第16話 白黒の部屋とパジャマ姿の口髭
それから5日後…
サンチョが護衛の採用試験を受けた際に戦った3人組の一人、カーネが失踪した。
さらにそれから11日後…
同じく3人組のシーミャが失踪した。
その事件を受け、当日の晩に、サンチョは他の護衛たちとともにアッラ=モーダの部屋に緊急招集された。
― ヴィオレンザ・ファミリー ホーム アッラ=モーダの部屋 夜 ―
「おかしい…どう考えても不自然すぎる」
おかっぱは爪を噛みながら部屋をうろうろと歩き回る。
護衛役のリーダーである彼の部屋は別棟の一番上のフロアの半分を占めており、とんでもなく広い。
モノトーンで統一されており、壁には黒と白の大小様々な丸い模様、地面は白黒のタイル、調度品は三角形の給湯器や三角形の家電などが並んだ奇妙な雰囲気の部屋だった。
彼の部屋で唯一色があるのは彼の金色のおかっぱ頭だけ。
部屋の中は彼のつける香水の匂いが漂っていて、長時間いると視覚も嗅覚もおかしくなりそうだ。
そのだだっ広い彼の部屋の中に招き入れられたサンチョたちは黙っておかっぱの様子を伺う。
「オゥルソ、カーネに続き今度はシーミャだと?!ファジャーノ、なにか知らないか?」
おかっぱに尋ねられたファジャーノは半泣きで首を振る。
「俺が聞きたいくらいですぜ、兄貴。俺とカーネ、シーミャはガキの頃から一緒にスラムの残飯食って育ってきた兄弟みたいなもんだ。アイツらが俺に黙って消えるわけがないんです」
「オゥルソもそうだ。アイツはパパがよく目をかけてた。抜ける理由がわからない」
おかっぱは呟く。
「一体なにが起こっている?」
オゥルソが失踪した後も何人か新しいファミリーが加わったが、護衛だけはリーダーであるおかっぱが慎重に選びたいとティアーモに進言していた。
これだけファミリーの出入りが激しいと、この間のようにどさくさに紛れてティアーモを暗殺しようとする者が護衛についてもおかしくないからだ。
ファミリー全員が知るわけではないが、護衛役たちにはおかっぱがサンチョの正体を伝えている。でなければ、日頃のティアーモのサンチョへの接し方を説明できないからだ。
「まず」とサンチョが口を開くと、伝説の殺し屋の発言に護衛たちが一斉に彼に注目を集める。彼は招集を受けた時、丁度仕事が終わってシャワーを浴びた直後だったため、パジャマ姿だった。
サングラスにカールした口髭、ナイトキャップにパジャマの小柄な男ははっきり言ってかなりこの部屋で浮いた存在だ。
「…この部屋、ちょっと匂いがキツくて気持ち悪くなってきたんだが、誰かティッシュ持ってないか?」
恐らくおかっぱ以外の誰もが思っていたことだが、この雰囲気の中でそれを口にできるのは彼だけだろう。おかっぱは「フー…………」とため息をつくと部下たちを見回す。
「…………………おい。彼にそこのティッシュを」
「「「「「……………?」」」」」
部下たちがおかっぱの指す方向を探すが、白黒の部屋から恐らく白黒なケースに入ったティッシュボックスを探すのは一苦労だ。
「これだこれ」
「悪いな」
おかっぱが部下に任せるのを諦め、ティッシュボックスを―――やはり白黒基調のボックスだった―――を掴み、サンチョに渡す。サンチョはおかっぱに礼を言ってそれを受け取ると、丸めて鼻の穴にぐい、と詰めた。
「…で、お前はどう思う、サンチョ・パッソ?というか、こういう時は普通、緊急招集でもパジャマでは来ないぞ」
「そうなのか?それは失礼」
サンチョは首を傾げる。確かに周りの護衛たちは皆、スーツ姿だった。
「というか、今、まだ18時だぞ。いくらなんでもパジャマに着替えるの、早くないか?」
「新しいパジャマを買ったから早く着てみたくてな」
「まあこの際、パジャマの話は置いておく。…で、お前の意見を聞かせてくれ」
「…ふむ」
両鼻から丸めたティッシュがはみ出す小柄な男は口に手を当てて唸る。
「逃げ出した可能性はないんだな?」
「ないな。そもそもシーミャが失踪した前日、ファジャーノとシーミャは街中でカーネを探し回っている。組織から逃げるならその時2人で逃げるだろう」
「あの2人が俺を置いて逃げるわけがねぇ」
おかっぱとファジャーノは2人して首を横に振る。
「第一に、だ。俺たちがパパを置いて逃げる意味がわからねぇ」
ファジャーノが呟くと周りの護衛たちもバラバラに頷く。
「あの人はちょっとアレだ。構ってちゃんだが…」
「まあ、根っからの悪人じゃない…よな、多分」
「よく肉食わせてくれるしな」
「キレると手がつけられねーし、滅茶苦茶怖いけどな」
「ニンジンとノンナとマンマの話題さえ避けときゃ、まあ基本的には安全だしな」
「最近はわりと機嫌良い日も多いしなぁ」
「機嫌良い日は気前も良いんだよなぁ、パパ」
「あぁ~…また良い肉食わせてくれねぇかなぁ」
「先週食っただろうが」
護衛たちは口々にティアーモについて思っていることを話し始めた。
てっきり恐怖で支配されているだけだと思っていたが、乱暴者のティアーモは実はファミリーには嫌われていないようだ。
サンチョもティアーモのことを悪くは思っていないが、彼らもまた同じ認識だったのは意外だった。
「まあ少なくとも」とおかっぱが口を開くと全員が一斉に口を閉じる。
「ここにいる連中は俺も含め、ファミリーとパパのことが好きで残ってる連中だ。―――カーネもシーミャもオゥルソもそうだ。だからなにかがおかしい」
「…ふむ。お前はどう考えてるんだ。おかp…じゃなかった。ええと…アッラ=モーダ」
「おい、今、俺のことおかっぱって言おうとしだろ?」
おかっぱはじとっ、とサンチョを睨むと咳払いして「まあいい」と呟く。
「誰かに殺された、と考えるべきだろう」
「なぜだ?」
サンチョがおかっぱに尋ねる。
「なぜって…」
「殺すには殺す理由があるはずだ。コッダルディーア・ファミリーのようにティアーモを狙うならわかるが、ボスではなく、ファミリーを狙う理由はなんだ?」
「………?」
サンチョは首を傾げるおかっぱに真面目な顔で問う。
「人が人を殺すのにはそれなりの理由がある。恨み、復讐、不安、怒り、快楽、正義、利益…」
サンチョは短い足で部屋を歩き回る。殺し屋が殺しの動機を問う…そこには形容詞し難い凄みがあった。
「うちのファミリーが恨まれてるから?」
「怨恨か?なら、真っ先にティアーモを狙うだろう」
おかっぱの回答にサンチョは正論で切り返す。ファミリーの恨みを背負うのは下っ端ではなくボスだ。特に乱暴者で通っているティアーモは恨みを買いやすい。ならばティアーモが狙われるのではないだろうか。
実際サンチョが護衛につくまではティアーモへの襲撃が週1回の頻度であったため、ファミリーのメンバーの失踪が目立たなかった。
しかし、ティアーモへの直接的な襲撃がなくなった今でもこの失踪が続いている。これはティアーモへの恨みとは異なるなにかと考えるべきではないだろうか。
「パパを苦しめたい、とか?」
「周りを苦しめてダメージを受けるタイプか?そもそもそれなら真っ先にお前やアッラ=モーダや美女たちが狙われるはずだろ」
ファジャーノの回答にも首を振る。
ダメージを受けていないわけではないが、これまでの失踪者の傾向をみれば新人も大勢含まれている。新人まで狙われるのは理解不能だ。
ファミリーの弱体化させるという狙いも考えられるが、上と同様の理由で可能性は低い。
「…サンチョ、てめぇならわかるか?この犯人が」
「「「「!?」」」」
突然ドアが開き、全員が弾かれたように声の主を見る。
そこに立っていたのは怒りの表情を浮かべたティアーモだった。
足音でティアーモが部屋の前で聞き耳を立てていたことを知っていたサンチョは「さあな」と動揺することなく首を振る。
「そもそも犯人がいるのかどうかすら俺にはわからない。だが…そうだな。もし、犯人がいて、これが殺しだと仮定するなら…無差別だから『復讐』や『正義』のため、ってことはないだろうな。確かこの状態がもう1年続いているんだったな。ならば、『不安』や『怒り』からくる衝動的なものでもない」
「続けろ」
ティアーモは頷きながらサンチョに続きを促す。
「…可能性があるとしたら、殺した死体を例えば臓器売買するとか、あるいは拉致して強制労働させるみたいな『利益』か、無差別に殺しを楽しむ『快楽』だが、もしこれがヴィオレンザ・ファミリーでしか起こっていないなら…」
サンチョが言葉を区切ると、サンチョの言葉を理解したおかっぱが息を呑む。
「…犯人はファミリー内にいるってことか?」
バン!!!!!!!!
その時、激しい音がして部屋の壁がクレーターのように大きく凹んだ。
犯人はもちろんティアーモだ。おかっぱは「あああああああ…」と自分の部屋のお気に入りの壁紙に大きな凹みができたことに少なからずショックを受けた様子だった。
「おい、兄弟。予定変更だ。護衛途中だが仕事の依頼をするぜ」
「…」
ティアーモは黒い顔を怒りで赤く染めながら叫ぶ。
「その犯人を必ず見つけ、ぶっ殺せ。誰であろうと、必ずな!!!!」
サンチョはそれを聞いてナイトキャップを目深に被ってため息をつく。
「わかった…その犯人が殺すに値するヤツなら引き受けよう」




