジャーノはこっそりと机からガットパールドM2752を持ち上げる。
ファジャーノの持っている.40口径のピングィーノよりもむしろ少し軽いはずなのにずっしりと重く感じ、グリップは手に吸い付くような感覚があった。
弾倉止めを押し、弾倉を抜き取る。中に入っている弾を確認するとしっかり15発装填されていた。
ファジャーノは無言で弾倉を押し戻し、こっそりと自分の懐にしまおうとする。もちろん、一晩の間だけ…お守りのつもりで、だ。
その時…
「…やめておけ」
サンチョの声が不意に聞こえた。
ビクリ、と身体を震わせ、ファジャーノは「な…なんのことですか?」と背中に拳銃を隠しながら慌てて振り返る。
「賭けるならカタツムリじゃなく、そっちのタニシにしておけ。そのカタツムリ、サボりぐせがあるぞ。…むにゃ…それにそのタニシは右の触覚の先が曲がってるからオスだ…」
サンチョはむにゃむにゃ、と口を動かしながら寝言を言うと寝返りをうってファジャーノに背を向ける。直後、ギリギリと歯ぎしりが聞こえた。
「…タニシ?」
銃を借りたことがバレたわけではなさそうだとホッとしたファジャーノは同時に一体、彼がどんな夢を見ているのかが気になる。
カタツムリとタニシの賭けレースの夢なのだろうか。それにしても、本当かどうかわからないが、タニシのオスとメスの見分け方などよくそんなマニアックな知識を持っているものだ。
しかし、声をかけられるタイミングがあまりにも良すぎた。
本当は起きていて、寝言のフリをしてこちらの反応を伺っているのかもしれない。今戻せば命だけは助けてやる、という警告のような気もしてきた。
―――今すぐ銃を戻すべきだ。
ファジャーノはそう考え、銃をそーっと机に戻そうとした。
その時だった。
「…ネェ。………ンジン、食べるゥ?」
「!?」
太くくぐもった声が突然背後から聞こえ、口の中になにかが深く突っ込まれる。
泥と一緒に独特な香りが口の中に広がる。
―――これはニンジン?!でもなんで…
「?! ぐふっ」
喉仏の近くまで太いニンジンが押し込まれ、視界が一瞬で白くなりかける。
直後、自分の胴体が浮き上がり、何者かに担がれたのがわかった。
身長は一体何cmあるのか知らないが、180cm近くあるファジャーノの視界よりも遥かに高い位置に目線がある。
彼を担ぐ腕も手の平だけで彼の胴体の半分くらいをがっちり覆っており、腕は彼の太ももよりも遥かに太い。
暗くて相手の顔はよく見えないが、あの熊のような巨漢、オゥルソですら子熊に見える大男に担がれているのは間違いない。
しかし、ファジャーノも一応は武闘派マフィアであるヴィオレンザ・ファミリーの護衛だ。
素手であれば無抵抗のままやられていたかもしれないが、幸い、右手にはサンチョの銃があった。
普段の訓練の成果か、反射的にセーフティを外し、自分の胴の下に銃口を押し付ける。
引き金にかけた指に力を込め絞り込むと、ダブルアクションのガットパールドM2752の撃鉄が自動で動き、9mmの弾丸を発射する。
パンッ!!!
乾いた破裂音が静まり返った部屋に鳴り響き、ファジャーノの胴を掴んでいた何者かの腕が………
「ファファファボ?(※嘘だろ)」
腕は銃弾を至近距離で受けても微動だにせず、傷を負った形跡もない。
弾は筋肉に弾かれ、どこかに飛んでいってしまったのだろうか?
彼の必死の抵抗をせせら笑うかのように、大男は指に力を入れて、胴体をぎゅっと締め付ける。
「か………っ?!」
横隔膜を下から押し上げられ、肺の中にあった空気が絞り上げられる。
口に押し込められていた太いニンジンが飛び出しそうになるが、大男はそれを察知し、彼を掴んでいる手と反対の手で、口から飛び出しかかったニンジンを素早くファジャーノの口の奥へと再び押し込む。
「~~~~!!!」
意識がふわふわとしてくるのを感じたファジャーノは完全に気を失う前に、何者かの身体に向かって続けざまに引き金を引き、必死の抵抗を試みる。
パン!パン!パン!パン!パン!パン!パン!
暗くてよく見えないが、これだけ撃てば位置的には頭や胴体、足のどこかに命中しているはずだ。
しかし、ファジャーノの視界は相変わらずあり得ない程高い位置にあり、ぐらつく様子はない。
自分の身体がサンチョの部屋の扉まで猛スピードで移動していくのを感じながらニンジンを喉につまらせ、ファジャーノは意識を失った。
「…………あれは一体…」
サンチョがベッドの上で呟く。
部屋の扉が開く少し前、発砲の音に目を覚ましたサンチョは巨大ななにかの背面を目撃した。
人間とは思えない丸太というよりもむしろドラム缶と形容すべき太い腕と足、それに対してアンバランスな小さい頭にはうさぎの耳のようなものがついていた。
「あれは人間、でいいのだろうか?」という疑問を脇に追いやり、火薬の匂いが充満する部屋で自分の相棒を探すが…
「ない…」
あるべき場所に置いてあった銃がない。
「…………………」
先程の巨漢に持っていかれたのだろうか?
いや、そんなことより…ファジャーノが連れて行かれた。彼を追う方が先決だ。
サンチョは部屋を飛び出そうとし―――
「む…」
自分がパジャマ姿であることを思い出す。
先程、おかっぱに注意されたばかりだ。
部屋の外はパジャマ姿でうろついてはならない。それがマフィアのルール。
「危ないところだった…」
サンチョはそう呟き、ナイトキャップを脱ぎ捨てて慌てて服を着替え始める。
すぐに追いかければ追いつけるかもしれないのに…。
「不便だ。マフィアは…」と小さく呟く。
ガットパールドM2752も見つからないし、なんとも出だしが悪い。
帽子をかぶり、サングラスをかけ、準備を整えたのが襲撃から5分後。
サンチョが部屋を出るとすでに他の護衛たちは飛び起きた後だった。
「サンチョ!お前の部屋から銃声が」
「ファジャーノのヤツは無事か?」
「一体なにが起きた?」
護衛たちから次々に質問を受けるが、サンチョは首を横に振る。
「…わからない」
そして、サンチョははた、と気づいて護衛たちを見、そして首を傾げた。
「…ところでアンタたちはなんでパジャマなんだ?」
※本当にタニシは、オスの右の触覚は曲がっていて、メスは両方の触覚が真っ直ぐだそうです。画像検索するとオスの触覚は結構えげつないカーブで曲がっています。
※名前の由来(なんちゃってイタリア語)
・ガットパールド:山猫
・ピングィーノ:ペンギン




